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 きっと篤史の気を紛らわせる為にそう言ったのだろう、それとも最後の晩餐というやつか。ああ、きっとしばらく会えなくなる。だから篤史はその身を二本の腕できつく締めつける。


 よく知った、硬い腹だ。バイクは勢いよく排気ガスを吹き出して走り始めた。


 崢が海岸線にバイクを走らせ、篤史にハイスピードの世界を見せている。ものすごい速さで周りの風景が後ろへ過ぎ去ってゆく。暗闇に沈みこんだ海や、ぽうっ、ぽうっと明かりの灯った民家、薄汚れたガードレールや、すぐそばをすれ違う車――少しでも接触したらバイクは激しく吹き飛ばされて宙を舞い、ふたつの人間もろともコンクリートに叩きつけられて粉々になるんだろうな。そんなことを思った。


 慣れたものである。これまでに何度も後ろにえなを乗せて走ったのだろう。


 世間とか常識とか嫌なこととか、ぜーんぶ捨てて、からっぽのまま、無の状態のまま、日本中をぶっ飛ばしてもらうの。えなはそう言った。それはもう幾度も実行されたのだ、だから崢にしても自分を取り巻く世間や常識といった現実の世界が一気に消え去っていく感覚を幾度も身に浴びたはずだ。今もそんな感覚に包まれているのか。密着している崢の背中に篤史は問いかける。彼の背中は答えない。篤史の存在さえ忘れているかのように。


 かっこいいな、と篤史は思う。現実の世界を捨て、ただ無心で風の中に身を委ねる崢をひどくかっこいいと思った。


 篤史の体内には冷静という名の冷たい空気が一本の筋のように通っていて、それが篤史を現実の世界から離そうとしない。崢のバイクに乗せられてただ海岸線を走っている、そんな感覚が身体から離れようとしない。


 そうだ、このバイクは篤史の家に向かって走っている。これから待ち受ける現実へと向かっているのだ。


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