12
波の音しかない海辺の町に響き渡るバイクのエンジン音は派手で、ライトの明かりもまた、夜の闇の中で強かった。
有言実行。さすがあいつだな。唐突にえなの言葉が蘇る。
エンジンを切ると崢はバイクにまたがったままヘルメットからすっと顔を出し、ゆるく笑った。
「泣くなよ、いちいち」
「泣いてない」
「泣いてんだろうが」
やはりそれは事実なのであろう、眼球も鼻の奥も喉のあたりも痛かった。
「来てくれた」声がくぐもった。「なんで来てくれた」
「なんとなくな」
崢らしい答えか。自然に笑みが浮かんだ。
バイクにまたがる崢のさまは当たり前だが初めて見た。兄のよく言った、空のバケツ、つまりあちらこちらでしょっちゅう見かける、騒音を立てながら奇声を発する奇抜な格好をしたチンピラ達、とは雲泥の差というものか、崢は実に静かで、まさに単独行動をする狼であり、重心が低く、揺り動かそうとしても動かない、そんな重力を感じた。やはり地道に心身を鍛えてきた男だ。服の下はぺらぺら、だからこそ立派な鎧を被る、そんな奴らとはまるで関係のない世界にいた。
唐突に崢がポケットに手を突っ込みそこから何かを取り出して、
「ほらよ」
篤史に投げてよこした。篤史の手に渡ったそれはおにぎりであった。
「腹が減ると泣きたくなるからな」
そう言いながら崢が笑っている。
買って来てくれたのか。篤史の両手の中におさまったそれはなんとなく温かく、確かに崢のポケットの中にあったのだ、彼の体温のもとにあったのだと、そう思った。
「泣いてねえでさっさと食えよ。めんどくせえ奴だな」
「泣いてない」
「そうか」
くっくっと、さも可笑しそうに崢が笑っている。
低い塀の上に腰をおろしてそれを食べた。やはり腹が減っていたのだ、夢中になって食べた。ふと、カチッという音がして崢のほうを見やると彼はバイクにまたがったまま煙草に火をつけていて、
「吸うんだな」
篤史は感想を述べた。そのさまはあまりにも慣れきっていた。
「まあな」
夜の闇の中で火の色だけがほんのりと赤い。
黒い闇にどっぷりと浸かって海の姿など見えなかった。波の音だけが聞こえた。確かなる時の刻みだ、波がひとつ打ち寄せるごとに幾秒かの時間が過ぎる。
いつしか月が現れた。それは薄ぼんやりと海を照らし出し、崢の横顔も照らした。そこには何の感情もなかった。何を思っているわけか。海のあたりを眺めながらただ静かに煙を吐いていた。
幾分冷え込んだ風が髪を揺らす。
「どこにも行かないでほしい」
言葉が篤史の口をついて出てきた。崢の目がすっと篤史を見やる。
その目が笑ったように見えた。月明かりの下で、唇も笑った。
「どこにも行かねえよ」
声も、笑った。
桐原は息を吐くように嘘をつく。いつだったか兄はそう言ったが、今しがた崢が言ったその言葉にも、その穏やかな笑みにも嘘はない、篤史は確かにそう思った。