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わたしの婚約者の病弱な従妹  作者: 朝山 みどり


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10/11

レオン 2

 レオンが王都で頭角を現し始めた頃。


 ある噂が流れた。


「中央監査局の次官補が、レオンを婿に欲しがっているらしい」


 最初に聞いた時、レオンは意味がわからなかった。


「俺を?」


 昼休みになると、文官棟の食堂で、同期が妙ににやにやしながら言ってくる。


「相手、次官補の次女だぞ。かなり美人らしい」


「いや、なんで俺なんだ」


「最近評価高いからだろ。地方出身なのに仕事できるし、派閥にも深入りしてない。上はそういうの好きだぞ」


 レオンは眉をひそめた。


 正直、困った。


 出世話そのものはありがたい。

 地方出身の自分が、中央の高官に評価されるなど普通はない。


 だが、頭に浮かぶのは、エリーだった。


 夜遅くまで書類を抱えて歩く姿とか、笑う顔とか。

 

「好きですよ」と言ってくれた声も。


 他の女性など考えられない。


 その日の夕方。

 レオンは次官補に呼び出された。


 執務室は広かった。


 高級な絨毯に、重厚な机。

 窓際には高価そうな酒瓶が並んでいる。


 次官補は恰幅の良い男だった。


「君がレオン君か」


「はい」


「噂は聞いている。地方出身ながら実によく働いているそうだな」


「ありがとうございます」


 形式通りに礼を返す。


 すると次官補は笑った。


「君は賢い。野心もある」


 その言葉に、レオンはわずかに目を細めた。


 野心。確かにある。

 昔の自分にはなかった欲だ。


 エリーの隣に立ちたい。

 認められたい。

 もっと上へ行きたい。


 そのために必死に努力してきた。



 次官補は机に肘をつきながら言った。


「娘の婿に来ないか?」


 レオンは固まった。


「は?」


「君なら将来性がある。後ろ盾もつけてやれる。地方の血も悪くない」


 さらりと言う。


 まるで条件の良い人材を買うみたいに。


「どうだ? 悪い話ではないだろう」


 確かに悪くない。


 むしろ破格だ。


 地方出身の文官が、中央高官の娘婿。

 普通なら飛びつく。


 だがレオンは、一瞬で答えを決めていた。


「申し訳ありません」


 次官補が片眉を上げる。


「お断りします」


 沈黙。


 部屋の空気がわずかに変わった。


「理由を聞いても?」


 レオンは少しだけ迷った。


 だが、誤魔化したくなかった。


「好きな女性がおります」


 次官補が目を丸くする。


「ほう」


「その方の隣に立ちたくて、今の自分があります」


 言葉にすると、妙に胸が熱くなった。


「ですから、その方以外との婚約は考えられません」


 次官補はしばらく黙っていた。


 それから突然、笑い出した。


「ははっ! 今どき珍しい男だな!」


 豪快な笑い声だった。


「出世欲より女を選ぶか!」


「結果的にはそうなります」


「馬鹿正直だ」


 次官補は呆れたように笑った。


「だが嫌いじゃない。いいだろう、この話はなかったことにしよう」


「ありがとうございます」


 深く頭を下げる。


 だが、この話は、すぐに広まった。


 その日の夜、さっそくおじに呼び出された。


レオンは、応接間に入った瞬間、怒鳴られた。


「馬鹿者!!」


「な、なんだ急に!?」


「なんだじゃない!! お前、次官補の縁談を断ったのか!?」


「断った」


「その場で!?」


「はい」


 おじが頭を抱えた。


 その隣では、エリーの父親まで険しい顔をしている。


「レオン君……君はもう少し慎重になるべきだ……」


「いや、だって婚約者候補が――」


「候補!! まだ候補だろうが!!」


 おじが机を叩いた。


「お前、エリー嬢が他所へ行ったらどうするつもりだった!」


 レオンは固まった。


 考えていなかった。


 本当に考えていなかった。


 するとエリーの父親が深々と息を吐いた。


「もう正式に整えましょう」


「そうだな」


 おじもうなずく。


「これ以上放置すると危ない」


「そんな危険物扱いみたいに言わなくても……」


「実際危険だ!」


 声を揃えて怒鳴られた。


 そして数週間後。


 正式に婚約が整った。


 レオンは、しばらく放心した。


 本当にいいのか。

 夢じゃないのか。


 そんな日が続いた。


 祝いとして、義父から店を一軒贈られることになった。




 二人は馬車で王都の一角を訪れていた。


 表通りから一本入った通りから、さらに細い通り沿いのこぢんまりした建物。


 石畳の細道。

 落ち着いた雰囲気。

 小さな店が並んでいる。


 馬車を降りたエリーが周囲を見回した。


「素敵な場所ですね」


「ああ」


 レオンもうなずく。


 ここに店を出す予定だった。


 売るのは、レオンの故郷で昔から食べられている蒸し菓子。


 素朴な菓子だ。


 ふわりとして、ほんのり甘い。


 だが簡単そうに見えて難しい。


 蒸し加減を間違えると、すぐ潰れる。


 レオンの母親も、何年も挑戦している。


「母上なんか、毎回ぺっちゃんこにしてる」


「ふふっ」


「でも、あれはあれでうまいんだ」


「粉の味がしっかりするんですよね?」


「そう」


 エリーが笑う。


 その笑顔を見るたびに、レオンは未だに胸が熱くなる。


 二人で通りを歩く。


 昼下がりの風が心地いい。


「通りから少し奥っていうのも楽しいですね」


 エリーが店の予定地を見ながら言った。


「あまり騒がしくないし、隠れ家みたいです。人に教えるのが楽しそう」


「ええ」


 レオンは真面目な顔で周囲を見回し、おもむろに言った。


「安全のために、さりげなく護衛を配置しましょう」


「え?」


「だって、どこかの不埒者がお客さんに声をかけるとか嫌でしょう」


 エリーがぱちぱちと瞬きをする。


「普通の道ですよ」


「です。だけど人目がない瞬間があります」


「でも店はそこに見えてます」


「それでもです」


 どうみても、本気だった。


 エリーはしばらく黙っていたが、やがて小さく吹き出した。


「もう……」


 ほんとうにこの人は。


 だけど。


 エリーは周囲を見回した。


 確かに、この通りは人通りが少ない。

 貴族街ほど堅苦しくなく、それでいて治安は悪くない場所だ。


 だが、すぐそばに大通りがあるから油断することもあるだろう。

 


 過保護なレオンだから気づけた問題だ。


 エリーは愛しい婚約者を見上げた。


「さすがだわ」


「本当か?」



 その瞬間。

 レオンの顔がわかりやすく緩んだ。


 エリーは思わず笑ってしまう。


 ああ、本当に。


 この人は、こんな顔をするのね。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。

よろしくおねがいします。


書籍を出すことができました。

挿絵(By みてみん)




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