第一章 歪んだ能力と二つの約束
初めて自分で物語を文字に起こして作りました。所々日本語がおかしいかもしれませんがご了承ください。
「あと少し早くその事を知っていたら」
人は、生きていれば幾度となくそう悔やむ瞬間が訪れる。例えば、突発的な事故に巻き込まれた時。あるいは、前触れもなく家族の死に直面した時。
「もし、そんな未来の断片だけでも先に見ることができたら――」
ただの感傷に過ぎないはずのその願いが、いつの頃からか、俺――淳田宗治の現実となっていた。
突然頭にズキンと痛みが走る。そして、右の視界の端が、わずかに揺らぐ。
例えば、目の前の横断歩道。青信号を堂々と渡ろうとしたまさにその瞬間、脇道から猛スピードで飛び出してきたトラックが、自分の体を盛大に跳ね飛ばし、そのまま先の電柱に激突する未来が脳裏をかすめる。
宗治は、反射的に足をとめた。
――ガシャーン!
乾いた破砕音と共に、宗治が先ほどまで踏み出していたはずの空間を、制御を失った鉄の塊が狂ったような速度で通り過ぎ、目の前の電柱へと突き刺さる。巻き上がる黒煙、そして「おい、しっかりしろ!」とどこからともなく響く野次馬たちの慌ただしい怒号。
血の匂いが漂う現実の脇で、宗治は冷めた眼を向けたまま、何事もなかったかのように再び歩き出す。
まあ、言ってしまえばただそれだけの、ちょっとした未来予知だ。だが、これが案外役に立つ。この力のおかげで、俺はこれまでの人生で一度も大きな事故に遭ったことがない。それどころか、かすり傷ひとつ負うこともなくなった。
第一章 歪んだ能力と二つの約束
午前のキャンパス。春の穏やかな日差しが、色づき始めた並木道を柔らかく照らしている。
「お〜っはよ、宗治!」
背後から突然肩を叩いてきたのは、中学からの腐れ縁である荒井紫陽だ。相変わらずの大きな声に、周囲の学生たちがちらりとこちらに視線を寄せる。
紫陽はいわゆる「陽キャ」というやつだ。本来、水と油のように交わらないはずの二人だが、中学時代、いつも一人で本を読んでいた俺をしつこく輪に引っ張り込んでくれたのがこいつだった。無神経に見えて、根は面倒見のいい奴なのだ。
「いや〜、宗治、お前のその『危機察知能力』は相変わらず健在だな。今朝のだって、絶対トラックが突っ込んでくるの分かってただろ?」
どこかで見ていたのだろう。紫陽はいつもの調子で、冗談半分、本気半分といった顔でニヤニヤと笑う。
「……まあな」
宗治は特に顔色も変えず、淡々と前を向いたまま答える。この適当な返事が、逆に紫陽には都合が良いらしい。
「あっそうだ、そうだった。なぁ宗治、お前今年のサークルってどこか入るのか? もし決まってないならさ、俺と一緒に『冒険部』に入ろうぜ! 昔から二人でチャリ飛ばして色んな廃墟とか山の中探検行ってただろ? お前だって、そういうの嫌いじゃないはずだろ?」
思い出したようにポンと手を叩き、紫陽は熱っぽく誘ってくる。
ここ最近、会うたびにこの話を振ってくるあたり、よほど人手不足か、あるいは単に大学生活を面白おかしく過ごしたいだけなのだろう。
「それはお前が断ってもしつこく誘うから嫌々ついてってただけだつーの」
小さな声でそう呟く。
「……? なぁ、宗治も来いよ」
どうやら紫陽には聞こえていなかったらしい。少しあきれたようにため息をつきつつ、「……まぁ、考えとくよ」と適当にいなす。
「お前、それいっつも言うよな〜。おっ、あそこ見ろよ」
紫陽がふと顎をしゃくったその先に、凛とした黒髪を揺らしながら歩いてくる一人の女子学生の姿があった。
凩冴由。高校の頃からの付き合いであり、現在の俺の彼女だ。
「にしても、すげえよなぁ。高校の時なんか『学園のマドンナ』なんて呼ばれて高嶺の花だったあの子と、こうして付き合ってるなんて、未だに信じらんねえよ」
紫陽はどこか誇らしげに、まるで別世界の住人を見るような目で呟く。
「お前にもそのうち良い彼女ができるって。……まぁ、冴由より良い子はなかなかいないがな」
微笑ましげに、ほんの少しの皮肉を交えて返す。
「でも気をつけろよ。色んな子と付き合ってきた俺からすると、腹の中に黒いもん持ってるかもしれないからよ」
紫陽らしからぬ真面目な顔で、どこか芯のあるようなことを言った。
遠くからでもこちらに気づいたのか、冴由がトコトコと歩幅を合わせるように歩み寄ってくる。
「冴由、おはよ」
紫陽との馬鹿げた会話などなかったかのように、いつも通りの穏やかなトーンで声をかける。
「ん……宗治、おはよ」
冴由もまた、少しぶっきらぼうだが、いつもの心地よい距離感で言葉を返す。
「お~い紫陽、講義遅れるぞ〜!」
少し離れた場所から、紫陽の友人らしき男の声が響く。
「おっと、悪い! 俺は別の講義棟だから、またあとでな! ちゃんと今の話、前向きに考えとけよ!」
紫陽は腕時計をチラリと見ると、少し駆け足でその場を離れていく。
宗治はその背中を見送りながら、「おぉ、そうか。じゃあまたあとでな」と片手を軽く挙げて応えた。紫陽も振り返ることなく、いつものようにヒラヒラと手を振りながら雑踏の中に消えていく。
「それじゃあ、俺たちも向かおうか」
宗治と冴由は学部が同じため、午前中の講義はほとんどが共通している。
「そうだね、行こっか」
並んで歩き出す足並みは、長い時間を共にしてきた二人特有の、心地よいシンクロを奏でていた。
大講堂の、少し後ろの席。周りの学生たちがざわめく中、ノートを開きながら宗治はふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさっき紫陽から言われてさ。冴由はさっきのサークルの一件、気になってた?」
「ん〜……特には。でも、宗治とよくいるあの人に冒険部に誘われてるんでしょ?」
「紫陽な。そそ、あいつ昔から廃墟とか、立ち入り禁止の森の中とか入るの好きだったからさ。よく俺も引っ張り出されてたんだよ。だから、今回も大学デビューのノリで誘ってきたんだと思うんだけどさ」
冴由はノートに書き写しながら、チラッと宗治の横顔を見つめた。
「……宗治が入るなら、私も入る」
「え? 無理に合わせなくてもいいんだぞ? 冴由が入りたい文化系のサークルとか、ちゃんとしたところに行けばいいよ。ちゃんと会えるように、俺が時間だって作るしさ」
「ううん、違うの。宗治が一人でまた変な危ない所に行くのは、心配だから……」
「俺の危機察知能力、知ってるだろ?信用ないな〜」
「そういう問題じゃなくて――」
「そこ、後ろの席の二人。講義中の私語はそこまでにしたまえ。静かにしないと、私だってグレてしまうぞ」
厳格な中にもどこかユーモアを滲ませる老教授の言葉に、大講堂のあちこちからクスクスと笑い漏れる。
「すいません……」
宗治は慌てて頭を下げ、冴由は静かにノートに顔を向け直した。
ノートを取りながら冴由の方を見ると、いつものように澄ました顔をしているが、耳だけは真っ赤になっていた。
恥ずかしい気持ちもあり、それ以上言葉を交わすことはできなかった。
午後の講義が終わり、夕暮れ時のキャンパスのベンチ。
「はぁ〜、頭使ったら急に腹減ったな〜」
伸びをしながら宗治が呟くと、どこからともなく湧き出てきたように紫陽がひょっこり現れた。
「よっ、宗治、お前もようやく講義終わったのか?」
「おぅ、まぁ午後もみっちりあったからな」
「はは、俺もだよ。レポート地獄で死にかけたわ」
「んで? 結局どうなんだよ、サークルは。冒険部に来る気になったか?」
紫陽は期待に満ちた目をきらきらとさせながら、宗治の隣にドカッと腰を下ろす。
「ん〜、とりあえず冴由には話したけど……問題は、冴由の許可が下りるかだな」
「お前、ほんとに彼女第一だな〜。まぁ、それがお前の良いところでもあるんだけどさ。あんまり尻に敷かれすぎんなよ?」
「尻に敷かれるか……。まぁ、それも悪くないな」
「おいおい、重症だなそれは」
クスッと笑い合う二人の背後から、いつの間にか足音もなく、冴由が静かに歩み寄っていた。
「……宗治」
その涼やかな、しかしどこか芯のある声に、紫陽がビクリと肩を揺らす。
冴由は宗治の前に立ち止まると、まっすぐな瞳で彼の目を捉えた。
「条件があるの。冒険部に入るなら……私と二つの約束をして」
「約束……?」
「そう。それを守れるなら、入部してもいいよ」
夕闇が迫るキャンパスの片隅で、冴由の細い指先が、宗治の袖をそっと掴んだ。
その表情には、いつもの気だるげな雰囲気とは違う、妙な真剣さが宿っていた。
毎月24日に一章あげれるように頑張って続けます。




