陰と陽の闘技場
「試合開始!」
レフェリーの掛け声が響き渡る。コングの鈍い音が耳を打ち、空気が緊張で震えるのを感じた。汗と興奮の匂いが鼻をつく中、両者は互いを見据え、筋肉を緊張させていた。
そのまま数十秒間、お互いに観察だけした時間が流れる。そして、ふと何か合図があったかのように、両者一瞬で距離を詰めた。
「おらぁ!」
相手の拳が風を切る音とともに、陰の頬をかすめ、髪を揺らした。それを躱しながら、カウンターで鳩尾にパンチを入れる陰。
「やったか?!」
すぐにピョンと後ろに飛び、距離を取る二人。ダメだ。どうやら左手でガードされた見たいだ。
「嬢ちゃん、やるじゃねぇか。まさかこの一瞬で、脇腹にもパンチを入れてくるとはな。」
「そっちこそ。ノーダメージとは、ちょっとショックだよ。」
脇腹にもって事は、二回攻撃していたと言うことか。速すぎて見えなかった。しかし溜めがなかった分、威力も足りなかったと言うことだろう。尤も、そこらへんの人のパンチに比べると全然強いんだろうけど。
「これなら!」
また距離を詰め、ローキックを繰り出す陰。それを相手はヒョイと後ろに躱した。そこから一進一退の攻防が続く。唯一違うのは、相手は防御力が高いということだ。現に陰は、相手の攻撃を、大振り小振問わず全て躱している。相手はガードしつつ、即反撃をしていると言った感じだ。ダメージがある様には全く見えない。
「きゃっ!」
なんて観察していると、運悪く陰が後ろに下がったタイミングで砂に足を取られる。そのチャンスを逃さず、相手が突っ込んできた。
「陰!」
陰は焦りと恐怖を押し殺しながら、必死に態勢を立て直そうとしていた。が、多分間に合わない。そこで俺は、一つ指パッチンをした。
「?!」
それに呼応して弾け飛ぶ陰の腕輪。その瞬間、彼女がPS名を叫んだ。
「D-view!」
「うお!」
突進の勢いのまま、躓く相手。そのまま前のめりにずっこけた。ギリギリのところでその巨体を横に躱す陰。PSの発動が間に合った様だ。あの一瞬でよくやったな。
「な、前が見え・・。」
「てぃや!」
膝をつく相手の後頭部に向かって、斜め上から振り下ろされるキック。それを直撃で食らった相手は、地面へと沈んだ。
「お、おや?まさかPS・・?」
不味い!俺はかろうじて袖で隠してたけど、陰はそこまで袖が長くない!腕輪がないのがバレて・・。
「でも、腕輪はありますね。何でもありません。勝者、やられ役チーム!」
「やったぁ!」
腕を掲げ、喜びを表す陰。その腕には、確かに腕輪があった。
「勇くんでしょ?ありがとね!」
その後、こっちに駆け寄りお礼を言ってくる陰。腕輪を消したのが、俺だと気づいてたみたいだ。と言うことは、魔法の粉は発動してたみたいだな。最初陰に会った時、こっそり腕輪につけておいた。
「つまり、その腕輪も幻覚って事か。本当、便利な能力だよな。」
その能力で、陰は自分の姿を消したり増やしたりしていた。先程の戦いでは、相手の視界に闇を作って盲目にさせたのだろう。そこまで出来たら、普通に星の涙をこっそり持って帰れるんだがな。
「さぁ、次は二人の番だよ!」
しかし、今回の目的は敵の転移者の尻尾を掴む事だ。もうめちゃくちゃピンチでもないし、何も得ず逃げるわけにはいかないよな。
「さぁ、後がないぞサンペドロの精鋭!続いて二回戦は・・。」
相手の選手が担架で運ばれていった後、レフェリーから二回戦の選手が発表される。頼む、陽と水色のやつが当たれ・・!そう祈りながら、開運と書かれたお守りを握りしめる。
「サンペドロ一の力持ちのパワーと、黒いコートの男だ!」
「クソが!」
もう一人の男が歩き出すのをみて、レフェリーが言い切る前に、お守りを地面に叩きつける。やっぱり俺には星の涙が必要みたいだ。
「勇くん。無理そうなら降参すればいいよ。お兄ちゃんが負けるわけないし、星の涙はゲットできるから。」
「うーん、まぁそうなんだけども。」
その通り、殺されたら元も子もないからな。と言っても、ここの奴に敵わない様じゃあ、今後更に強いと思われる、敵の転移者達と闘って勝つなんて、もっと無理だ。
「陽が倒すまでに作戦を練るか・・。」
「終わったぞ。」
いつの間にか帰ってきている陽。早すぎだろ。
「このままでは終われません!最後は、サンペドロの闘技場の創設者であり、サンペドロ最強の男。シユウと、冴えない男だ!」
あんまり聞きたくない言葉が沢山聞こえる。
「やれやれ、頑張るか。」
「頑張ってね!」
陰に見送られ、死地へと向かう。最悪逃げればいいんだ。気軽に行こう。