9.異動の理由を今更知りました
「え、何これ」
「どうしたんですか?多佳子さん」
11月も中旬に入り、だいぶ寒い日が増えてきた。
いつもの服装にカーディガンを羽織ったてるは、隣のパソコン画面を一緒に見る。
社内メールが表示されたそこには、『会社創立50周年記念パーティーについて』とあった。
「12月のパーティー、ドレスコードがあるのよ。女性社員はパーティードレス着用推奨ですって。しかもスーツ不可。『パーティーにご臨席の際、女性の皆様には会場を彩る華となっていただきたく・・・』って、社長の趣味でしょこれ!ドレスなんかもう何年も来てないわ!ドレス代出せ!」
『パーティー』と銘打っているが、当然社員は強制参加だ。
さすがに50周年だけあって、有名な一流ホテルのホールを貸し切って行う。
それはいいのだが。
「私も一着も持ってません・・・」
「あれ、そうなの?てるちゃんなら、これからお友達の結婚式とかで着る機会があるから、1、2着持っておいても損はないと思うよ」
「あ、ああいうドレスって、どこで売ってるんですか・・・?デパート?ブランドショップ!?銀座に行けば売ってますか!?助けて多佳子さん!!」
てるはここ数年、まともに服など買ったことがない。
買ったとしても、その辺のスーパーマーケットの服飾コーナーで買うくらいである。
おしゃれなパーティードレスなど、想像もつかないてるはパニック状態だ。つい仕事モードもオフになる。
「てるちゃん落ち着いて!銀座なんか行かなくても、結構どこでもあるから!ぶっちゃけカトーヨーカドーみたいなところにもあるし。ね、じゃあ一緒に買いに行こう!私、一回てるちゃんの服見立ててみたかったんだー!」
「よ、よろしくおねがいします多佳子さん!」
週末に一緒に買い物に行くことにし、てるはほっとした。
家族以外の人と服を買いに行くのは初めてだ。
少し楽しみでもある。
そう思い微笑んだてるを、赤家がじっと見ていたことに、本人は気付かなかった。
・~*~・~*~・~*~・
「赤家課長、いる?」
「あれ?久子さん・・・あ、今は主任でしたね。課長に御用ですか?」
二課に入ってきたのは、総務部の斎藤久子だった。
「そう。頼まれてた書類を届けに来たんだけど、まあそっちはついでね」
「ついで・・・?」
「そうよー。久々にてるちゃんに会いたかったのー!」
そう言うと久子はがばっとてるに抱きついた。
「あー久しぶりのこの感触ー。気持ちいいー」
「ひ、久子さん、まだ仕事中なんですけど・・・」
「私は休憩中ー。はー癒される・・・最近癒しが足りない・・・」
「何やってるんですかあなたは」
突然聞き慣れた男性の声が響き、久子はてるから剥がされた。
「何すんのよ赤家!」
「それはこちらのセリフです斎藤主任。営業二課の佐藤に何か用ですか?仕事の邪魔をしないでいただきたい」
一触即発の雰囲気に、てるは口も手も出せずにあわあわしているだけだ。
「うちの佐藤~?よく言うわよね。てるちゃんが異動したその日に顔を見るなり、人事部に駆け込んで『今すぐ別の人に変えてください』って直談判しに行った男が」
「・・・それはっ・・・!男性の営業事務をお願いしたのに女性が来たからで・・・!」
「ほーんと、そんなことならうちに返してほしかったわよ。手塩にかけて育てた期待の新人が、営業二課なんかに引っ張られるなんて・・・」
「なんかとはなんだなんかとは」
てるが一年目に配属された総務部の教育係であった久子と、現上司の赤家は、同期なのだ。そしててると入れ替わりに総務に異動したもう一人、あと人事部にも同期がいたのだったか。そちらの人はよく知らない。
てるに赤家の武勇伝を教えてくれたのは、久子だ。同期しか知り得ないようなことまで、てるはせがんで教えてもらったものだ。
それにしてもこんなにやり込められている上司は初めて見る。
口を挟めずおとなしく見ていると、当事者であるてるが会話を聞いていることに気が付いたのか、赤家が慌てたように弁明した。
「違いますよ佐藤さん、あなたご自身に何かあって人事に行ったわけではなくて、その、前営業事務の女性が、何と言いますか、女性であるがゆえにいろいろあって、仕事を辞めてしまったので、男性の方がいいと思って・・・」
「大丈夫です。私、皆さんから女カウントされてないですから。人事部もそう思ったから、私を二課に異動させたんでしょうし」
「あらそれは違うわよ、てるちゃん」
慌てふためく赤家が面白かったのか、ニヤニヤしながら見ていた久子が、横から口を出した。
「そこの課長様が昇進なさる時に、『自分を課長にするなら優秀な営業事務をよこせ』って人事部に言ったから、一番有望だったてるちゃんが選ばれたんだもの」
「・・・え・・・?」
「俺はそんな言い方はしてないが」
「もーう、相変わらず自己評価が底辺ね、てるちゃん。あなたはその腕を買われて、ここに来たの。自信もっていいわよ」
てるはてっきり、女性らしい女性が赤家の下につくと、また社内いじめに発展するという配慮からてるになったのだと思っていた。
それくらいしか、自分が選ばれる理由はないと。
「佐藤さん、この際だから言っておきますが、あなたが来てくれたおかげで、うちの営業成績は格段に上がっています。多佳子さんも優秀ですが、1人では手が回らない。あなたがいてくれたから、うちはここまで伸びることができたんです」
「総務でもいつも話題になってるわよー。右肩上がりの二課ってね。てるちゃんのサポートあってこそよ。内助の功ってやつね」
今までのてるの頑張りを、知って、認めてくれる人たちがいる。
そのことはてるの心を、とても温かくさせた。
「てるちゃん、事務処理得意だよね。学生の時からいろんな資格取ってたんだっけ?」
全く悪気のない久子のその言葉はしかし、てるに嫌な記憶を思い出させる。資格をたくさん取るきっかけになったできごとを。
今温まった心が、急速に冷えていくのを感じた。
「ええ、まあ・・・余裕のある学生時代に、いろいろ取ってみようと思って」
「意外と資格マニアなのよね、てるちゃん」
「えらいなー。俺なんて学生時代は遊びまくってたけどねー女の子と」
「あら田淵」
ずしっと頭に重みを感じたかと思ったら、一緒に声まで降ってきた。
しかし、聞いたことがない声だ。
「田淵。佐藤さんから離れろ」
「おーこわ。氷の二課課長様のご命令とあっては仕方ないねー」
「妙な二つ名をつけるんじゃない」
重みがすっとなくなったと思ったら、顔を覗き込まれた。あまりの近さに、てるは後ずさる。
「あ、の・・・?」
「あーごめんごめん。君が噂の佐藤てるちゃん?初めましてー。こいつらの同期の田淵でーす」
ニコッと笑う顔は人懐っこそうだ。身長は赤家ほどではないが、小柄なてるからしたら十分に高い。
田淵が手を出してきたので、握り返した方がいいのか悩んでいると、赤家が田淵の手を払った。
「お前まで何の用だ」
「え?用?ないよ?一課に来たら話し声がするから、見に来ただけー」
「じゃあさっさと帰れ」
「はいはい、帰りますよ。じゃあねーてるちゃん」
「はあ・・・」
ご丁寧に投げキッスまでして、田淵は出ていった。
「てるちゃん、田淵は気にしなくていいからね。いつもあんな感じだから。今度一緒に飲もうね。じゃ!」
「何なんだ、あいつら・・・」
久子も後に続き、二課はいつもの通りに戻った。
珍しくぐったりしながら、赤家もデスクに戻り、パソコンを開く。
「おもしろい見世物だったね」
「多佳子さん!おかえりなさい」
用事を頼まれ席をはずしていた多佳子がいつの間にかそばに立っていた。
「あの人たち、結構仲がいいんだよね。よく飲みに行ったりするらしいよ」
「そうなんですね」
先程の遠慮のないやり取りが浮かぶ。
赤家が誰かに対してあんなにざっくばらんに話すのを初めて見た。
「てるちゃん、ちょっといい?」
「はい、ただ今」
名前を呼ばれ、意識を仕事モードにする。
先程体を冷やした記憶が頭の片隅で存在を主張し、てるは頭を振って追い出そうとした。
大丈夫。今の私には仕事がある。仕事さえしていれば、大丈夫、きっと。余計なことは、考えない。




