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第2章開始です。
第1章より重めになります。
空は晴天。
初夏の森は茂ったばかりの新緑達がさわさわと、薄青い日陰を作ってくれている。
夏もそう暑くないこの辺りは、木々も茂みもどこかすっきりと涼やかな佇まいだ。いい感じに風が抜けていく。
新緑をぽつりぽつりと赤く彩るのは、スグリやサクランボのつややかな実。鳥達はごちそうに大賑わいだ。
葉擦れの音を伴奏に歌うのはアトリにコマドリ、シジュウカラ。水辺では白黒の羽で正装したセキレイが、指揮をするように長い尻尾を上下に振っている。
森に囲まれた田舎の長閑な村を、立派な黒い馬が行く。その背には、騎士団の青い制服の立派な体格の若い男。
村人もはじめは何事かとぎょっとしたものだ。今では慣れたもので、ちょいと会釈して通りすぎる。
そしてちょっとした噂話が始まる。
「あぁ、また『理系屋さん』に仕事だよ」
◇◆◇◆◇◆
林だか庭木だか分からなくなってる伸び放題の木々の合間の、漆喰の白い壁と朱色の素焼き瓦の素朴な家の前で黒馬は止まる。
まぁ、田舎のこの辺りの家は、大体皆そんな見てくれなのだが。
男は慣れた調子で戸を叩く。
「ベルティーナ! 俺だ、エルンストだ。仕事を持ってきた。開けてくれ」
ベルティーナは朝が遅い。
起きるまでこの呼び掛けを何度も繰り返すのが常である。
「ベル……」
「エルンスト様?」
意外にも2回目で戸が開いて、ノックする手が相手を叩かぬよう慌てて掲げた拳を止める。
拳と目線の大分下の方に、金色の頭があった。訪問相手--ベルティーナの赤毛と色も高さも違う。
「師匠はまだお休みです。お入りになってお待ちください」
10を少し過ぎた程の少女は、体重が自分の2、3倍ありそうな高さも厚みもある男を見上げ、きりりとした声音で言った。
「……エリザベート様?!」
伸ばしっぱなしの赤毛にブラシも入れず、ベルティーナは半分寝ぼけて、半分は体が習慣で動くに任せてダイニングへ現れた。
つまり頭の中に起きている部分はない。
「おう、フレンチトーストができたところだ。ソーセージも焼けてるぞ」
「おはようございます、師匠!」
フライパンを握る大男と皿を運ぶ美少女が、笑顔で迎える。
「……どういう状況?」
驚きで1∕3位目が覚めた。
何故か3人で食卓を囲んで食事を始める。
何故お前まで食べている、とベルティーナはエルンストに突っ込みたくなったが、いつものことだ。
それに、この辺りではなかなか食べられないソーセージはエルンストの手土産だから、黙って受け入れておく。
「伯爵家のエリザベート様が出迎えてくださって驚いたぞ。これから昼食を作るとおっしゃるから俺が作ったが」
甲斐甲斐しく付け合わせの刻み野菜入りマッシュポテトを各々の皿によそいながら、エルンストが言う。
この騎士のオカンぶりは、ベルティーナに対してだけではないらしい。
なお、エルンストと少女にとっては昼食だが、ベルティーナにとっては朝食である。
「ひと月程前から師匠の元に弟子入りさせて頂いています。先般の我が屋敷の事件を解決して頂きましたご縁で。その節はエルンスト様にもご尽力頂き、改めてお礼申し上げます」
少女--エリザベートは、地味に一つに結んだだけでも豪奢な波打つ金髪を揺らし頭を下げた。
春に、伯爵家の屋敷で起こっていた数々の怪異を解いてくれとエルンスト経由でベルティーナに依頼がきた。
ベルティーナは専門は天文学だが、『理系屋さん』--科学全般の基礎的な知識を持つ何でも屋のように扱われ、あちこちからお呼びがかかる。
それでも貴族から依頼があるのは初めてだったが。
そして、『理系屋さん』になりたいと憧れた伯爵令嬢が弟子入りするのも初めてだったが。
エルンストはベルティーナに付き添っていたので、弟子入り希望の顛末までは側で見ていたが……本当に弟子入りしたのか。
「あの時は伯爵はーーお父上は反対されていましたが、説得されたんですね」
エルンストが問うと、エリザベートは、妖精のような儚げな美しい顔に似合わず、ふふふと意味ありげに笑う。
「反対なら仕方ないですね、とお母様は私を連れて実家に帰ったんです。今はお母様の実家からこちらに出して貰った形です」
「……は?!」
「『子供の時間は大人よりずっと早く流れる。大人の都合や感情で、貴重な子供の時間を無駄遣いしてはならない。今を奪えば将来を奪うことにもなりかねない』と。
お母様は、まず私の希望する進路の学習計画を調べさせて、そこから逆算して必要と判断してすぐに弟子入りを許してくれました。父との大人の話し合いは後からゆっくりやるから、子供は心配せず大人に任せておけと」
何とも豪胆で行動力ある母上である。
離婚にも発展しかねない別居、跡継ぎ問題。貴族にとって、いや貴族でなくても相当大きな懸案を『大人に任せておけ』とは何とも頼もしい。
春の事件の際お見かけした時は、伯爵の後ろで穏やかに微笑んでいらして、どちらかというとおっとりしたの印象の方だったが。
流石、貴族令嬢にして『理系屋さん』を目指すような独立独歩の娘の母である。
エルンストがエリザベートの話に納得したのを見計らい、ベルティーナは口を挟む。
「で、エルンスト。今日はどうしたの?」
「勿論、『理系屋さん』に仕事を持ってきた」
目を輝かせる少女と、半眼になる赤毛の女性。
ベルティーナは、3日前のパンが美味しく化けたフレンチトーストを味わった後、口を開く。
「『理系屋』の仕事は当面パス。弟子をとったからにはきちんと教える責務がある。それに、春の案件の報酬で天体望遠鏡のレンズのいいのが買えたから、自分の時間は観測に力をいれたいし」
「「ええー?!」」
何故かソプラノとバスの二重奏になった。
「先方もとても困ってるんだ」
「『理系屋さん』の仕事を間近で見るのも大切な勉強です!」
何故か息の合う、金髪以外は似ても似つかぬ大小コンビに熱く詰め寄られると、引きこもりで割と押しに弱いベルティーナは分が悪い。
「……とりあえず、話は聞こう」




