太郎
バスを降りると、そこは鬱蒼と茂る森の中だった。無数の葉が日光をほとんど遮断しており、地面が軽く湿っている。聞いた話によると、ここらで冒険者がよく失踪しているらしい。つまり、NDの探索という事だ。そして今回、相手の転移者が現れた時の為に、二つのパーティーが合同で動いている。
「二手に分かれた方がよさそうね。」
冷静に周囲を見渡し、目を細めて、トキが提案をする。具体的なNDの場所は判明していない。人数も多いし、それがいいだろう。
「分けるなら、シラスチームとトキチームか?」
「そうね。私がいない方は、シラスがいれば何かあっても抜け出せれるし。となると、勇を私のチームにして・・シエン、シラスの使い方はわかる?」
「はい!大丈夫です!」
あっさりと物扱いされるシラス。まぁ、今まで核爆弾として使われてるのが殆どだし、もはやデフォルトで物だな。説明書とか何処かに存在しそうだ。
「ふ、僕の力を存分に引き出してくれたまえ。」
力を引き出す=殺されるって事にまだ気付いてなさそうな馬鹿がしゃべる。
「シエン、今の言質とった?」
「はい!録音してます!」
それに反応し、後ろでコソコソと恐ろしい言葉が聞こえた。そんなもの取らなくとも、どっちみち何かこじつけて殺すだろうに。
「トキ様、となると我々はどうしましょうか?」
「今回はあなた方に従いますわ。」
あっさりとこちらの指示を聞いてくれるリデルパーティー。理由として、彼女らは未だNDを体験してないと言うことが挙げられる。聞いたところによると、ND自体つい最近出始めたらしい。こう言ったところはプライドを持たず、合理的な判断ができるのは素晴らしいことだ。
「そうね。だとしたら私のチームにはリデル、シラスのチームに他三人という事にしましょう。」
「畏まりました。お嬢様のこと、宜しくお願いします。どうか気をつけて。」
「私は大丈夫ですわ。あなた達こそ、気をつけなさい。」
となると、シラスチームはシラス・シエン・執事のヴァルさん・マッチョ2人か。人数のバランスより、能力でわけてるって感じか?
「ヴァルさん、ちょっといいかしら?」
「何でしょうか?」
別れる前に、ヴァルさんに耳打ちをするトキ。シラスの使い方でも教えてるんだろうか?
「成る程、畏まりました。では、二時間おきにここに戻るということで。」
納得したように頷き、踵を返すヴァルさん。セリフからして、NDに入ったか判断する為に、ちょくちょく合流するといった感じか。なら別に皆に聞かれないように言わなくてもいいだろうに。
「そうね、連絡手段があったら良かったのだけれど、仕方ないわ。シエン、また後で会いましょう。」
「了解しました!次会うときにはクリアしておきますね!」
元気の良い返事をするシエン。そして、彼女ら五人の背中を見送った。こういう時連絡手段無いのは不便だよな。まぁ、煙玉を合流の目印に使ったりすれば、どうにでもなるはなるんだが。どうも生前の世界と比べてしまう。
「にしても、二時間は長いんじゃないか?今までのクエストでも、そんなにかかったことはないだろう。確かに、NDを見つけるのは困難だろうけど。」
「その男の言う通りですわ。さっさとクリアしてしまいましょう。」
「・・それもそうだったかもね。ごめんなさい、だとしたら別れる必要は無かったかもね。」
すると意外にも意見を曲げたトキ。彼女が自分の言ったことを変えるなんて、今まで考えられなかった。二時間にした理由を聞きたかったのに、どうかしたんだろうか。
「だとしたら今からでも遅くありませんわ。合流しましょう!」
「よく来たな!!」
なんて疑問に思ってると、リデルの声をかき消すかのように声を出し、突如シエン達が行った方角の茂みから飛び出してきた男。
「何ですか貴方は、名を名乗りなさい!」
腰の剣に手をかけてそう言うリデル。聞くまでもなく、男の服に大きく太郎って書かれてるんだが、別に名前それでいいんじゃないか?本名を聞く意味はないと思うんだが。
「よく聞いてくれた!俺の名前は・・太郎だ!」
親指を自分の方に刺し、名乗る男。まさかそのまんまだったとは。
「・・その服はなんですの?」
「いや、もうそのまんまだろう。服に名前書くなよ。」
えらい自己主張激しいな。
「いえ、そういうわけでは。ただ、忘れるといけないので!」
「え、何をだ?」
漢字がわからないとか言わないよな。ガキっぽく見えるけど、高校生ぐらいはいってそうだし。
「自分の名前を!!」
名乗る時少し考えてたのってそういうことか!?俺の視野もまだまだ狭かった。
「勇、二時間の理由はこれよ。あとは察してくれる?」
俺の横に来て、相手に聞こえないようそう言うトキ。無茶を言う。心を読めるわけじゃないし、そんなん無理だろ。でも、トキはこいつの存在に気づいて二時間にしたって事だよな。
まら考えられるとすれば、監視されてることを踏まえ、あえて戦力を分断させ、連絡手段がないことと、二時間は分断したままということを認知させた上で、こいつがどういった動きをするか様子を見ようとした。しかし動きがなかったから、合流の話に持っていって、それを防ぐ為に姿を表すんじゃないかと読んでいたぐらいか。なら、あの時周りに聞こえないように、ヴァルさんに耳打ちをしてた理由も納得できる。つまり、シエン達はすぐそこで待機してるのかもしれない。
「やばい、すんなり納得できてしまったわ。」
「貴方、時折頭いいわよね。」
今回は褒められてるけど、普段は馬鹿にされてるってことだよなそれ。
「悪いがここで会ったが最後、君達には死んでもらう!」
手前でバカが何か叫んでいる。こいつは一体何者なんだろうか。
「そう言えばよく来たな!とか言ってたけど、ずっと居たわよね。こそこそタイミング伺って、何がしたいのかしら?」
冷笑を浮かべ、メンタルをえぐりにかかるトキ。こう言うタイプは軽く煽れば語るに落ちるからな。
「な、たまたま分かれたタイミングで出ただけだし!」
顔を真っ赤にし、動揺する太郎。フラグ回収が雲耀の如く。
「ふふ、あなたが分かれたタイミングを知っていた理由、答えてもらおうかしら?」
リデルも鋭い眼差しで太郎を睨みつけ、追い討ちをかける。彼女も既に状況を理解したようだ。
「そ、そんなことはどうでもいい!勝負だ!」
両拳を構える太郎。彼の後ろを見る限り、もう何もする必要はないが、万が一気づかれるかも知れないし、PSも判明していない。馬鹿でもそこさえ強ければ危険度が出てくるし、念のため注意を引くか。
「いいぜ、俺のPSを見せてやるよ。エレキサンダーボルト!!」
空を指差して飛鳥のPSを叫ぶ。太郎が上を見た瞬間、案の定彼の後ろで待機していたヴァルさん達がロープで彼を捕らえた。