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3/4

参

 翌日。昨日程ではないが、村に光が差し込んだ。風は少し冷たいが上着を着るほどでも

ないと感じたヨシノは軽く伸びをし、外へ出た。

「……あいつ。起きてるかな」

 あいつと呼んだ人物。それは、ヨシノの幼馴染で装飾細工の見習いであるソウタである。

おっちょこちょいではあるが、時々真っすぐな瞳でヨシノを見る姿に、心惹かれつつある。

「幼馴染……なんだけどね」

 まさかあいつに……?頭をふり、その念をどこかに飛ばしながらソウタの工房に向かっ

た。


「おはようございます」

「おおー。ヨシノか。今朝も早いね。ソウタの奴なら奥にいるよ」

「お邪魔します」

 ソウタの父に会釈し、作業場である奥の工房へと向かう。カンカンと規則正しく聞こえ

る鉄を打つ音は、ヨシノは気に入っていた。

「なんか楽器みたいに聞こえるのよね。この音」

「うわ!よ……ヨシノか。びっくりした」

「そんなに驚くことないじゃない」

 背後から聞こえる幼馴染の声に驚いたソウタは、危うく自分の足に金づちを落とすとこ

ろだった。

「そりゃ、作業に集中してる時に後ろから声がしたら驚くだろ……はぁ」

「なによ。そんなに怒らなくてもいいじゃない」

「お!怒ってねぇよ。ただ、まだドキドキおさまらないだけだ」

 作業を中断し、ソウタとヨシノは工房の外に出た。その後ろ姿をニヤニヤしながら父親

が見ていたことを二人は知らない。


「ねぇ……ソウタ。ちょっと話があるんだけど。……聞いてくれる?」

「? どうした急に。改まって」

 ヨシノは気持ちを落ち着かせ、昨日母親と話したことについて相談した。呻き声が聞こ

えること、近所の女の子が発狂したこと、村の女性がその呻き声が聞こえること全て。

「うん。おれもこの前親父から聞いた。信じられない話だと思っていたけど……」

「私……怖いの。なにか、よくない事が起きるんじゃないかって……」

 自分でも知らない間に何かが頬を伝った。次第にそれは止めどなく溢れていき、嗚咽に

変わった。

「……大丈夫。おれがいる。なにか力になれることがあったら言ってくれよな」

「……うん」

「あ……良かったらなんだけどさ……」

 ソウタは胸元から何かを取り出し、ヨシノの髪に挿した。

「これ……?」

「セイゲツレンをモチーフにしたかんざしなんだけど……どうかな」

「……私にくれるの?」

「そのつもりで作ったんだ。気に入ってもらえると嬉しいな」

 ヨシノは清らかな白で花開くそのかんざしに見覚えがあった。小さい時、近くの池に咲

いていた花。それもたくさん。

「ヨシノなら覚えてるかと思ってさ」

「もしかして、これ。二人で行った池に咲いてたものだよね……?」

「そうだよ。これはヨシノに似合うと思ってさ。その日からちょっとずつ作ってたんだ」

 小さい時の事を覚えててくれたソウタ。それがとても嬉しくてまた瞳から涙が溢れた。

「……ありがと。ソウタ。大事にするね」

「うん」

 ソウタは優しくヨシノの頭を撫でた。突然のことでヨシノは顔を真っ赤にするも、ソウ

タはお構いなし。

「幼馴染だけじゃないから。おれ」

「え……?どういう意味?」

「さぁね。どういう意味かなぁ」

 悪戯っぽく笑うソウタにヨシノは肩を叩いた。しばらく二人は時間を共にし、風が強く

なりだした頃に家路に着いた。その間、ヨシノはずっとソウタの言った一言が離れなかっ

た。

「……どういう意味かしら?」

 首を傾げながら問うも、それに答える者などいない。そんなことを考えながら帰宅。玄

関の戸を閉めてから数分後、強い雨が屋根を叩き始めた。

「ヨシノ。帰ったかい。ギリギリだったね。濡れなかったかい?」

「あ、お母さん。ただいま。濡れてないわよ。ありがと」

「風邪ひいたら大変だからね。あら、そのかんざし。どうしたの?」

「これ?ソウタがくれたの」

「あらあら。あの子ったら。ふふふ」

「もう。お母さん冷やかさないで。」

「ごめんごめん。帰ってきてすぐで悪いけど、手伝ってくれる?」

「わかったわ。ちょっと待ってて」

 台所で手を洗い、食材を手にした時だった。今までとは違う感覚に違和感を覚えた。

「……なにかしら」

 最初はそこまで気にはならなかったのだが、次第にはっきりとわかるようになっていた。

食材を切り終え、白米を研いでる時だった。少しめまいがしてその場にうずくまっている

と、いつの間にか利き手に包丁が握られていた。

「うそ……さっきまで持っていなかったのに……」

 急いで刃物をしまい、白米を炊く準備を進めた。またあの感覚がくるのではないかとい

う不安の中、ヨシノはいつもよりもせわしなく支度を終えた。そして、そのまま外へ出て

いった。

「ヨシノ……?支度は終わったの……終わってる。のに、あの子ったらどこへ」

 猛烈な雨が降りしきる中、ヨシノは目的もなく走っていた。怖くて不安で何かに押しつ

ぶされてしまいそうで、何かに自由を奪われるような気がして。

(私が私でないような気がする。何か)

 全身ずぶ濡れのまま、近くの物置で雨宿りをすることにした。恐怖で家を飛び出したも

のの、今帰るとどこかで倒れてしまいそう。そんな気がした。

「……雨、止まないかな」

 更に雨脚を強め、ヨシノの言葉を奪う。外にいても滅入るだけだと思ったヨシノは、一

旦物置の中へ入った。なにか身体を温められそうなものはないか。くまなく探したが、見

つかったのは乾燥した蓑だけだった。

「ないよりましよね。すみません。お借りします」

 一言断り、ヨシノは蓑を身体に巻き付けた。ほんの僅かだが気持ちが落ち着いた。

「……お母さん。心配してる……よね。早く帰らなきゃ」

 気持ちは帰宅したいというのが、それを許してくれない外の豪雨。まるでこの中で大人

しくしてろと言わんばかり。それにしても……。

「さっきのは……もしかして」

 私、もしかして鬼に狙われているのかしら……。ふとそんな事を考えてしまった。一瞬

意識を失って目が覚めたら閉まっていた刃物を普通手にしているだろうか……。そう考え

ると余計に怖くなり、今すぐにでも家に帰りたい。

「お母さん……」

 震える唇から漏れたのは母を呼ぶか細い声だった。しかし、呼んでも母はここにはこな

い。行先も告げずに出てきたのだから当然だ。

「おい、ここに誰かいるか?」

 突然開いた扉の音に驚いたヨシノは、小さく悲鳴を上げた。どこかで聞き覚えのある声

だったから、蓑の隙間から覗くと……。

「お、おじさん?」

「そこにいたかい?大丈夫か?」

 声の主はソウタの父親だった。どうやらヨシノの母親が村の人に捜索の依頼を出したう

で、村民一丸となってヨシノを探していた。

「どうしてここが……?」

「玄関石が濡れていたから、もしかしてと思ったんだ」

「あ……ありがとうございます」

「とりあえず、無事でよかった。立てるかい?」

 ソウタの父の手を借りて立ち上がり、どこも怪我をしていないことを確認。

「お母さん、すごく心配してたから。早く帰ろうか」

「はい……」

 ソウタの父から傘を借りて、自宅へ帰るヨシノ。怖くて飛び出したものの、今は母親に

心配をかけてしまったという罪悪感が彼女の肩にのしかかっていた。



「ヨシノ!あんたどこへ行ってたんだい!」

 玄関戸の先で待っていたのは、母親の心配がたっぷりこめられた怒声だった。身体を強

張らせたヨシノに、ソウタの父親はすかさず母親を制した。

「お母さん。怒りたい気持ちもわかります。でも、今は無事に帰ってきたことでよしとし

ましょう」

「……それもそうだけど……」

「お母さん。本当にごめんなさい」

 ヨシノはできる限り頭を下げて母親に謝罪。それをみたソウタの父も「どうですか?」

と無言の合図。

「ちょっと待ってて。拭くもの持ってくるから」

 そう言って母親は風呂場に行き、乾いた拭き物を持ってきてくれた。濡れた身体を優し

く拭いてくれる母親に涙が込み上げてきた。

「そんじゃ、おれはこの辺で。風邪ひかないようにな。ヨシノ」

「あ、ありがとうございます」

 静かに戸口を締めて、ソウタの父親は出ていった。

「そのままお風呂に入ってきなさい。沸いてるから。話はそれから」

「……うん」

 拭き物を渡されたヨシノは足早に風呂場へ向かった。一度、頭を整理する必要があるの

かもしれない。そう考えて少し熱めの湯を頭から被った。



 風呂場から出てきたヨシノを待っていたのは、熱いお茶を用意していた母親だった。

「ヨシノ。あがったの。ちょっとこっちいらっしゃい」

「……お母さん」

「いいから。こっちいらっしゃい」

 なにか気まずい雰囲気にのまれながらも、ヨシノは母親に向かって歩を進めた。

「……ヨシノ」

「……はい」

「……怖かったよね。よしよし」

 さっきまで怒っていた母親の顔は瞬間にゆるみ、いつもよりも優しい表情がヨシノの心

と身体をやさしく包んだ。

「お母……さん」

「鬼の声が聞こえて怖かったんだよね。なにかを感じたんだよね。怖かったね」

「……うん……うん」

「無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。ヨシノ」

「……っ」

 堪えていたものが一気に込み上げ、我慢できなくなり爆発させた。怖いという表現だけ

では到底言い表すことが難しい。ただ「怖かった」としか言えなかった。何が起きるかは

誰にも分らない。でも、なにかに乗っ取られてしまうような感覚があった。あれは本当に

鬼の仕業なのだろうか……。

「お母さん。私……もしかしたら……」

「ヨシノ。そこから先は言わないの。わかった?ヨシノはヨシノなんだから。ね?」

 頭を撫でられたヨシノは恥ずかしそうにするも、どこか安心感で溢れていた。

「ヨシノが無事に帰ってきてくれたから……じゃじゃーん」

 居間に置いてあった菓子箱の蓋を取った中にはヨシノの大好物、母親手作りの……。

「おはぎだ……」

「そうよ。今日はたっくさん作ったからね。これとお茶があれば怖いものなんかどこかに

行っちゃうって。さぁ、硬くなる前に食べよ」

「うん……」

 小皿に取り分けられたおはぎを一口。母親の作るおはぎ特有の優しい甘み。それでいて

上品な味が大好きだった。

「……美味しいよ。お母さん」

「そりゃそうよ。あたしが作ったんだもの。ヨシノのその顔が見たくてね」

 悪戯っぽく笑う母親の顔につられて笑うヨシノ。だいぶ気持ちが落ち着いたようだった。

「さぁ、今日はおはぎなくなるまで語るわよー」

「……おー?」

「元気ないわね。もっとこう、おーっ!てできない?」

「お……おーっ!」

「できるじゃない。さぁ、始めるわよー」

 かくして、おはぎ会の始まりであった。

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