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決着の刃



「……辺境伯軍。敵ながら、見事な粘りだ」



帝国軍の中央、その黒々とした陣の奥から、ひときわ異様な存在感がにじみ出た。

人の群れを割って進み出るその姿に、思わず息を呑む。


漆黒の鎧に包まれた巨体。肩に担がれたのは、人の背丈をも超える長大な戦斧。

重さだけで人ひとりを押し潰せそうなその斧を、軽々と扱っている。



「だが……ここまでだ!」



雷鳴のような声が戦場を震わせた。



敵将は口元に不敵な笑みを浮かべ、戦斧を構えなおすと声を張り上げた。



「我が名は戦鬼ルーカス! この首を欲するならば、己が命を賭して挑んでこい!」



その男は戦鬼と呼ばれていた。帝国最強と謳われる将軍、ルーカス。

王国の片隅で生きる私ですら、その異名を耳にしたことがある。

鬼のごとき力を持ち、一騎当千と謳われる猛将――。


その宣告に、帝国兵たちはどよめき、雄叫びを上げて鼓舞された。

彼らにとって、それは無敗の将が戦場に立つという証。

辺境軍の士気を打ち砕くための、これ以上ない脅威だった。



---



けれど――そのルーカスに対し、静かに前へと進み出た人がいた。


灰色のマントを翻し、血塗れの甲冑をまとった男。

大剣を携え、まるで嵐の只中に立つ巨樹のように揺るがぬ背中。


――ダリウス様。


彼は斬り結ぶ前から、すでに戦場の空気を支配していた。



「戦鬼ルーカス!」



その声は、砦の隅々まで轟いた。

ただ名を呼ぶだけで、兵たちの心臓を打ち震わせるような力を持っていた。



「我が名はダリウス・ヴァルト!

 …俺と刃を交えろ!貴様を討ち取れば、この戦は終わる!」



挑戦の言葉に、辺境軍の兵たちは一瞬息を呑み、次いで熱狂的な怒号を上げた。


ルーカスは豪快に笑った。



「よかろう! 辺境の若き獅子よ! その胆力、我が全力で受け止めてやる!」



二人の巨人が対峙する。

両軍が自然と後退し、広場のような空間が戦場の中央に生まれる。

誰もが息を潜め、その時を待った。



---



私は離れた場所から、凍りつくような思いでその光景を見つめていた。

血が指先から引き、足の感覚すら薄れる。



「……ダリウス様」



その名を祈るように呟く。

隣でロイ様も口を真一文字に結び、震える唇で言葉を洩らした。



「閣下……どうか、勝利を」



場を包む空気は、糸が張り詰めたように硬く、重い。

兵士も民も、敵でさえも、目を逸らす者はいなかった。



---


最初に動いたのはルーカスだった。


巨体に似合わぬ俊敏さ。

振り下ろされた斧は雷鳴そのものだった。

大地を裂き、空気を震わせ、見ているだけで魂を打ち抜かれるような迫力。



「――ッ!」



思わず叫びそうになった瞬間、ダリウス様の大剣がそれを真正面から受け止めた。

轟音が砦を揺らし、火花が散り、大気が裂ける。



「ほう……受け止めるか!」

「貴様こそ、化け物だな!」



二人の声がぶつかり合い、再び斧と剣が激突する。

それは人の戦いではなく、神々が大地を割るような激突だった。


砦の岩肌が崩れ、地面が揺れ、兵士たちは言葉を失ったまま見つめる。



---



私は気付けば拳を固く握っていた。

爪が掌に食い込み、痛みで血が滲む。

それでも目を逸らすことはできない。


――あの巨鬼を前に、ダリウス様は一歩も退かない。


その姿は恐ろしくもあり、同時に息を呑むほど誇らしかった。



「……負けないで」



声にならぬ声が、唇から零れた。



---


戦いは一見互角に見えた。

だが、見つめ続けるうちに私は気づく。


ルーカスの斧は確かに重く速い。だが直線的で、力任せだ。

対するダリウス様は一撃ごとに冷静に軌道を読み、力を受け流し、隙をうかがっていた。


そしてついに、その時が訪れる。


斧が振り下ろされ、地面を砕いた瞬間。

ダリウス様は踏み込み、閃光のように剣を走らせた。



「――はぁぁっ!」



閃く刃がルーカスの兜をかすめ、頬を裂いた。



「ぐ……!」



鮮血が飛び散り、ルーカスの顔に初めて動揺が浮かんだ。



---



兵士たちが一斉にどよめく。



「ダリウス様が押している!」

「閣下が優勢だ!」



だが帝国兵も負けじと怒号を上げる。



「将軍を侮るな! まだ終わらん!」



戦場全体が二人の決闘に引き込まれ、息づかいひとつさえも響くほどに緊張していた。



---



ルーカスは怒声を放ち、渾身の力で斧を振り回す。

その暴風のような一撃に、ダリウス様の剣が弾かれ、鎧が軋んだ。

血が滲む。



「どうした! これで終わりか!」



再び振り下ろされる戦斧。

砦の空気が裂け、兵たちの心臓を凍りつかせた。


だが――。


ダリウス様は最後まで退かなかった。


身を捻り、剣で斧の横腹を打ち、軌道を逸らす。

火花が散り、耳をつんざく轟音が走る。


そして、その一瞬の隙を逃さず――。



「――これで終わりだ!」



大剣が閃き、ルーカスの胸甲を深々と貫いた。


巨鬼が震え、血を吐く。


「ぐ……見事……っ」


驚愕と無念の入り混じった瞳を残し、ルーカスの巨体は地へと崩れ落ちた。



---



沈黙。



誰もが息を止め、時間すら凍りついたかのように思えた。

だが次の瞬間――。



「ルーカス将軍を討ったぞ!」

「閣下の勝利だ!」



辺境軍の咆哮が大地を揺らした。

帝国軍の陣に動揺が走る。

戦鬼ルーカスが、討たれた――。


その衝撃は、戦局を根底から覆すほどのものだった。



---



「……よかった」



胸の奥から、熱いものがあふれた。

恐怖ではない。安堵でもなく、もっと深い感情――。



「ダリウス様が……勝った……」



震える声で呟くと、頬を伝って涙が零れ落ちた。

隣のロイ様が微笑み、静かに頷く。



「ええ。閣下は勝ちました。これで流れは変わります」



---



戦場の中央。

ダリウスは息を荒げながら立ち尽くしていた。

剣を支えにし、血と汗にまみれながらも、その瞳は揺らいでいなかった。



彼は周囲を様子を探り――遠くで見守っていたエレナの姿を見つける。

視線が交わった。

言葉はなかった。

けれど、その一瞬で全てが伝わった。


――互いの心に、確かな絆が芽生えていた。



---

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