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4/4

肆

 いつの間にか眠っていたみたいで、気が付くと外は薄日が差していた。あの激しい雨は

どこかに行ってしまったらしい。心なしか昨日までの恐怖心も雨雲とともにいってしまったようだ。

「朝……か」

 隣で寝ている母親の寝息が更に安息を誘う。足音を立てないようにヨシノは片付けを始

めた。

「……ん。もう朝?」

「あ、お母さん。おはよう。……起こしちゃった?」

「ううん。平気よ。あ、片付けてくれたの?ありがと」

「これくらいはさせてよ。それとお母さん……ありがと。少し楽になってた」

「どういたしまして。先に洗面所使うわね」

 母親はすたすたと洗面所へ向かっていった。あの時感じた恐怖から一変した今、いつも

の日常がくる……ヨシノは心から幸せを感じていた。それと同時にもう二度とあの恐怖は

来ないでと強く念じた。

 母親が洗面所を使っている間、ヨシノは薪の準備をしようと倉庫へ向かった。いつ寒く

なるかわからない気候が続いているので、せめてそのくらいはという気持ちだった。

「さて、割るわよ」


パカン パカン


パカン パカン


 規則正しく薪が割れていく。七割程割り終えた時、ヨシノは違和感に襲われた。

「っ……や……やめ……て………こないでっ……」

 頭の中に何かが入ってくるような感覚が、ヨシノを襲う。

「……」

(えっ……なに、これ)

「……」

 意識はあるのだが、身体が動かない。試しに左手を動かそうにも強い力で押さえつけら

れているようで少しも動かせない。

(なんで動かせないの……)

 自分の意志とは無関係の方向に歩き出すヨシノ。だが、今歩いているのはヨシノであっ

てヨシノではない。

(ちょっと……やめて……)

「……」

(どこへ行くのよ。止まって……止まってってば!)

「……」

 右手に斧を持ったままゆっくりとした足取りでどこかに歩くヨシノ。だが、この道は見

覚えがあった。

(……まさか。嘘でしょ?)

「……」

 ヨシノが斧を持って向かった先。そこは、鬼が封じ込められているといわれている祠。

(……っ!やめなさい。今すぐやめなさい!)

 声の限り叫ぶも、ヨシノの身体は既に何かに乗っ取られているため、動かすことはでき

ない。無駄だと思っても抵抗を試みる。やはり変わるわけはなく、確実に祠へ歩む。

「……」

 ヨシノが右手を振り上げる。体重を乗せた一振りが祠を砕く。そして、その中から無傷

で出てきた村の神器……鬼神楽がカタカタと震えだす。

(なに……これ)

 カタカタと震える刀身から放たれるおぞましい気。意識の中でもはっきりと感じ取れた。

「……きゃ。……と」

(なに?なにを言ってるの?)

「切らなきゃ……もっと。血を見せて」

 斧を手放し、鬼神楽に手を伸ばすヨシノ。掴んだ瞬間、意識の中にも伝わる衝撃がヨシ

ノを襲った。

(きゃあっ!)

 ヨシノの意識は薄れ、暗い闇へと沈んでいった。


(ん……)

 意識を取り戻した時、目の前に広がっていた光景にヨシノは絶句した。

(あ……あぁ……む……村が)

 今朝までの平穏な暮らしはどこへ行ってしまったのか。家屋は崩れ、足元に転がってい

るのは見知った顔の亡骸だった。

(っ……!これ……まさか、私が……?)

「……らきゃ。もっと。華を咲かせなきゃ……もっと」

 ぼそぼそとうわごとのようにつぶやきながら歩くヨシノ。そして、逃げ惑う村人。それ

を無表情で追い詰める。

「ひぃっ!や、やめてくれぇ」

(お願い!やめて!やめてぇええ!)

「……だめよ……全部斬らなきゃ……」

「ぎゃああああっ」

 横一線に薙ぎ払うと、首から血飛沫が舞い辺り一面を染めていく。

(い……嫌ぁああっ。私が……私が……)

「紅い華がたくさん……でもまだ……足りないのね……」

 抵抗なく殺すその光景を目の当たり、まして意識はあるけれど身体の自由が利かない

という中で見せられているヨシノは気が狂いそうだった。

(早く……早く出ていきなさい!私の中から出ていきなさい!)

「まだ……足りないのね……斬らなきゃ」

(お願い……もうやめて……)

 懇願するも届かず、次にヨシノが向かった先は……。

(え……この家っ!まさか)

 ヨシノの家だった。中にはまだ母親がいたはず。伝えなきゃ……何としても伝えなきゃ。

(っ……どきなさい!鬼!)

「……」

 思い切り怒気を含めて怒鳴っても変わらない状況に、ヨシノは更に怒りを覚えた。

(なんとしても……お母さんはっ!)

「ひっ!よ、ヨシノ?なにしてるんだい!あんた!」

(お母さん!逃げて!早くっ!)

「斬らなきゃ……全部」

「やめなさい!ヨシノ!」

(やめなさい!鬼!)


ぱっ


ばたん


 一瞬、時が止まったように感じた。音が追いかけてくるように感じた。遅れて意識がや

ってきた感じがした。

(あ……ああぁああっ)

 眼前にあるは、腹部を横に斬られた母親がいた。すさまじい量の血液を流しながら。

「お母さんっ!」

 なぜかはわからなかった。その時、乗っ取られていた意識から解放され、ヨシノはヨシ

ノに戻れた。

「……っお母さん……お母さん。目を開けて……お母さんっ」

「……シノ、かい?」

 かすかではあるが、母親の声が聞こえた。

「お母さん?お母さん!」

「どうしたんだい……そんな悲しい顔して」

「だって……私がお母さんを……っ」

「戻ってきてくれて……ありがとう。ヨシノ。お前はあたしの可愛い娘だ……よ」

 頬に触れていた母の手が力なく落ちた。

「……お母さん?お母さんったら!返事をして!お母さんっ!」

 揺すって声をかけるも返ってこない。そこにあるのは母親の亡骸だった。

「い……いや……いやぁぁぁぁぁあああっ」

 声の限り叫ぶヨシノ。さっきまで母と交わした言葉が何度も頭の中で甦る。甦る度にヨ

シノの声はますます声量が増していった。その声を聞きつけたのか、玄関の方でなにか物

音がした。

「だ……誰っ?」

「お……おれだよ。ソウタだよ」

 やってきたのはソウタだった。呼吸が乱れているところから、急いでここに駆け付けたらしい。落ち着かない呼吸の中、ソウタが家の中に入ろうとする。

「きちゃダメ!入ってこないで!」

「っ……?なにがあったんだ?」

「私……私……」

「ヨシノ。落ち着いて。ゆっくり息を吸って吐くんだ……落ち着いて……っ」

「きっ!きちゃダメって言ったじゃない!」

「……うぶっ!」

 ソウタは返り血を浴びたヨシノと、腹部からの出血が止まっていないヨシノの母親を同

時にみた。予想とは全く異なる映像とのギャップに、ソウタは家の中だということを忘れ

て吐瀉。

「だから……こないでって言ったのに」

「……ヨシノ。一体何があったんだ」

「私にもわからない。けど……わかっていても信じてもらえるかなんて……」

「おれは信じる。ヨシノのいうこと。だから……話してくれるかい?」

「……うん」

 ヨシノは今朝の出来事からかいつまんでソウタに話した。身体が乗っ取られてしまうこ

と、意識はあるが制御されてしまうこと、自分の意志とは関係なく刀を振るうこと……。

「……まさか、その刀に憑りついてる鬼がヨシノを……?」

「……わからない。けど、村にあったあの祠を壊してからだったから……その可能性はあ

ると思うの」

「前にヨシノがおれに話してくれたよな。鬼の呻き声のようなのが聞こえるって」

「うん。あの時からかな。自分でも理解ができない出来事が増えたの……」

 ソウタは手近にあった布でヨシノの返り血を拭った。にわかには信じられないけど、今

のこの状況とヨシノの話が合致するのであれば……。

「悪霊だったらお祓いをすればいいじゃないか?そうしたら、ヨシノから出ていくかも」

「お祓いできる人いた?」

「うちの親父。ああ見えてできるんだぜ」

 ソウタは得意げに微笑むと、それに連鎖してヨシノもふっと口元が緩んだ。

「やっと笑ってくれたな」

「えっ……?そう?」

「うん。とにかく、親父呼んでくるから、ちょっと待っててくれな」

「ちょっと!ソウタ!待ちなさい!……行っちゃった」

 ヨシノの呼びかけに答える間もなく、ソウタは駆け足で行ってしまった。一人取り残さ

れたヨシノは母親の亡骸を埋めるため、外へ出た。

「……お母さん。ごめんなさい」

 ヨシノができるせめてもの手向け。母親の目を閉じ、浅めに掘った穴の中へ入れて土を

盛る。両手を合わせ立ち上がった時、遠くからソウタの声が聞こえた。

「おーい、ヨシノ。お待たせ。連れてきたぜ」

「ヨシノ。無事だったか」

「おじさん……」

「皆まで言わなくていい。今は除霊が先だ」

「おじさん。除霊と浄霊ってなにが違うの?」

「浄霊は、憑りついている霊の許可を得て祓うこと。除霊は力ずくで追っ払うことだ」

「……今回は浄霊の方がいいんじゃないか?親父」

「手っ取り早いのは除霊だ。さぁ、ヨシノ。目を閉じて」

「は……はい」

 言われるがまま目を閉じるヨシノ。しばらくすると、あの嫌な感じがやってくるのがわ

かった。……くる。

「貴様がヨシノの憑いているという鬼か。名は何と申す」

(……)

「神楽……だと。まさか本当に刀の鬼が憑いてるとは。神楽、今すぐヨシノの身体から出

ていくんだ。さもないと、お前を強制的に祓う」

(……)

「出ていかないだと……。ヨシノ、少し辛いかもしれないが我慢してくれ」

 ソウタの父親が何やら呟くと、ヨシノの中にいる鬼が暴れだした。

「……っ!」

「親父!ヨシノが苦しそうだ。もう止めてくれ!」

「まだ始まったばかりだ。ヨシノ、堪えてくれ」

 さらにぶつぶつと呟くと意識の中でもはっきりとわかるくらい、神楽が暴れている。

「……めて……。もう……や……めて」

 ヨシノが力を振り絞って紡いだ言葉は、ソウタの父親の呟きによってかき消された。

「もう……て」

 ヨシノは意識が保てなくなり、その場に倒れ込んでしまった。

「……親父。これは……」

「わからん。なんとも言えん」

 恐る恐る近寄り、ヨシノの安否を確認。ごく僅かではあるが呼吸はしているようだ。

「……これで意識が回復したとき、どちらが出ているか……だな」

「ヨシノ……大丈夫なんだろうな?」

「わからん、とりあえず、清めの札を持ってこないと」

 そう言って背を向けた時、すぅっと何かが背後に立つ気配を感じた。それに一番最初に

気づいたのはソウタだった。

「っ!親父!」

「むっ!」


カチン


ぱっ


「く……そ。甘かった……か」


ごとん


「血の匂いが……嗅ぎたい」

「お……親父ぃぃぃいい!」

 首を両断され、切り口からは噴水の如く血飛沫が舞う。ヨシノとソウタは返り血を浴び

すぐに真っ赤に染まる。

「……ヨシノ……ヨシノ」

「……もっと紅い華……咲かせなきゃ……もっと」

「ヨシノ……お前……」


カチン


ぱっ

「うっ!」

 ソウタの腹部から鮮血が噴き出し、ヨシノの身体をより紅く染めていく。

「……」

 ヨシノは更に刀を振りかぶり、ソウタへと向けた。それも……無慈悲に。


ぱっ


「ぐっ……ヨシノ。本当に鬼に憑りつかれちまったんだな……すまねぇ」

 血を振り払い更にソウタへと近づく。瞳の色が黄色くなっていることに気づいた時は、ソウタの心は決まっていた。たとえ鬼に憑りつかれていようが、おれはヨシノの事が……。

「……タ?……ウタ?」

 一瞬ではあるが、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。それも数分前に……。

「ソウタ?ソウタ!」


カラン

 

手にした刀を放し、一目散にソウタに駆け寄る。出血量が激しく、ソウタの目が半開き

だった。

「ソウタ!ソウタ!しっかりして」

「……ははっ。いつものヨシノ……だな」

「ソウタったら!なに言ってるの!今、手当てするから!」

「もう間に合わないかもな……さっきから、急に眠くなってきてさ」

「ソウタ……」

「おれ、ヨシノに言いたいことあってさ。前からおれ、ヨシノのことが……す……き」

「……?ソウタ?ソウタったら!返事をしてよ、ソウタぁああああ!」


 村人だけでなく、大好きな母親や幼馴染の父親、そして思いを寄せていた人にまで手を

かけてしまった。ヨシノはソウタの亡骸の前でむせび泣いた。

 次第に雲行きが怪しくなり、しとしとと雨粒が落ちてきた頃、ヨシノは正気に戻ってい

た。村人全員の墓を作り、埋めて手を合わせた。雨に打たれるも気にした素振りもなく、

ただ一つの思いを胸に。

「ここかぁ?野党の被害にあった村ってのは?」

 聞きなれない声だった。とても下品な、しわがれた男の声だった。

「こんなところに女の子がいるねぇ。かわいそうに。俺たちがあっためてやろうかぁ?」

「ひゅーひゅー」

 ヨシノに絡んできてはひどく品の無い言葉を投げかけていた。それを気にする程、ヨシ

ノは暇ではない。

 無視をされ続けている野党からは、次第に怒りを滲ませた気を放つ者もいた。その気は

連鎖し、野党全員に感染するまでそう時間はかからなかった。

「おい姉ちゃん。さっきからすかしてっけどよ。なんか言ったらどうだ?あぁ?」

「それとも怖くてなにも言えないってか?ぎゃははは」

 ヨシノは小さくため息を吐き、呟いた。

「下品ね」

 その一言で野党を怒らせるには十分だった。いや、十分すぎだろうか。言葉では表せな

くなった野党の一部がヨシノの切りかかる。ヨシノはそれを知ってか否か振り返りもしな

い。

「あっちで後悔するんだなぁあっ」


シャン シャン


 どこからともなく鈴の音が聞こえた。それも規則正しく、それでいて無機質に。その無

機質な音は刀を振り上げた男をその場に留まらせた。

「ぐっ。な、なんだこの殺気は」

「お、親分!あ、あれ!」

 あれと言われたものに目を向ける。そこには青白いまるで鬼のようなものが浮かび上が

っている。一つだけではなく二つ。ヨシノの両脇にいて野党をただじっと睨みつけている。

「お、親分!逃げましょう!」

「こ、ここまで来てなにも取らないで逃げるやつがいるか!」

 親分と呼ばれた男は最後まで抵抗し、ヨシノに切りかかった。


シャン シャン

シャン シャン


「あなた。これが最後の通告よ。今すぐ村を出ていきなさい。さもないと……」

 ヨシノはほんの僅か刀を抜いた。そこからあふれ出す凄まじい妖気に、辺りにいた男達

はその場で気絶したり、一目散に逃げ出したりと様々だった。

「ぐ……くそっ!」

 親分と呼ばれていた男は惜しむかのようにその場から去った。ヨシノは最後の一人にな

るまで気を抜かず、野党の連中を追い払った。

「……皮肉ね。家族を殺された鬼に守られるなんて」

 ヨシノは刀に向かって呟いた。それは感謝なのか本当の皮肉なのかはわからない。

「でも、私は絶対に屈しない。これは、私の贖罪」

 妖刀鬼神楽。神器にして呪われた刀。ヨシノはその呪われた刀を持ち、鬼の力を制御

している。

「神楽。これだけは言わせて。おかげで刀を抑えられた。これからは、守るために刀を使

うわ」

(……)

 今まで何も反応しなかった神楽が刀を介して呼応した。それは、ヨシノしかわからない

神楽なりの返事なのかもしれない。


 たくさん人を殺めてしまった罪。いくら正気に戻ったからと言って許してくださいとは言わない。これはヨシノが生きている間、一生かかっても償いきれない大罪。それをヨシ

ノは背負って生きていく。今すぐにできることではないですが、必ず償っていきます。

 

 全ての準備が整ったヨシノは最後に長い黙祷を捧げた。してしまったこと、これからの

ことを告げるように。

 黙祷を終え、ヨシノは鬼神楽とともに村を後にした。これから長く険しい贖罪の旅が始

まる。でも、一人ではない。

「ね、神楽」

(……)

「もう。少しくらいわかりやすい反応してくれてもいいのに……」

 私物は極力少なくし、両手で鬼神楽を持って歩くヨシノ。さきほどの雨は止み、雲の切れ間からはうっすら晴れ間が覗いている。

「お母さん、おじさん。……ソウタ。行ってきます」

 最後に一度だけ村に向き直り、深く頭を下げた。それ以降、ヨシノは振り返らない。こ

れからはまっすぐ、前を向いて生きていく。どんなに苦しくても振り返ることは許さない。

「強くなってみせます……」

 強い決意を胸に、ヨシノは歩き出す。


                      完

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