14
篤史は鼻をすすり上げる。腕で涙を拭った。それでも崢がバイクから降りて篤史のもとへ歩んでくることはなかったし、その手が篤史の頭や頬などを撫でることもなかった。だから篤史はなおも事実を伝える為に立ち上がり、崢のすぐそばまで歩を進めた。
それはあまりにも静かだった。だから言葉が出なかった。崢の目はまさに凪で、月の明かりにぼんやりと照らされながらただ篤史の目を見ていた。
「俺はおまえを壊した」
崢はそう言った。その言葉の意味するところなど聞き返さずとも分かった。
「知ってる」
だからそう返した。崢の目はなおも篤史の目を見据えていた。
「知ってて、俺の為に?」
「うん」
「俺を恨みもせず?」
「うん」
「そうか」
恨むことなどきっと忘れていたのだ。床にへたり込んで嗚咽を漏らした崢のあのさまが、先生は海の匂いがした、涙混じりのあの言葉が、あまりにも強烈だった。
ふっと、崢の口元が笑った気がした。しかしながらその目には暗がりのようなものが広がっていた。
何かを言った。それは波の音に巻かれて篤史の耳には届かなかった。
だから聞き返す為に口を開こうとした。それを遮るかのように、
「行くか」
崢は言った。ゆったりと、穏やかな笑みをその顔に広げて。
「ドライブだ」
崢は言った。