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大義

 もうすぐここに来るであろうヤイチがどうしてトウカたちと一緒に来なかったのかはわからないが、何か事情があったのだろう。


「シロコさん、ちょっといい?」


 歩いてきたユキノさんに声をかけられる。


「どうしたの?」

「オチヤくんの件なんだけど」

「まずは挨拶が先じゃない?社会人としてのマニュアルを忘れちゃったの?」

「……ちっ」


 よく見ると天使の象徴である輪っかが見当たらない。どこかの誰かに継承したのだろう。


「そういうところ、直した方がいいわよ」

「今はそれどころじゃないの。オチヤくんの」

「わかってる。しかも、それは私だけじゃなくて、トウカもわかってるはずよ」

「え?」


 トウカは急に名前を呼ばれたことで驚いている。


「何がわかってるって?」

「ヤイチがやばいってこと」

「えーと、んーと、なんかそんな気がしなくもなくもないって感じかな。先輩は先輩だしなぁ」

「少なくともベガはわかってるはず」

「え?ベガのこと知ってるの?」

「そりゃそうよ。まぁでも、この話は置いといて、何か策がありそうな顔ね?」


 ユキノさんに視線を向ける。


「まずは神を、アレガを叩き起こす」

「天使やめたから"様"つけなくてよくなったんだね」

「時間ないのに話を逸らすのやめて」

「私にとっては初知り情報なんだけど」

「……叩き起こすにはアレガを煽って目を覚まさせる方法が一番手っ取り早い。そのためにあなたが必要になってくる」

「わらわじゃな」


 アルタイルが表に出てくる。


「そう。まずはシロコさんにオチヤくんの精神を不安定にしてもらう。アルタイルの匂いを感じ取ったアレガは間違いなく目を覚ます。けれど、ここからが問題。睡眠を邪魔された神ほど面倒なものはない」

「こら」


 私の手が自分の意思とは関係なくユキノさんの頭をチョップしていた。


「それに相手はアレガ。厄介の中の厄介。今まで見たことないくらいに怒るかもしれない」

「わらわがなんとかするしかないだろう」

「一人だけではなんとかできる確率は低い。だから……」


 私とユキノさんの視線が同時にトウカへ向かう。


「で、ですよね……」


 トウカも薄々悟っていたみたいだ。


「二対一なら余裕……と言いたいところなんじゃが……」


 アルタイルが言葉を詰まらせる。


「デネブと三人でようやくって感じだったもんね」


 トウカの口から出てきた言葉は、トウカのものではない。それはトウカの中に棲みつくベガの言葉だった。


「それに加えて、アレガは着々と体に馴染んできている。もはや一心同体と言えるレベルに到達してるかもしれない」

「そうなれば、こっちも一筋縄じゃいかなそうだね」

「お主、なぜ笑っとる?」


 ユキノさんは、笑っていた。


「とっておきがあるのよ」

「ふむ、話を聞こうではないか」

「とっておきは、取っておくものだよ」

「前々から思っていたが、気が合わん奴だな」

「わらわは好きだったけどね」

「わらわは新しい子の方が好きじゃな。なんでも言うことを聞いてくれそうじゃ」


 螺旋階段の方にはワタガシとコトリたちがいる。

 あつみんやみりあんはコトリに任せられるからこっちはこっちで好きなように動けそうだ。


「とにかく、まずはシロコさんにオチヤくんを煽ってもらいます」

「トウカは少し耳が痛いかもしれないから塞いでおいた方がいいかも」

「え、なんで?私もちゃんと聞くよ?」


 私の提案に対してクエスチョンマークを浮かべている。

 そうだ。トウカはもう子どもじゃない。私がいないと何もできないトウカはもういない。

 トウカは自分で判断して、自分で行動できる強い子なんだ。わざわざ私が気にかける必要なんてないんだ。


「そうね」


 ヤイチを煽って、精神的にダメージを与えることでアレガを目覚めさせる。それが私の役目。

 なんとかしてアルタイルたちにバトンを渡さなくてはいけない。

 そのための材料を脳内で並べ始める。

 有効な手段として真っ先に思いつくのは家族の話だ。ヤイチは未来の世界に行ったと聞いた。そこにはキボウさんとアイさんがいたはずだ。そして、会ったはずだ。

 二人は息子と会うことを拒んできたけど、息子の成長を目の前にして拒み続けるとは考えにくい。

 血の繋がっていないトウカとの再会でさえ、私はトウカを求めたのだ。血が繋がっていれば尚更だし、両者はもはや初対面と言っても過言ではない。

 ヤイチは間違いなく精神的に強い刺激を受けたはずだ。だからそこをもう一度刺激する。

 両親と再会できたのなら、炬燵家はもう不必要だろう、と伝えたらどう反応するだろうか。

 ヤイチはアリスと会うこと、家族で過ごすことを望んでいると私は思っている。だから、アリスや両親がいる未来の世界でこの先も過ごせばいいだろう、と提案してみよう。

 ヤイチの中に眠る両親との再会という記憶を掘り起こし、炬燵家とを天秤にかけさせることで、精神に負荷をかけることができるはずだ。


「うん、問題ないじゃろう」


 アルタイルもこの煽り方に賛成のようだ。


「なるほど、そのために別行動してたってわけね」


 さすがはユキノさん。天使としてソウルターミナルにやってきた時は何も感じなかったけど、先読みする能力は神にも劣らないわね。


「上ではどうなってるかわかりません。何があっても対応できるように──」


 ユキノさんが忠告してきた時だった。


「本当に飛び込んできたんだ……」


 小さな波音を立てながら、男の子が一人飛び込んできた。脇に少女を抱えて。


「先輩!!!」


 トウカは久々の再会を果たした時のように満面の笑みを浮かべている。この子は本当にヤイチのことが好きなんだな、と改めて思う。


「え、何あれ?」


 やってくるのがヤイチだけかと思っていたのだが、それは私の予測に不備があったようだ。


「私はオチヤくんのあれを見て、やばいって思ったんです」


 ヤイチの背中を追うように、桁違いな数の制服を着た人らが続いている。

 彼らはヤイチと同じ体勢、同じ速さ、同じ角度で次々と飛び込んできている。


「確かに、あれはもう神になっちゃってるわね」


 人間を付き従えさせるのが神であるため、ヤイチはすでに神としての道を歩み始めている。

 私たち神の心を授かった人間は神と共存しなくてはならない。神に体を乗っ取られてしまえば、それは自身の本当の死。つまり、輪廻転生を行うことすら叶わなくなる。

 それは私自身もトウカやアリスも望んでいないことで、綿加シドウだけが唯一望む形。

 私には、わらわにはそれを食い止める大義がある。

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