アップル
地球からの引力を「感じる」時がある。
本当はそんなことはありえないと、科学も言ってるしあたしもわかってる。けれど、時折どうしようもなく、自分を地球に戻そうとする力を感じるのだ。
あの枯れた地球。かつて、美しい青と緑の幸せな色合いをしていた惑星は、いつしかすっかり錆びて腐った色に成り果てた。住む場所が腐ると、住んでいる生き物も健康ではいられなくなる。社会はすっかりそれまでの常識を捨てて、戦火はあっという間に地球を包んだ。
その結果は急速なエネルギーの浪費、温室効果ガスの発生、そして人心の荒廃。
あたしの家族もみんなおかしくなった。あたしもおかしいはずなのに、家族の中ではそうでもなかったから、みんなあたしに縋りついた。怖かった。家族の重みであたしはバラバラになりそうだった。
そんな折に、宇宙での新エネルギー回収人員の募集があって、あたしはそれに飛びついた。お母さんを置いていくのね、とひび割れたママの呪詛を振り切って地球を捨てた。ごめんね、ママ。あたしはあなたを捨てたんだ。
あたしは多分、宇宙で死ぬんだと思う。ていうか、地球で死にたくない。環境的にも、社会的にも澱んでしまった空気の中で最期を迎えたくない。ほんとうは、そんなことを考えるのはおかしい。だって家族や故郷は大事なものなんだから。やはり、あたしも変なんだと思う。
だけど、たまに正気に戻ると、それなたまらなく悪いことなんだってわかって、そうすると地球が途方もない重力を発揮してあたしを引き戻しにかかってるって思う。
この宇宙で死ねることを約束されてる赤色巨星。それにあやかって、あたしたちの機体にはみんな赤いものの名前がついていた。あたしのはアップル。医者を遠ざける。
あたしにはもう医者はいらない。宇宙で病に倒れたら、そのまま星の間に捨てて欲しい。そうして、間違っても地球の重力が届かないところへ漂いたい。
そう言えば。あたしはまともな頭で思い出す。今日は報酬の支給日だ。ママ、ちゃんと振り込み確認してるかな。
でも、知る由もない。あたしはレーダーを睨んで、慎重にアップルを進めた。