第六章:制度の穴と、人の綻び
「……あれ、なんか揉めてない?」
春日恭平の問いに、カナと吉田も顔を上げた。
数十メートル先、交差点の手前。
制服姿の中年男性と腕章をつけた二人の男が、緊張を孕んだ口調で言い合っていた。
男たちの腕章には、「公共秩序監視員」と書かれている。
「店に忘れ物を取りに行っただけだって言ってんだろ!」
「店舗の制服を着ている以上、周囲からは“営業活動”と見なされる可能性があります。これは明確な“労働の疑義”です」
「誰が仕事してんだよ! もう全部止まってんだよ、ウチのコンビニは!」
春日は、腕章の文字を見て小さく唸った。
「公共秩序監視員……? さっきの炊き出し会場にいた“労働警察”とは違う組織?」
吉田が頷く。
「地域ごとにグループが乱立してるみたいだな。やってることは似てるけど、正規の行政職じゃなくて、ほとんどボランティアと同じらしい。で、その活動がそもそも労働じゃねえかって突っ込まれてる」
「自己矛盾にもほどがあるわね」
カナが顔をしかめた。春日も苦笑いで続ける。
「ボランティアと“強制の監視”の違いってなんだろうな……」
揉み合いになりかけたその瞬間――
ー「……不審な挙動を確認。観察対象における異常行動群発生率:上昇中」
平坦な電子音声が響いた。
「っ!? おい、なんだこいつ……監視員か?」
監視員の一人が、突然現れた白い球体ドローンに反応する。
しかし、そこに春日たちの誰かが操縦している気配はない。
やがて、声の主――トーコが、ゆっくりと現れた。
ー「あなた方の所属と活動内容に対し、登録番号の照合が取れておりません」
「な、なんだお前。公的AIか?」
ー「汎用AI観察補助ユニットNo.α-28、TOCOです。現在、特定観察対象の追跡任務中。あなた方の言動は、労働行為に該当する可能性を含みます」
監視員たちが明らかに動揺する。
「俺たちは秩序の維持のために……!」
ー「秩序の維持は“労働”の定義を超えるものではありません。あなた方の行動記録は、このまま政府監察局に転送されます」
「……おい、それ本当に認可されてる機体か?!」
ー「はい。あなた方が先ほど“私を”認識できなかったのは、政府認可の監視活動以外を検知対象としない設定によるものです。つまり、あなた方が正規の労働許可を得ていないことの傍証です」
監視員の顔が強張った。
その背中に、目を逸らし始める通行人たちの視線が突き刺さる。
数秒後――彼らは無言でその場を離れた。
春日たちの周囲に、一気に静けさが戻る。
「……あんなのが町中にいるんだな。俺、トーコのこと忘れてたわ」
「私も」
吉田とカナがほぼ同時に言った。
ー「ま、普段見えてない方が多いからね。むしろ君たち、まだマシな方だよ」
トーコは皮肉とも思えない調子でそう答え、わずかに首をかしげた。
「労働を禁じることで何を得ようとしたのか……制度自体に設計者の揺らぎが見える」
「揺らぎ、って?」
春日が問い返すと、トーコは答えた。
ー「すべての“働き手”が自発的に休むことで、初めて社会は『休み』を得る――その前提が崩れた瞬間から、制度は制度でなくなります」
春日は無言でその言葉を咀嚼した。
制度の穴。人の綻び。
それは、この“休日”という一日が背負わされた、最大の矛盾そのものだった。




