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窓の向こうからよこされる外灯の明かりがその事実を静かに照らし出していた。仰向けになったままの兄、その足元に崢は立っていて、だらりと下がった手には大きなカッターナイフが握られていた。
ああ、時を取り戻せたら。取り戻せるわけがない、それでもそう望んだ。崢の言うままに外に出なければ、そうすれば――
実にゆったりと、崢の目が篤史の目を見やった。その顔には返り血なるものがあった。首筋のあたりにも、服の上にも、また。ゆるぎない、証拠。
計画されていたわけか。篤史の知らぬところで。どこまでも自分は鈍いのだ、崢の胸の内にて計算されたものを抉ることができなかった。
凶器として選ばれたものは固定電話の近くにぶら下げてあったやつだった。篤史の気づかぬうちに崢はその存在に目を配っていたのか、そうしてそれが殺傷能力を充分に備えていると認識したわけか。
もはや全身から汗が噴き出し、それなのにあまりにも寒くて身体の節々がわなわなと震えていた。万事休すだ、しかしながら崢はと言えばカッターナイフをころりと床に放ると、すたすたと歩を進めてちゃぶ台の上に置いてあった布を手に取った。それから兄の近くに転がっていたバット――篤史が兄の頭に振り下ろしたそれを拾うと、グリップを布で拭き上げ、そののちには両手でそこを握った。念入りに、まさに自分の指紋を擦り込む作業だ、実に淡々と、計画通りであるかのようにそれは行われた。
「種を蒔いたのは俺だ」崢は言った。「おまえじゃない」
役に立たぬ唇である、篤史のそれはぶるぶると激しく震えて言葉を発せなかった。
崢の目が篤史の目を見やる。ぼんやりと明かりに照らされながら、その目は笑った。
「最初からこうすれば良かったんだ」
唇もまた、笑った。実に穏やかなものであった。




