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「あー、すいません、人を殺したので逮捕しに来てくれませんか」
崢が自分のスマートフォンを耳に当て、警察に電話している。
「俺ですよ、俺が殺したんですよ。いたずらじゃねえっすよ。早く来ないと逃げちゃいますよ。死んだ奴はここに転がってますよ」
電話が済み、じきに警察が来る。
「ごめん」
篤史は謝り、崢は笑う。
「何が」
「ごめんね」
「何がだよ」
崢は笑う。可笑しそうに。
全く役に立たない自分の口を篤史は呪った。呪いながら泣いた。
「好きだよ」
「知ってるよ」
ああ、この笑み。余裕に溢れた、穏やかな笑み。しっかりと記憶したいのに、脳裏に焼き付けたいのに、涙が邪魔してよく見えないのだ。
「あ、そうだ、思い出した」
不意に崢が楽しげに笑ってそう言った。
「中一の夏、おまえと初めて対戦した。覚えてるか? おまえと投げ合った。覚えてねえだろうな、俺は全くの無名で、おまえはすでにエースだった。試合の後、おまえに声をかけた。いいピッチャーだな、って俺は言った。おまえは俺をじっと見て、そっちも、って言った。それだけの会話だったがな、嬉しかったよ」
噛みしめた唇から嗚咽が漏れた。抑えるのは困難だ、唇から血が滲んだ。
崢は笑っている。そこに風鈴の音を聞いた。
「おまえのイップスは心的外傷によるものだから、たぶん治る。また投げられるようになるだろう。そうなったらマウンドに戻れよ。託すよ、おまえに」
崢は自分の顔の横に手を持ち上げ、指を折り曲げてボールの握りをして見せた。直球の握りだった。
パトカーのサイレンが近づいてくる。
「どこにも行かないって言った」
声が揺れ、零れ落ちる。それをしっかりと拾って崢は、
「うん、おまえを捨てなかった」
と言った。
捕らえなければならない。涙を拭い、崢の姿をこの目に収めなければ。
崢の目が濡れていた。そこから一本の筋が頬に流れた。
そこには風鈴の音があった。実に穏やかに笑って、崢は言った。
「おまえは俺を捨てろ。愛してるよ」