第八章:季節を忘れた旅人たち
「なあ……」
恭平は唐突に立ち止まって、空を仰いだ。わずかに朱を含んだ西の空には、沈みかけの太陽が雲の縁をオレンジ色に染めている。
「ここまで、季節感が皆無じゃない?」
「……は?」
カナが思わず素っ頓狂な声をあげた。
続いて吉田が怪訝な顔をして首を傾げる。
「……急に何言ってんの?」
「いや、だってさ。今が夏なのか春なのか、寒いのか暑いのか、服装とかも含めて、なんか全部ふわっとしてない? 俺ら、季節を漂流してる感ない?」
「はぁ……」
カナはため息をひとつつきながら、「また始まったよこの子……」と小声で呟いた。
トーコが控えめに一歩前へ出た。
ー「春日恭平様、ご安心ください。現在の外気温は22.7度、湿度58%。春物の装いが適正と判断されます。本日は春季の祝日に該当します」
「そういうことじゃねぇんだよ! 誰も外気温のデータを聞きたいわけじゃ……」
「お前が聞いたんだろうがよ」と吉田が即ツッコミ。
「こういうの、意図的にぼかして描写する作品ってあるけど、俺たち自分の物語の中でそれやってるの、ちょっと不安にならない?」
「なんなの、そういうメタ発言ターンなの?」カナが呆れ顔で肩をすくめる。
ー「いえ、メタ認識は推奨されません。観測対象としての意識の解像度が曖昧になります」
「てことはあんた、そういうの監視してるわけ?」
ー「はい。ですが今の会話は現時点では冗談の範囲と認識しています」
「え、それって逆に本気でメタに目覚めたら“処理”される的な……?」
ー「質問は記録されましたが、回答は保留とさせていただきます」
「怖ぇな、おい」
3人のやりとりが小さな笑いとともに風に流れていく。
ほんのひととき、夕暮れに包まれた静かな空気の中で、それぞれがこれまでを振り返るように歩を進める。
「……でもまぁさ」
恭平がぽつりと口にした。
「何かあるたびに巻き込まれてさ。トーコはついてくるし、吉田さんとカナさんともあっという間に一緒に行動するようになって……なんというか、よく考えたら俺、めっちゃアクティブに動いてるよね」
「たしかに。休日にしてはずいぶん動き回ってるわよ」カナが苦笑する。
「おかげで万歩計バグってんだけど」と吉田も苦々しく笑う。
ー「観察記録によれば、皆さまの移動距離は既に都市内公共交通機関の1日平均利用者を上回っています」
「……だから、その“観察記録”ってのが一番怖ぇんだって」
夕陽に照らされた一行は、やがて少しずつ次の目的地へと向かって歩き出す。
今はまだ、夜の混乱の始まりを知る者はいない。




