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朝の帳  作者: ヤヲノ
9/16

第2話;朝露 (Dewdrop) -①

アクセス頂きありがとうございます。

拙い文章です、ご容赦ください。


 ガラスの向こう側に二人は眠る。


 左手でガラス板に触れ、境界を触覚で確かめた。

 五ミリほどの厚さであるのにそこには大きな壁があるようだ。

 時は午前八時。

 自分の身体が(すこぶ)る健康で体調も素晴らしく良好であることに悔しささえ覚えてきた青年アサヤは、白く清潔なベッドに眠る親友二人のお見舞いに足を運んでいた。

 あれから六日。

 中条が火種となった小さな神社での事件後、アサヤは療養と事情聴取のため二人の容態は聞くことはできても見ることはできずにいたから、こうして実際に二人の姿を拝めただけでも安心した。

 意識がなくなったその後丸一日眠ってしまっていたようだが、目覚めてから事後の詳細全てを母から聞いた。

 同じく失神していた中条は軽傷への治療を施された後、事情聴取へ。あの日の事実は包み隠さず話し容認しているようだが、動機や後ろ盾の団体については黙秘しているそうだ。


 「俺らは何に巻き込まれたんだろうな」


 そう、中条とのごたごたなど極一部でしかないのだ。

 六日前、テロリストはこの国に巨大な爪痕を残していった。

 全国各地で同タイミングに実行された襲撃事件と、付随して行われた無関係と思われる数多の軽犯罪。

 死傷者や行方不明者は一週間経過しようとしている現時点でも不明確だという。

 連日ニュースで嘘か本当かも分からない情報整理が行われ、その情報によれば、犯行グループは襲撃後大々的に何かを要求するわけでもなく一斉に姿を眩ませたとのこと。

 日を跨ぐごとに、日常に紛れた凶悪犯たちに対する疑心暗鬼や陰謀論が活性化していた。

 国も収束に向け優先度を上げて動いているようだが、世間の不安を部分的にでも解消するような成果は上げられていない。そう考えると、中条の存在はとても貴重な情報源なのかもしれない。

 アサヤは左手を反転させて、黒手袋を着用した手のひらをジッと眺めた。


 「アサヤ、ここにいたの?」


 名を呼ばれ横を向く。


 「あー母さん」


 廊下の先にアサヤの母、ヒカリがコーヒー片手に立っていた。

 ブルーカットのメガネ、白く眩しい白衣、ほんのりとこげ茶色がかかった黒い地毛はサイド団子。すらっとモデル気質のスレンダーさがポイントだと自分で自慢していた。

 ヒカリは湯気立つカップを持ちながらアサヤの横へ歩み、同じくガラス越しに二人を見る。

 一杯すすってメガネが曇っている。


 「そっかー。マヒルとヨイチとは一週間くらい会えなかったもんねー」


 「ん。結局()()()になったんだ」


 「そうね。医者もこれ以上何もできないらしくて、引き継ぐかたちで今朝ここに運ばれて来たの」


 ここ『リヴ研究所』はこの世に確認された各リヴの情報を収集しデータベース化する等、リヴを専門に取り扱う国家機関である。国の人間は産まれてすぐに生体データをこの機関へ必ず通過させることから、リヴ研究所は親しみを込めて『関所』とも呼ばれている。

 そしてアサヤの母・ヒカリはリヴ研究所の研究員なのである。加えて、上から両手で数えられる程の地位にいる。


 「二人は眠ってるんだよね?」


 「そ。お医者さん曰く、銃創が残ったけど命に別状なし、他は至って健康体だそうよ。脳は機能していて植物状態ではないし、意識不明というよりは睡眠に近い状態」


 「前例ってあるの?」


 「なーい、けどその為の研究所だから。調査に分析に諸々頑張るよ」


 「俺も検証には付き合うから、二人と未来の被害者の為にもお願い。そうだ、俺らのリヴは判明した?」


 「ふっ、聞いてくると思ったぜ」


 「お!」


 「該当なし」


 「…………」


 「しょうがないでしょー!ちょっとの観測事象だけじゃムズいって」


 「逆に良かった、これから自分で研究してみるよ」


 「さっすが私の息子、研究者肌。経過報告楽しみ、存分に相談しなさい。そのためにここや()()があるんだから。ほらアサヤ、そろそろ行かないと」


 「やっば。んじゃ行ってくる」


 「まず職員室行ってね。行ってらっしゃい」


 「ういー」


 葉柄(はがら)高校ではない制服を着用したアサヤはヒカリに背を向けて駆けていく。

 彼が角を曲がるまで見送ったヒカリは改めてベッドに横たわるマヒルとヨイチを見た。


 「人にリヴを付与する薬………か。力と死を天秤にかけるような危険物をこの国で放置させるわけにはいかない。誰が何のために何をしようとしているかは分からないけど、私がそれを食い止める」


 ヒカリはポケットから純黒なカードが映った写真を眺めるとその場を後にした。

 過去の責任や不安はすぐに払拭(ふっしょく)できないだろうが、強く前を向いて生きて欲しい。

 ヒカリは研究者としてではなく、一母親として息子にそう願う。


 「二人が起きたら思い出話を聞かせてあげられるよう、しっかり学び楽しんできなさい」


 伝え忘れたエールを清々しい朝の空に向けて呟いてヒカリはコーヒーをすすった。

 メガネが曇った。



 ***




 基本的にリヴを持たない男性とリヴを持つ女性の教育カリキュラムは異なる。

 リヴァレスの男性は小中高と従来通りのものであるが、女性らは高校までに自身のリヴを使いこなせるよう男性とは別に教育機関によるカリキュラムが組まれている。それ故に共学から女子校・男子校に切り替えた学校もあった。


 全女性が異能力『リヴ』を体得して生まれるこの世界。

 実は男性でもリヴを宿している例が稀に存在する。無論めっぽう少ない。


 イレギュラーである男性リヴァは、国に指定された学校でのみ教育を受けることが可能。それはたった三校のみであり、エスカレーター式の学校となっている。

 アサヤは先の事件でリヴ持ちになったた為、すぐにでも葉柄高校から転校しなければならなくなった。転校手続きは療養期間の5日で済んでいる。

 そして本日はアサヤの転校初日であった。


 「古宵(こよい)高校……めっちゃでけー」


 アサヤは職員室近くにあった三次元マップで敷地の広さを俯瞰(ふかん)し感想を漏らす。

 彼が通うこととなった古宵高等学校はリヴ持ちの男性を無条件に受け入れるが、本来は有望視される人間らが集うよう設立された高校であるため入試のハードルが高く女性にとっては超難関高校なのである。それもそのはず、国が優先的に力を入れる学校であるため様々な最新の設備が整っており、そこの育成プログラムを最後までこなした人間は将来が安定することが約束されているそうだ。

 超優秀な女性とぽけーとする男性の場違い感を想像してしまったアサヤは、扉が開いたガラッという音で職員室の入り口に目を向ける。


 「お待たせた」


 今日からアサヤの担当教員となる先生が名簿と書類を持って職員室から出てきた。

 四十代前半くらいのダンディなおっちゃんでいかにも日本史とか教えそうだ。だが誰もがそれ以上に気になる大きな特徴は左腕全てを代替する『銅色の義手』だろう。

 アサヤも左手に黒手袋をしている為、少し親近感を感じた。


 「碁間(ごま)だ、よろしくな。ほいそんじゃ教室向かいますかい」


 「お願いします」


 「緊張してるか?安心しろ、ウチのクラスの奴らは緊張を吹き飛ばすくらい曲者(くせもの)揃いだ」


 「そうでもなかったですけど、今緊張してきました。例えばどんな人がいるんですか?」


 「フルフェイスの奴とか、よく分からん理由で不登校の奴とか」


 「両利きなのに左利きだと言い張る奴とか、ですか?」


 「えそんな奴いんのかよ。っておはよう廿日春(はつかはる)、遅刻だぞお前」


 「おはよー先生。いいや、ブザービーターでギリセーフ!」


 「いいや、その先生が遅刻してるからお前も遅刻だ」


 「ちっち、学校は相対評価が全てじゃないですよ。それよりあなたはだーれ?先生の息子?」


 「俺はバツゼロ独身だ」


 「どうでしょうね、名字は違いますよ」


 「なんで曖昧な回答するんだ。複雑な家庭じゃねーよ」


 「先生の息子じゃないなら何だろう、闖入者(ちんにゅうしゃ)?殴ればいい?」


 「あの、この人も先生のクラスだったりします?」


 「あぁそうだ、よく分かったな」


 「よく分かったな、あなたが例え不審者であっても残念ながら私が友達第一号だ」


 「もしかして曲者トップ2か………」


 「だっっはっ、憧れるだろ?ほれ、ここが教室だ覚えときな」「覚えときな!あばよ!」


 二階中央にある職員室、その東側の階段を下ると東棟一階。廊下に並ぶ五つの教室の一番南側にアサヤが学ぶ教室1ーAがあった。

 無駄に長い廊下には担当教員が教室に入るのが見えるくらいで生徒は一人もいない。信頼を守る上での時間厳守と時間管理が板につくよう学生のうちから教育し、人間としての『一般』を育てる本校の方針のようだ。

 廿日春はすたたと後方の扉から教室へ入り、担当教員は前方の扉前で小休止をとると扉を開けた。


 「ほーい皆元気してるかー。元気してない奴は後で言いに来いよー。あ、その辺の空いてる席座っときなさい」


 「はい」


 「あーそこは不登校の生徒の席だ。そこがいいならそこでもいい」


 「では、ここにします」


 「分かった。よっしゃホームルーム始めるぞ。居ねーのはどいつだ名乗り出ろ」


 教卓に着いた碁間は名簿でかったるそうに自身の肩を叩き、アサヤが教卓の真ん前の席へ座るのを待った。その後ホームルームの出欠確認を進め始めた。

 前の学校では先生が来るまでガヤガヤとしていたホームルーム前の時間は、アサヤが入ってきてもシンとしており、緩そうな先生に対して不思議な感覚だった。規律がしっかりしているのだろう。

 アサヤはいつものようにカバンから筆箱や新品のノートを取り出し始める。

 ホームルームは滞りなく進み、スケジュールと連絡事項を伝えて五分程で終わろうとしていた。


 「よしこんなもんか。何か全体通して質問はあるかー?」


 「はい先生、転校生の紹介しないんですか?」


 廊下側後方の席の女子生徒が手を挙げて問う。

 質問を受けた碁間は額をペシっと叩き、「失礼失礼」と真正面下方に座るアサヤを見下ろした。


 「すまん忘れてた、前に出て自己紹介を頼めるか。うちの義手も謝ってる」


 彼をそう言って銅色の肘から先をぺこぺこ振り、その横の壇上へ移動したアサヤはクラスメイト達へ振り向く。

 今日から転校生が来ることを予め知っていたのだろう、キラキラした瞳が多く見受けられる。

 先頭の机にすぐ座った為気付かなかったが、静かなクラスメイトに対比して教室が折り紙や風船で華やかに装飾されており、アサヤは少し驚き少し嬉しく思った。

 自己紹介前に教室全体を短く見渡し、丁寧に挨拶を始める。男子は…………俺の他に二人、か。


 「おはようございます、月日(おちふり)朝弥(あさや)です。つい先日リヴが開花したばかりで至らぬ点が多々あると思いますが、機嫌が良かったりした時は助言や皆さんのことを教えて下さい。また、このクラスは変な人が集結しているとお聞きしました。不思議と昔から変な人とは仲良くなりやすいのでありがたいです。本日からよろしくお願いします」


 「一番前の席でしかも不登校の席を選ぶお前も大概変な奴だよ」


 「え」


 手短につまらない自己紹介を済ます。

 教室に響き渡る拍手と指笛に囲まれて席に戻りつつ、自身が口にしたリヴの開花について思い返していた。

 実際はリヴを()()()()()のだが、リヴが付与可能だということが拡散すると大変なことになる為、できるだけこの事は内密にして欲しいと『上』から言われた。ここでの上は国である。

 質問攻めに会うのも面倒、そもそも回答も持ち合わせていないので彼は承諾した。

 担当教員の碁間と校長はこのことを知っているそうで、何かあれば支援してくれることになっている。


 それに………。

 ホームルームを終えて壇上を歩く彼の足音が去っていく中、アサヤは変わらず黒い手袋を着用している左手を、残念そうに見下ろした。


 ──────あの神社での一件以降、彼はリヴを使えなくなっていた。


お読み頂きありがとうございました。

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