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春に近づいた風が肌を撫でた。線路に沿うように二人は並んで歩いた。ゆったりと、目的もなく。線路端で雑草が風の流れのままに揺れている。
「なんか喋れば?」
隣でえながぼそりと言う。あんなに綺麗に爪に塗られていたマニキュアは今はもう剥げ、唇などはあんなにも潤っていたのに今や干からびている。艶のあった髪も風に吹かれてぱさぱさと乱れてゆくだけだ。
「なんか喋って」
いつものように篤史は言葉を発する努力を怠ってそれをえなに委ねる。
「崢のこと喋って。何でもいい、あいつと出会った時のこととか、中学ではどんな様子だったのかとか」
「あたしの勝ちよね」
不意にえなは篤史の顔を見上げて笑った。片頬だけで笑った。
「あたしはあいつのこと全部知ってる。だからあたしの勝ちよね」
「全部ってのは、全部か。崢が俺の兄貴を殺った理由も、すべてか」
えなの頬からゆっくりと笑みが消える。そうかと思えば再び彼女は笑った。ばさばさと風に乱れる髪の中で。
「あいつ先生のこと好きだったんだよ」
えなは言った。
「知ってた」
えなのサンダルが地面に擦られてざりざりと音を立てている。不意にその足が石ころを蹴り、それは思いのほか遠くまで飛んでいった。
「あいつは何も言わないよ。あたしには何も言わなかった。女の勘ってやつ。分かるんだよ。あいつあたしとやりながらいつも誰かのこと考えてた。だからそれが誰なのか、あいつの視線を辿っていったらさ、いつだって先生のところに辿り着いたんだよ」
あれは、と不意に篤史は思った。崢の住んでいたアパートの納戸に眠っていた、おびただしいほどの数の写真達――篤史の兄ばかりが写し込まれた写真達は今どこにあるのだろうか。引っ越しの際に崢の母親が持って行ったか、それとも不吉なものとしてすべて処分されたのか。いや、家宅捜索にて警察に持って行かれたのであろう、きっと。
「そのうちになんかさ、先生を見るあいつの目つきが変わった気がしてさ、もう好きじゃなくなったか、むしろ嫌いになったか、どっちにしろもう終わったんだと思ってたらさ、唐突にあんたを連れて来て、あんたにスライドしたのかと思った。だから聞いたの。今度は弟のほうかって。そしたら、まさかって。だからそれ信じてたけど」
不意にえなが足を止めた。だから篤史もゆっくりと立ち止まった。えなは風に乱れる髪をかき上げると篤史を見上げ、ゆったりと笑ってこう言った。
「あたしの勝ちなの。あたしには結婚という道があるの。あいつの子を産むこともできるの。あんたはあいつと結婚できないし、どう頑張ってもあいつの子を産むことはできないの。それが現実なの」
がっかりした? えなは笑う。挑戦的な笑みだ、いつの日か見たのと同じ。
「最後に勝つのは、あたしだから。あたし、本気だから。あいつが出所するのを待ってるから。あいつと結婚して、あいつの子を産むから」
あんたにはできないことだよ。えなはそう言って笑う。その目に宿るものは女の意地である。