炬燵の存在意義
しばらくぶりに大きな声を出したため、喉がヒリヒリする。
まるで、火傷してしまったかのように。
何度も唾を飲み込んで直そうとするも、痛みはなかなか和らいではくれない。
少し前まではこんなではなかった。間違いなく、私の体は衰えている。
「私はお前が母親かどうかなのかを訊いただけだが?」
ワタガシが冷たく、感情の乗っていない声で尋ねてくる。
今の私は感情が爆発してしまっていたのだけど、冷静な言葉を投げてくるワタガシのおかげなのか、せいなのか、一瞬で落ち着きを取り戻させられた。
「おっかさん……やらせてもらってました」
私はそう答えた。
「それで、母親と会ってどうする気だ?」
私の答えを受けて、次にワタガシはトウカに尋ねる。
「えーとうーんとあーっと、なんやかんやした後にゆっくりお茶するの!」
「そういうこと聞かれてたの、今?」
「じゃないの?だって、あんまり私たちがすること伝えない方がいいかなって」
たたみの敷かれた部屋に、こたつを置いて、みかんとおちゃを用意する。
私の思い描いていた幸せのワンシーン。
実際には仕事は忙しいし、子どもたちも授業やら部活やらで忙しいから、そういう時間はあまりなかったけど、何年後、何十年後か先には訪れる幸せだと思っていた。
そして、それを願っているのは私だけだと思っていた。
トウカの言葉を聞いて、初めてそれが私だけではないと気づいた。
トウカは人生のほとんどを私と暮らした。だから、その中で私のことを見抜いていたのかもしれない。
子どもの観察眼というのは恐ろしいもので、なんでも見透かされてしまう。
だから大人は子どもに嘘をつくことができない。
なんだか本当の自分を見ていてくれていたのかもしれないと思うと、心の底から温かくなってくる。
「お前もそれを望んでるんだろう?」
ワタガシは声を大にして、私に尋ねてきた。
「望ん……でる」
何度も喉を潤したとしても、言葉が喉を通るだけで傷が巻き戻ってしまう。
それでも、発しないといけない言葉は、なんとしてでも発さないといけない。
「ん」
なんの合図なのかわからないけど、ワタガシが相槌をするとものすごい速さで誰かが近づいてくる。
それは、掴みたくて放してしまった私の娘だった。
「おっかさんおっかさんおっかさんおっかさんおっかさん!!!!!」
「トウカ……トウカ……けほッけほッ」
喉を安静にしないといけないのに、言葉に出したいという欲が先行してしまう。
「おっかさん、無理しないで」
「大丈夫よ、私はこれでも母親なんだから」
この距離なら声量を抑えることができる。
「……これは?」
トウカの後方から金属音とともに何かが転がってきた。
「鍵だ。開けてやれ」
ワタガシが牢獄の鍵を投げてきたのだ。
「ど、どうして……?」
私の問いにワタガシは答えてくれなかった。聞こえてなかったのか、答えるつもりがなかったのか。
どちらにせよ、この牢獄とはおさらばできる。トウカと抱き合える。トウカを感じれる。
「トウカ……」
無機質な音を立てながら開く扉をよそに、私は勢いよく飛び出した。
それからトウカの手を掴み、しっかりと顔を見る。
でも、私の知っているトウカとは少し違う。
私の知っているトウカはまだ子どもで、私の手を借りないと生きていけないような、まだ未熟な女の子だったはず。
なのに、私を助けに来てくれたトウカは、まるで私が幼い頃に夢見たヒーローのように、勇猛果敢で、自信に満ち溢れた表情を浮かべている。
私の心は大きく揺れ動き続けている。
それでも、トウカはトウカだ。私と一緒に過ごしてたトウカだ。
私はそーっとトウカの背中に腕を回して、優しく包み込む。
冬場のたたみはとても冷たい。そんなたたみを温めるためにこたつはある。温めるのは決して人間だけではない。この世では物同士も助け合って存在しているのだ。
「おっかさん……あったかい……」
トウカとこうしてハグをするのは、おそらくアリスが炬燵家に来る前ぶりだと思う。
だから、とても懐かしく感じる。
記憶がどんどん遡っていき、思い出したくないところまで巻き戻ったところで、ゆっくりと目を開ける。
「トウカ、ありがとうね」
喉の痛みは気づいたらいなくなっていた。
言葉がスムーズに飛び出てくれる。
これが、自然の姿。ありのままの私の姿。
けれど、まだ足りない。私には取り戻さなくてはいけない人がまだ残っている。
「シロコ、来るよ」
そのうちの一人がここへやってこようとしている。
トウカとの時間をゆっくり過ごす暇もなくやってこようとしている。
アルタイルから聞いていた問題児、アレガの心を受け継いだヤイチがやってくる。
「今の誰?」
トウカはトロッとした表情で尋ねてくるも、私は笑って誤魔化すしかできない。
これを話すのは落ち着いてからで問題ない。今はそれどころではなく、アレガを、ヤイチを取り戻す必要があるからだ。




