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109/122

16

 もっとスピードを出せばこのままカーブを曲がりきれずガードレールに衝突しその勢いで二人一緒に崖の下に落ちる。あるいは対向車に突っ込み二人一緒に宙を舞う。


 心中だ、それこそ。篤史は崢の背中に顔をうずめるようにして小さく笑った。


 落下しながら、あるいは宙を舞いながら、崢が最後に想う相手は誰なのか。きっと自分ではない、篤史は思った。自分の親か、近しい人間か、または、海の匂いのする、あの――


 どうしたって自分のものになりはしない。分かりきったことだ。篤史は笑った。笑いながら思った。それなら、と。

 この手を離せば。

 暗闇の中、信号の赤い色がぼうっと滲み出して見えた。バイクが速度を落とし、ゆっくりと止まる。

 ドルルル、といったエンジン音に混じりながら篤史は言った。

 ありがとうな。

 言葉が、自分の耳に聞こえた。

 不意に崢が振り向いて、

「なんか言ったか?」

 エンジン音をかいくぐるほどの大きな声で問う。

 ああ、聞こえていたんだな。篤史はふっと笑った。心の声が聞こえてしまった。

 黙っていると崢は再び前を向き直った。信号が青に変わる。バイクが再び動き始め、ハイスピードの世界が復活した。


 カウントダウンか。篤史は笑った。不思議なものだった。これこそ乖離というやつか。だから笑えるのだ、甘美すら感じた。とろとろにとろけた甘い蜜の中にいる時のような、つまり崢によりもたらされる快楽、そのさなかにいる時のような、甘美、それに浸っていた。


 ああ、今こそ、この手を離す。崢の身体から両手を離す。そうすれば甘美のままに逝けるのだ、甘美以外に何もない。

 じゃあな。

 不意にバイクがするするとスピードを落とし始めた。だから篤史は目を開けた。現実世界が身に侵入してきて、それにより甘美が薄まった。そのままバイクはゆっくり路肩に停まった。


 崢が振り向いた。他人の内部を見透かしてくるかのような鋭い力を宿した瞳が篤史の目に絡みついてきた。

「おまえ、死にてえのか」

 バイクのエンジン音にかき消されることなく、崢の言葉は篤史の耳に鮮明に届いた。

 おまえ、死にてえのか。

 冷たさの染み込んだ鋭い瞳が真っすぐに篤史に向かっている。


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