第四章:煙と湯気のむこうに
午後も後半に差しかかろうとしていた。
春日恭平たちは、舗装の途切れた歩道を歩いていた。舗道の端には泥と砂利が混ざった轍が残り、通り過ぎたばかりの雨の痕跡が光を反射していた。
「……あ」
先頭を歩いていた恭平が足を止め、空気を吸い込むように深く息をした。
「この匂い……たぶん、炊き出しです」
ほんのりと甘くスパイシーな香り。カレーか、煮込み料理か。
風に乗って流れてくるその匂いに、誰もが反射的に鼻をひくつかせた。
「……間違いない。人が集まってる」
視線の先、わずかに開けた空き地のような場所に、テントと人の列が見えた。折りたたみテーブル、仮設のガスバーナー、大鍋。周囲には年齢も格好も様々な人たちが並んでいた。
「なんだこりゃ……すげえ数だ」
吉田が呟いた。
列を整えるボランティアのベストを着た数名が、手慣れた様子でスープ皿を配っている。中にはマスクを着けた年配の女性の姿もあり、よどみのない手つきでルーをよそう。
ー「食料供給支援活動。正式には『公共衛生支援特例運用』。行政による一時的な認可を受けており、労働には該当しません」
トーコが自動的に解説するように話した。
「じゃあ、これも“働いてる”わけじゃないのか」
吉田が複雑な顔で口を開く。
ー「奉仕活動の定義内です。謝礼も、報酬も発生していないため、“無償の自発的支援行動”に分類されます」
「逆に……金取ってたらアウトってことね」
カナがぽつりとつぶやいた。
彼女は、人の流れの向こう側に見えた一人の女性に、視線を止めていた。
小柄なその女性は、鍋の横に立って配膳をしながら、来訪者ひとりひとりに声をかけていた。笑顔を忘れず、だが無理をしていない表情。カナはその所作に、どこか懐かしさを感じた。
「……あの人、好きだな、なんか」
誰にともなく言ったつぶやきに、恭平が反応した。
「カナさん?」
「いや……なんでもない。行こうか」
カナはそう言ったが、数歩だけ歩いて、また立ち止まった。
風がまたふわりと、スパイスの香りを運んできた。
その香りには、ただの空腹以上の何かが混じっていた。人の手がかかった、丁寧に煮込まれた時間の匂い。彼女の中で何かが小さく、音を立てて揺れた。
「……ちょっと、見てくる。私だけでいいから」
カナが言うと、吉田と恭平が顔を見合わせ、特に何も言わずに後を追った。
少し間を置いて、トーコも無言でついてくる。
炊き出しの湯気は、冷めきった午後の空気の中で、白く高く、静かに立ちのぼっていた。




