第八章−9:「病院見学、そして交錯する想い」
「なあ……せっかくだし、ちょっと中、見せてもらえたりしないかな」
春日恭平がぽつりと呟くように言った。
その声には、いつもの皮肉っぽさも軽口の調子もなく、珍しく素直な興味と敬意がにじんでいた。
トーコが少し首を傾げた。
ー「観察補助ユニットとしては、特に異議はありませんが。病院内部への立ち入りには、許可が必要です」
「まあ、そうよね……」春日が肩をすくめると、それより早く、カナが強く首を振って遮った。
「やめときなよ。こんな時に見学なんて……ただの迷惑。あたしたち、部外者なんだから」
その語気は鋭く、どこか切羽詰まったようだった。
まるで、自分がその『部外者』であることが許せないとでも言いたげに。
吉田はその様子を黙って見つめた後、小さく息をついた。
「まあ……見せてくれってのも変な話かもな。でも、恭平の言うこともちょっとわかるよ。何もしないでただ眺めてるのも、歯がゆいっていうか」
「でも、だからって病院の中まで……」カナが食い下がりかけた、その時だった。
「——確かに、忙しいけどね」
柔らかな声が、背後から届いた。
一行が振り返ると、白衣に身を包んだ女性が、書類の束を小脇に抱えて立っていた。
栗色の髪をまとめた清潔な印象のその看護師は、笑みを浮かべながら、穏やかに続ける。
「でも、これでも大災害や多重事故の時と比べたら、まだ多少の余裕はある方よ。見学希望、ですね?」
トーコがすっと前に出て、ユニットIDを表示した。
ー「本機の観察対象者三名による見学希望が出されました。許可可能か照会をお願いします」
「もちろん、判断は上に仰ぐけど——とりあえず案内だけはできるわ」
女性は微笑み、カナに視線を移した。「大丈夫。あなたたちが静かにしてくれるなら、問題ないと思う」
「……あなた、看護師さん?」
「大町澪っていいます。ちょっと、たまたま通りかかっただけだけどね」
その名を聞いたトーコが、確認するように小さく頷いた。
記録更新:観察対象候補——大町澪(本日、医療労働許可済)
カナはしばらく黙っていたが、大町の穏やかな表情に、少しだけ肩の力を抜いた。
「……だったら、少しだけ。静かにする。迷惑かけないように」
「それで十分です。じゃあ、案内しましょうか」
そう言って、病棟へと続く廊下を指差す大町の後ろを、春日たちは少し戸惑いながらも歩き出した。
トーコはその様子を淡々と観察しながら、通信内でひとつだけ更新フラグを立てた。
——人と人のあいだに生まれる『救い』。本日、観察中における重要因子として一時記録。




