01
今日は、二人で流行のカフェに行く約束の日だった。
朝から落ち着かなくて、三回も髪を結いなおしてもらった。侍女に笑われてしまったけれど、それでもいい。だって今日は特別な日なのだから。鏡の前で最後に整えて、わたしは満足してうなずいた。
あとは、テリウスを待つだけ。
時間が近づいてきて、わたしは門のあたりを何度も行ったり来たりした。あの人はいつも、少し早めに来て、ちょうどいい時間に門をくぐる。だから、もうそろそろ見えるはずなのに。
来ない。
胸がざわつく。もしかして事故でも、と嫌な想像が頭をよぎったその時、使いの者が駆け込んできた。
「テリウス様からの伝言を伝えに参りました」
嫌な予感が、ぴたりと当たる。
「従妹のアリシア様が熱を出され、付き添っておられます。本日はお約束を延期したいとのことです」
それだけだった。
拍子抜けするほど、あっさりした理由だった。
従妹のことは、先日のお茶会で聞いていた。王都に引っ越してくると。慣れない環境で体調を崩すのも無理はない。
だから、その時は素直に納得した。
付き添い、という言葉に少しだけ引っかかりはしたけれど、きっとご両親も忙しくて頼れないのだろうと、自分で理由をつけて、わたしは次の機会を楽しみにすることにした。
それから数日後。
友だちと街を歩いていると、見覚えのある姿が目に入った。
テリウスだ。
そして、その隣には女性がいた。
あぁ、あの人が従妹のアリシアなのね。
そう思って、わたしは迷わず声をかけた。
「テリウス。今日は街歩き?」
テリウスはすぐに気づいて、少し驚いたように目を見開いた。
「あぁ、エリー。この間はすまなかった。こちらが従妹のアリシア」
そして、きちんと紹介してくれる。
「アリシア、こちらが婚約者のエリーだ」
「初めまして、よろしくお願いします」
そう言って微笑んだわたしに返ってきたのは、
「初めまして……」
消え入りそうな、小さな声だった。
その時、ふと気づいた。
アリシアはテリウスの袖を、しっかりと掴んでいた。
離さない、と言うみたいに。
胸の奥に、小さな棘が刺さったようだった。
嫌だな、と思った。
でも、それを口にするのは違う気がした。婚約者だからって、そんなことで不機嫌になるなんて、心が狭いみたいで。
だから、わたしは何も見なかったことにして、いつも通りに笑った。
「それでは、次を楽しみにしていますね。失礼します」
軽く会釈して、その場を離れた。
そして、今日。
今度こそ、カフェに行く日。
わたしは朝からにやにやが止まらなかった。手に取った小説も、全然頭に入ってこない。結局本を閉じて、庭をぼんやり眺めながら時間を潰した。
そして、約束の時間ぴったりに馬車がやって来る。
ほっとして、急いで玄関へ向かった。
テリウスは、いつも通り落ち着いた様子で立っていて、執事と簡単に挨拶を交わしている。
その姿を見ただけで、胸の奥がほどける。
カフェは評判通りだった。
「どれも美味しそうですね。うーん、こちらのイチゴのケーキにします」
「僕はチーズケーキにしよう」
運ばれてきたケーキは見た目も可愛くて、味も申し分ない。
「美味しいですね」
「うん、美味しい。来てよかった」
そう言って笑い合った、その時だった。
慌ただしい足音とともに、使いの者が現れた。
「テリウス様、アリシア様が倒れてお呼びになっています」
カフェの賑わいが遠のいた気がした。
「なに、すぐ行く」
テリウスは迷いなく立ち上がった。
「すまない、これで失礼する」
そう言って、もう出口へ向かっている。
最後に一度だけ振り返って、わたしを見る。
それだけで、行ってしまった。
残されたのは、わたしと、半分ほど残ったケーキ。
そして、ぽっかりと空いた時間。
あっ、馬車。
一緒に来たから、ない。
その事実に気づいた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
腹が立った。
すごく、腹が立った。
わたしはフォークを握り直して、イチゴのケーキを全部食べた。
甘い。
でも、全然楽しくない。
おかわりを頼もうかと思ったけれど、さすがにそれはやめた。
支払いを済ませて、カフェに頼んで辻馬車を呼んでもらう。
帰り道、揺れる馬車の中で、わたしは何度も同じことを考えていた。テリウスは迷わなかった。一秒も。
家に着くと、母が驚いた顔をした。
「どうしたの、その帰り方」
わたしは、今日のことを全部話した。
カフェのことも、その前に街で会った時のことも、アリシアの様子も。
話しているうちに、自分の中で何かがはっきりしていく。
その夜、父にも話した。
父は静かに聞いていたけれど、
「婚約者を置いて先に帰るとは、どういうことだ」
と、そこを問題にした。
翌日。
テリウスから詫びの手紙と花束が届いた。
わたしの好きな花だった。
嬉しいのが、悔しい。
好きだから、許してしまいそうで。
それが一番、腹正しい。
さらに二、三日後。
今度はチョコレートと手紙。
「お詫びに今度こそ、カフェに行こう」
そう書かれていた。
わたしは、すぐに返事を書いた。
ペン先に、少しだけ力を込める。
【お誘いありがとう。今度はゆっくりしましょう。でも、怒っているから覚悟してください】
書き終えて、ふっと息を吐く。
わたしは、ただ待つだけじゃない。
ちゃんと、伝える。
そのくらいは、してもいいはずだから。
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