第四章−7:「点と点」
騒然とした空気の中、遠くからサイレンの音が近づいてくる。人々の視線が一斉にその方向へ向いた。
「来たぞ、救急車だ!」
誰かの声と同時に、白地に赤のラインが走る救命救急車が会場の脇へ滑り込むように停まった。運転席から飛び出したのは、若い男性医師とベテラン風の女性看護師。車体の扉が開くと、手慣れた動きでストレッチャーが降ろされ、現場の中央へ向かっていく。
「ケガ人はどこですか!?」
「過呼吸や意識混濁などの症状がある方、すぐに教えてください!」
慌てることなく、しかし一切の無駄を省いた動作で対応にあたる医療チーム。
春日はふと疑問を抱く。
(あれ? この人数、この装備……まるで事前に察知して動いてたみたいだな)
実際、トランシーバーで自警団が通信していた内容より、到着が妙に早かった。
カナも同じように感じたのか、ぼそりと呟く。
「……誰かが、病院に伝えてたのかもね。人じゃない“何か”が」
彼女の視線は、一歩離れて様子を見ているトーコへと向けられていた。
診察は迅速だった。症状のある者たちは個別にシートへ誘導され、脱水や軽度の熱中症と判断されると、その場で点滴と水分補給の処置が施された。
「入院や搬送が必要なレベルの方はいませんね」
若い医師が言うと、看護師も頷く。
「大丈夫、皆さんこのまま自宅で休めば回復しますよ」
短時間での適切な判断と処置に、人々から自然と拍手が起こった。
「では、私たちはこれで。何かあればすぐ119番を」
医師たちは機材をまとめ、ストレッチャーを車に戻し、最後に一礼して車へ乗り込んだ。救急車が再びサイレンを鳴らし、静かに去っていく。
春日は、去っていく車両を見送りながらぽつりと漏らした。
「なんだか、今の一連の動き……“点と点”が勝手に繋がっていくみたいだな」
「……偶然の連続が、時に導かれる必然ってやつ?」
吉田の言葉に、カナは少しだけ微笑んで頷いた。
そのすぐ後方、トーコは無言のまま、空を見上げていた。
トーコは、去っていく救命車のテールライトを一瞥したのち、ふと周囲に目を向けた。人々が安堵し、再び炊き出しの列へと戻っていく様子を静かに見守る。
ー「……あれは、私たちの管轄外の事象です」
カナが聞こえるかどうかの距離で立ち止まり、春日が訝しげに首を傾げた。
「“私たち”?」
トーコは少しだけ間を置いた。
その表情には相変わらず表情らしいものはなかったが、わずかに言葉を選んでいるようでもあった。
ー「私のような観察ユニットは、政府の専用回線網を通じて常時、電源と通信環境を確保しています。非常時にも自立した稼働が可能です。もっとも……」
春日が口を開こうとした瞬間、トーコは先んじて言葉を継ぐ。
ー「これ以上の詳細は、禁則事項です」
「なんだよそれ、いきなりメタいな……」
ぼやく春日の横で、吉田が妙に真剣な表情になっていた。
「つまり、今日この会場に来た医療チームも、トーコさん……じゃなくて、君たちの系列とは別口ってことか」
ー「ご理解が早く、助かります。おそらく、事故や突発的な人命危機は“別の監視系統”が探知し、即応部隊へ通知したのでしょう。私の観察対象は、あくまで『労働禁止日』における、社会行動の観察および監視です」
「なんだか……この社会の裏側を見てる気分だね」
カナがぽつりと呟く。その声には、ほんの少し安堵の色が混じっていた。
トーコは僅かに視線を炊き出し会場へ戻し、抑揚の少ない声で促した。
ー「炊き出しは継続してください。肉体的にも精神的にも、安定をもたらすには、栄養と休息が不可欠です」
「言われなくても、やるさ」
吉田はそう言って歩き出し、カナもそれに続いた。
春日だけがしばし立ち止まり、トーコの姿を見つめる。
「人間みたいに喋るくせに、どこか他人事だよな、君」
ー「私に感情はありません。ただ、記録は続けています」
春日は小さく鼻で笑い、何も言わずに振り返った。
空は赤く染まり、公園の芝生に伸びる影が長くなる。
日が傾くにつれ、静けさと温もりの混ざった空気が、ようやく辺りを包み始めていた。
鍋から湯気が立ち上り、人々の笑い声が徐々に戻ってくる。
その中で、トーコだけが、風に揺れる木の枝をじっと見つめていた。




