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新月の夜にあなたと  作者: ぽてとこ
彼女の話
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8.マスクマンからマスクフリーへ

吸血する・される関係になったとはいえ、仕事中は基本的にいつも通りの上司と部下であるし、プライベートでも、吸血が絡む新月前しか連絡を取り合うことはしない。

だから、そんな二人の関係は誰にも気づかれないと思っていたのだが。




「課長、てるちゃんと話すようになったよね。最近」


やっと少し暑さがおさまってきた9月中旬、多佳子に指摘され、てるはドキッとしたが、表情には出さないように気を付けた。


そうなのだ。


いつからだろうか、仕事中も課長はてるに話しかけるようになった。

と言っても、それまでが全くかかわっていなかったから目立つだけで、仕事で必要なことを話すようになったという意味だ。


「普通じゃないですか?仕事頼まれるだけですから」

「いやいや、それすらもなかったんだから。まあ異常だったのは以前の状態で、正常に戻ったって感じなんだけど・・・それだけじゃない気がして。何かあった?」

「な、何かって・・・何もないですよ?」

「えー?そう?そっかなー」


多佳子は納得してないようだが、仕事中だったこともあり、追及の手はそこで止んだ。

てるはほっとする。


話しようがない。

月に一度、上司に血をあげています、なんて。




「と言うことがあったんですよ」

「なるほど。多佳子さんは鋭いからな・・・」

「だから課長、私に話しかけない方がいいですよ?」


吸血前恒例の食事会。

今月はイタリアンレストランにしてみた。石窯で焼くピザがおいしいと評判のお店なのだ。


「でも佐藤さん、そこでまた私が話しかけなくなると、余計に怪しいですよ?」

「え、そうですか?」

「ええ。多佳子さんが怪しんでいたことが私に伝わっているってことですからね。こういう風に、二人で会っているんじゃないかって余計に疑われますよ?」

「そういうもんですか・・・?」

「そういうもんです。あまり考え過ぎない方がいいですよ。あなたは考えていない時の方が、自然に動ける」

「どうせ、演技なんかできませんよ」


拗ねたように言ったてるのふくれっ面を見て、赤家がふわりと笑う。

少しずつ、赤家が笑顔を見せてくれるようになってきた。喋り方も、時々敬語が抜け落ちることがある。


そんな赤家の姿は自分しか知らないだろうと思うと、少し優越感を感じる。でも・・・。


複雑な思いを抱えたまま、今月もてるは首筋を差し出す。


いつかはこの関係も終わる。

それを忘れてはならないと、自分に言い聞かせながら。




・~*~・~*~・~*~・




10月の新月の時。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はい。何ですか?」


今日は和風創作料理の店だ。料理もおいしいが、店の雰囲気がよくて、気持ちが落ち着く。

箸使いも綺麗に料理を食べながら、赤家が少し言いにくそうに話し始めた。

もうすっかり砕けた口調で。


「友人の、話なんだが・・・そいつも俺と同じで、いつもマスクをつけてるんだ。で、その、気になる子がいて、最近ようやく話をするようになってきたらしくて・・・やっぱりアプローチするには、マスクを取った方がいいかどうか悩んでいて。女性からすると、どうだろう?」

「マスク、ですか。一般的には、やっぱり表情が見えた方が距離は近付くんじゃないですか?」

「佐藤さんは?」

「・・・まあ、恋愛に関わらず、どんな相手でも顔が見えた方が安心しますね」

「そうか・・・」

「お友達さん、うまくいくといいですね」


赤家は少し考えているようだった。友達に早く伝えてあげたいのかもしれない。


そして食事が終わり、移動。

てる宅の玄関で、いつものように丁寧に首筋を舐め、吸血する。

終わると、静かに離れていく赤家が、今日はてるの肩に手を置いたままだった。


「課長・・・?」


見上げて呼ぶと、体が引き寄せられ、一瞬包まれた。

そしてそれはすぐに消える。


「では、また明日」


そう言っていつの間にか赤家は、玄関のドアから出ていった。


「・・・今の何・・・?」


てるの呟きに応えてくれるものは、誰もいなかった。




翌日から、赤家はマスクをやめた。


それを見ててるは気付いた。「友人の話なんだけど」の大半は、自分の話だということに。


つまり赤家は、誰か好きな人ができたのだろう。

マスクを取ってアプローチしたいくらい、好きな人が。


心の奥がちくっとする。小さな小さな、細いとげが刺さって、ずっと抜けないような。


その痛みについて考えたくなくて、てるは仕事に打ち込んだ。




赤家のマスクがなくなったことに喜んだのはもちろん、会社の女子社員たちだ。

いつ見てもイケメンが見放題とあって、一時、営業二課に他課の女子社員が絶えなかった。

しかし例の【迷惑です仕事してください邪魔です】対応は健在で、しばらくすると女子社員の群れは落ち着いた。

自分に自信のある、数名の女子社員はいまだアプローチをかけているが。

そう、『隣の佐藤さん』のような。


「赤家課長、これ、二課の書類が一課の物に混じってきてましたぁ」

「そうでしたか、どうも」


ふわふわとした可愛らしい声で二課にやってきた麻里瑛は、当たり前のように赤家のデスクに直行していった。


「うわっあからさまー!あんな書類、近くの社員に渡せばいいのに」


多佳子が毒づく。


「まあ、せっかく課長とお話しできるチャンスだと思っているんじゃないですか?」


てるは書類を猛スピードで作成中だ。

営業が頑張ったおかげで、取引先が増え、必然的にてるの仕事も右肩上がりに増えている。


「まあねえ、最近の課長って、マスク取っただけじゃなくて、何ていうかこう・・・雰囲気柔らかくなったよね?」

「・・・そうですね」


最近の赤家は、以前のような、ぴりっと張り詰めた空気ではなくなった。

今では仕事中も、少しだけ微笑することがある。

部下が大手の契約を成功させたとき、笑顔で労っていたのをてるは偶然見た。


私だけが知っていたのにな・・・。


そんな独占欲にまみれた気持ちが浮かび、てるは自分自身に驚く。


だめだ。最近、本当にだめだ。引き締めなくては。


気合を入れるために、軽く自分の頬を叩き、先程浮かんだ気持ちに蓋をして、次の仕事にとりかかるのだった。

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