ギルニール
遅くなってしまいました。
少々長めとなっております。
◇
テントの幕を開き、真はエリアルとアオイを伴ってテントの中へと入る。
中央には軍議用だろうか、腰程の高さのテーブルが置かれ、その上にはユルド森林付近の地図が広げられている。仕舞っておきなさいよ。
そしてそのテーブルの横に応接セットが置かれていて、軍議用の物より低めのテーブルを挟んで椅子が二脚置かれている。恐らく本日の面会相手である魔王が座るであろう上座側は空席である。
「まだ来ていないのか?」と考えてしまうが、先ほど警備兵が魔王は中で待っていると行っていたのを思い出し、真は創造魔法『魔力視』を発動する。
これは単に真の視野に魔力を映す事が出来るようにするだけの魔法なのだが、相手の魔力の色やその流れを視る事によって相手が発動している魔法の規模や属性を知る事が出来、対応が楽になるのだ。
視野が切り替わり、若干視界が暗くなり魔力が光って映るようになった視界内で、応接セットの上座側の椅子は圧倒的な輝きを放っていた。
真は「え?椅子? 魔王、椅子なの?」と思ってしまったが、よく視ると魔力は座面の中心部あたりから吹き出しているのに気が付く。
そこで真は両手の親指と人差し指で丸を作り、それを両目に近づける。有名な「ぱん・つー・まる・みえ」の「まる」スタイルそのままである。
「………シン様?」
真の横に控えていたエリアルから心配そうな声が掛かる。自らの使える偉大なる魔王の御前で、魔王並みの力を持った真が訳の分からない行動を取ったのだから無理も無い事だ。
しかし違うのだ。これは創造魔法『双鏡』の発動に必要な所作なのであって、決してパンツが見えた訳ではないのだ。
などと真が誰に対してか分からない言い訳をしていると、親指と人差し指で作った円にうっすらと透明な膜が張る。これは魔力を注ぎ込む量によって遠くを視る事も出来るし、近くの物を顕微鏡のように細部まで見通す事も出来る優れ物のレンズのような物だ。
この『双鏡』を発明した際は、近くにいた狼さんの毛の繊維が見えてとても残念な気持ちになった。その安らかな寝顔を近くに視たかっただけなのに。
真はそんな事を思い出しながら『双鏡』によって作り出されたレンズを覗き、魔力の輝きが強い椅子の座面中央辺りを見つめる。
すると、座面の中央に確かに魔王らしき物がいた。そいつは座面の中央に置かれた精緻な細工が施された椅子に座り、鋭さの宿った翡翠の双眸でこちらを見返していた。
アレク王が少し赤みがかっているとは言え金髪の範疇を出ない髪色であったのに対し、この魔王の髪は血のように赤く、さらにその髪からはノミの口器のような黒い細長い触角が覗いている。その顔立ちは怜悧という言葉を体現したように整っている中に知性を感じさせ、その両目は虫のように複眼といった事はなく、人間と同じように二つの目が均整のとれた位置についている。
まさしくイケメン然とした感じなのだが、翡翠色の瞳は未だこちらを鋭く睨めつけている。何故だ。
「……何の真似だ、それは」
真が「まる」スタイルで観察していたからだったようだ。赤髪の魔王はその見た目から想像した以上に低い声で、こちらの真意を問うて来た。
「いや、無礼な真似をした。すまない。魔力は感じたのだが、その姿を捉える事が出来なかったから見えるかと思って魔法を使用していたんだ」
「……チッ」
「舌打ちした?」
身体が小さい事を気にしているのかもしれない。
何はともあれ、会談を開始する事が出来る。
◇
相手の存在確認から始まった初めての魔王との会談。真は椅子を勧められたので、魔王と向かい合うようにして座る。だが、声は聞こえるというのに相手の姿が見えないというのはやはり落ち着かない。
そこで、真は魔王に対し『大型化』で姿を人族サイズまで大きくする事を提案してみる。
「……このまま話を進めるには、俺が落ち着かないから魔法でそちらの身体を大きくしたいのだが、如何がだろうか」
その反応の勢いたるや、高温の油に水滴を垂らしてしまったのかと思った。
「ほ、本当か!? 俺の身体を大きくする事が出来るのか!? 本当に本当か!?」
「え、えぇ…ま「そうか!! なら魔法の使用を許可する! さあ使え今すぐにだ!」
最初はその怜悧な顔立ちに鋭い眼差しに加え、その身体から発せられる魔力量で途轍もない程の威厳があったというのに、あっという間にこの取っ付きやすさである。
魔王の劇的な変化に若干引きつつも、真は魔王に対して『大型化』を使用して人族サイズまで身体を大きくして差し上げる。
「ほぅ……これが、人並みの視点………」
真の前の魔王は、最初にこちらを睨みつけていた時の鋭さはどこへやってしまったのかと心配になってしまう程に、その顔を崩してふよふよとした表情をしている。イケメンさが一気に薄れ、そこはかとない残念さである。
「……魔王様…………」
座っている真の背後に立つエリアルの顔を確認する事は出来ないが、声色からは絶望にも似た落胆のような物が感じ取れた。
「あっ……そ、それでは、用件を聞く事にしよう……」
自分の失態に気付いて顔を赤くしながらも、何とか本題に入ろうとする。真はその意図を組んであげて、話を進める事にする。
「あぁ、この戦にも関係する事なんだが…」
「今更この戦を止めよ、という話でもあるまい?」
「もちろんだ。……というか、まだお互い名乗ってもいなかったな。名前が分からなければ話を進める上で面倒な部分もあるだろうし、まずは自己紹介といこうか。俺はシン=ソウサという。眷属を使役する事が得意なようだ」
「これは失念していた。私はギルニール=サイフォニア=プテラだ。相手から魔力を奪い、それを味方へ還元する事から周囲からは『吸魔王』、『常勝の王』と呼ばれている。 しかし、そうか…貴方が眷属王か。ならば貴方が連れている妖狐が類を見ない程に強力なのも頷ける」
「やっぱりアオイはそんなに異色な感じなのか……」
「あぁ。最初は本当に妖狐なのかを疑った程だ。しかし、眷属王の眷属となったのであれば説明がつくからな」
厳密に言えば、既にアオイは種族名が妖狐ではなく九尾となっているため、ギルニールの言う事も実は間違ってはいない。何故か進化したっぽいのだ。とりあえず真の頭痛の種が増えた。
そして、真がギルニールを『上級鑑定』で見てみた所、種族名が『魔王(魔蟲族)』、職業が『吸魔王』となっていた。真が使える『全吸収』とはまた違った固有能力を使い、味方を強くしていく感じなのだろう。
「まぁいい。それで、そろそろ本題に入りたいのだが……」
「あぁ、そうだな」
◇
真とギルニールが具体的な会話を初めてから、一時間程が経った。エリアルは話し始めてから黙って後ろに立ちっぱなしでじっとしているが、うちのアオイはテントの中を一通り歩き回った後、『小型化』が掛かり小型犬サイズな身体になっているのを活かし、真の膝の上に収まっている。今も真の方に身体の正面を向け、甘えるように顔を真の胸にグリグリ押し付けたりしている。
「……成る程。話は分かった」
真が話し終えると、ギルニールは神妙な顔をしながらもそう答えた。
「それは良かった。……それで、協力はしていただけるかな?」
「………あぁ。こちらが不利になる訳でもないしな。しかし、本当に良いのか? いくら関わりが薄いとは言え…………いや、これ以上は止めておく。すまない、無粋な事を言った」
「構わないさ。普通なら、正気を疑うのが当然だろうし」
これはあくまでギルニールが魔族であり、かつ冷静に客観的な視点から物事を考える事が出来るから打ち明けたのだ。もしも、今日会う魔王が話の通じない脳筋マッシブな感じの相手であれば、この話をする事はなかった。
「そもそもの話として、こちらとしてはシンが向こうの勢力に対し積極的に肩入れをしない、というのはかなり有り難い状況だからな。文句などある筈もない」
「基本的に、俺はこの戦争に関与するつもりはないんだ。戦うとしても、余程俺の身内が危なくなった時だけにしようと思っているし」
「そうか。もし仮に、こちらの者がシンの身内を危うくしてしまうような事があったら大事だ。出来れば、シンの身内に特徴などがあれば教えて貰いたい」
「そうだな……なら、この『魔力視』を使うと良い」
真は固有能力の『能力共有』を使用し、ギルニールに創造魔法の『魔力視』だけを渡す。
「それを使用すると、視界内にいる対象の魔力の色なんかが視えるんだ。俺の身内には魔法で、魔力とは別の色づけをしているから分かりやすい筈だ」
「……これは、非常に有用な魔法だな」
さすがといった所か、ギルニールはこの魔法の便利さに早速気が付いたようである。
「その魔法をどう使うかは自由だが、早い段階で俺の身内を把握してくれよ? 俺が身内だと思っているのはアオイも含めて、全部で6人だ」
「了解した。普段ならば有り得ない事だが、戦の際は私が前線に出て直接軍に指示を出すとしよう」
「頼んだよ。多少の怪我くらいなら、俺の魔法で何とか出来るから目を瞑るけど、それもないのが一番だからね」
「……肝に銘じておく」
「もし、命を落とすような事があったら……俺が直接ここに”お話”に来るよ?」
ギルニールは『魔力視』を使っていたのだろう。その整った顔には畏怖の色が濃く浮かんでいる。
真も『大型化』を使ってから気が付いたのだが、ノミサイズだったギルニールを人間サイズまで大きくした後の俺と同じ位だ。ギルニールの『大型化』に真の魔力が三分の二程使われた事を考えると、ギルニールは真の三分の一の魔力しか持っていない事になる。
近接戦闘であれば戦闘経験などでカバー出来る部分もあるのだが、相手を認識するのが困難な程の遠距離から強力な魔法を放たれてはどうしようもない。
無論、普通の魔法使いであればそのような事は不可能であるのだが、ギルニールは真が魔法によってそれを可能にするであろう事を身を以て体験してしまっている。
「………肝に銘じておく……」
最後は少々脅しのようになってしまったが、真が話したかった事は全て話し終え、ギルニールとの擦り合わせも上手く運ぶ事が出来た。
今宵の目的は全て達したと言ってもいいだろう。
◇
「…うん。大体こんな所かな」
真がそう言うと、ギルニールは何か言いたげな表情を浮かべてこちらを見つめて来る。
「………まだ、何か?」
「あ、あぁ……いや、その……なんだ………」
赤髪でイケメンだけど頭から触角の生えた魔王が、目の前でもじもじとしている。それはもう、佐倉を彷彿とさせる位のもじもじっぷりである。なんだこの絵面。
「何かあるなら、早くしてくれないかな? そろそろ眠くなって来たし、ブライス王国軍にも疑われたくないし」
これは両方とも本音である。いくら魔王になってしまったとはいえ、人の欲求である睡魔は毎日襲って来ているし、真が王国軍の陣を抜け出して来る際に使用した『偽りの微睡み』を掛けたのは、勇者一行のテントが立ち並ぶ区画とその周辺だけであって、夜間の番をしている騎士達は普通に起きているのだ。
「う、うむ………」
ギルニールはまだもじもじとしている。
それから5分程もじもじした後、ギルニールは決心したかのようにキッ!とこちらを見て口を開く。
「……こ、この身体を大きくする魔法もくれないだろうか!!」
「………そんな事かよ貴重な睡眠時間をもじもじで削り取りやがってえぇぇぇぇぇ!!!!!!」
真は激怒した。
「そ、そんな事とは何だ!私がどれだけ悩んでいたか知っているのか!」
「知らんし!そんなん知らんし!! いいよ、やるよ!ほら!」
真は『能力共有』でギルニールに『大型化』を授ける。
「これでいいか!? 帰るからね!もう帰るよ俺!もう何も無いね!?」
「ま、待て!」
「まだあんのかよ! 何よ!」
「これだけの物を貰うだけ、という訳にはいかないだろう! 何か欲しい物はないのか?」
「睡眠時間かな!」
「そう言うな……冷静になって考えて見よ」
そう言われ、真は一度冷静になって考えてみる。考えてはみるのだが、睡魔に襲撃されている脳では中々欲しいものなどパッと思い浮かべる事が出来ない。思い浮かぶ筆頭欲しい物は睡眠時間である。
「この軍で用意出来る物であれば、何でも構わないぞ? 例えば、シンの後ろに控えている魔族の女でも」
「……ふぇっ!?」
それまで空気と化していたエリアルが、少しの間を置いて間抜けな声を出す。……寝てたな?
しかし、エリアルが貰えるというのは良い案かもしれない。エリアルはユルド森林内での作戦に抜擢される程の実力の持ち主である事から、実力についてはギルニールの折り紙付きであるし、その見た目も大変麗しい。
「……わかった。じゃあ、エリアルを貰って行く事にする」
「そうか! じゃあそれで!」
「え!? ええええ!?」
エリアルだけがこの場での会話に追いついていない様子だが、睡魔が構っていられない程に勢力を増して来ている。そろそろ真の睡魔耐性も限界である。というかギルニール軽いな。『大型化』が手に入ったからって浮かれ過ぎだ。
「……じゃあ、俺はこれで失礼するよ。 戦については、話した通りに頼んだぞ」
「あぁ!任せておけ!」
とても元気のよい返事を貰う事が出来たので、真はアオイを膝から下ろして立ち上がる。
「このような遅い時間に、迅速な対応をしてもらった事、感謝する。……じゃあな」
真はギルニールに軽く一礼し、別れの挨拶を済ませてテントの出入り口へと向かう。
「エリアル、行くぞ」
「は、はい!」
エリアルはどこかまだ状況に追いつけていないようだったが、それには構わずにエリアルとアオイを引き連れてテントを後にする。
◇
テントを抜けた後、エリアルは未だ惚けているがきちんと陣の出口まで先導してくれた。
「エリアル、ここから『転移』でブライス王国軍の陣まで戻る事も出来るが、エリアルを連れて戻るにあたって色々と細工も必要だろうから、一度ユルド森林の中に入るぞ」
「……はい」
「……なぁ、もしかして俺と一緒に来るの嫌だったりする?」
考えてみれば当然のことである。今まで仕えて来た魔王の元を離れ、別の者に仕えろと突然言われたのだ。拒否感も持つだろう。
「そんなに嫌なら、俺からギルニールに言って戻して貰うぞ?」
真も、心から嫌がっている相手に無理矢理傍に居て欲しい訳ではないのだ。
「い、いえ! 突然の事で混乱している、というのでしょうか……」
「気持ちは分かるが、今は少しでも早く陣まで戻って寝たい。すまないが、とりあえずユルド森林まで案内してくれ。質問なんかは、明日起きてから聞くよ」
「は、はいっ!」
そうして、真たちは魔王群の陣に背を向け未だ夜明けを感じさせない程の闇に包まれたユルド森林の方へと歩いて行く。
◇
歴史的な転換点とも言える魔王同士による会談であったのだが、後に歴史で語られるような緊迫した物ではなく、増してや高度な政治的なやり取りなどは存在しない、いたって平穏な終わりを迎えた。
真は後々、街で吟遊詩人がこの会談についての歌を奏じているのを聞き、頭を抱える事になるのだが、それはまた別の話である。
誤字・脱字等のご指摘がございましたら、
よろしくお願いいたします。




