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8

 頭の奥がずきりと痛む。少し疲れたのかもしれない。篤史はゆっくりと砂の上に身を倒した。服の中に砂が入り込んでも気にならなかった。身体の感覚が鈍っているのが分かった。身体の中が無の状態だ。自分の中に自分なるものが宿っていない。悲しい、つらい、怖い、そんな感情など全く感じられず、ただ自分の身体だけがこうしてここにある。ゆったりと流れてゆく潮風に少しずつ身体の表面を剥ぎ取られてゆき、身体がどんどんどんどん風化して、やがて自分はいなくなる。そうなることを望んだ。


 夕焼け空を鳥が飛んでゆく。


 いつだったか、崢と二人で砂浜におりたことがあった。ただ二人でのんびりと砂の上を歩いた。足の指と指の間を砂がさらさらと流れていた。波の音が続いていた。夕方の潮風に吹かれ、崢の細い髪が静かに揺れていた。


 自分に近いところにいるのに遠くにいるように感じられる崢。掴もうとしても掴みきれず、指と指の間をするりと通り抜けていく、崢。


 その背中が夕焼け空に溶け込んで消えていく気がして、思わず篤史は彼を呼ぶ。

 崢。

 う? とも、あ? ともつかぬ声で崢が返事をする。篤史の言葉は続かない。言葉など見つからない。そんな篤史を崢は眺め、そしてだしぬけに笑って、

 なんだ、惚れたか。

 いつものようにそう言う。

 知ってるよ。

 続けて言う。可笑しそうに笑って。


 会いたい。唐突に篤史はそう思った。思い始めたら止まらなくなった。理由はない、無性に会いたい。声が聞きたいのだ、すっかり疎遠になっている崢の、その声をこの耳に浴びたかった。


 緑色の公衆電話はさびついていて、受話器を上げると鈍くきしむ音がした。迷わず崢のスマートフォンの番号を押した。呼び出し音を聞きながら篤史は、よくあいつの携帯番号を覚えていたなと思った。他人の携帯番号を覚えたことはないし覚える必要もなかった。しかし崢の番号だけは覚えていた。


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