9.幸せな終結【多佳子】
案内された部屋に入ると、一人の女性が椅子に浅く腰かけていた。
肩に届くか届かないかという髪を一部編み込んで残りは下ろし、耳の後ろに大振りの白い生花の飾りをつけている。
「多佳子さん!利佳子ちゃんも!」
嬉しそうにこちらを向いて笑う顔は、いつも以上に美しく装い、今日の主役にふさわしい華やかな印象を受ける。オフホワイトのプリンセスラインのドレスは、ハート型のネック部分がデコルテをすっきりと綺麗に見せており、よく見ると分かる胸元のドレープは上品さを醸し出している。下は幅広のレースをランダムにあしらっており、立ち姿はさぞ美しいだろうと想像できる。
「てるちゃん、とっても素敵!ドレス、似合ってるよ!!」
「てるちゃん!本物のおひめさまだね!」
「ありがとうございます。課長が、吟味に吟味を重ねて選んでくれました」
少し照れながら言うその視線は、すぐ後ろに騎士のように控えていた勝利を向いている。
その勝利はというと、こちらも高級そうな光沢のあるグレーの細身のスーツに、同系色のベスト、ネクタイと、全体をグレートーンでまとめたスタイリッシュな衣装だ。
新郎は、式の前には新婦に会わないという決まりもあるようだが、この会場では式の直前に写真撮影をするらしく、身支度が整ったら新郎と新婦は一緒の控室で待つらしい。
むしろ、そう言う場所を勝利が選んだのではないかと、多佳子は推察している。
花嫁のドレス姿を、誰よりも先に見たかったはずなのだから。
「いや正直、ドレスにここまで種類があると思わなかったから、すごく勉強した。形も生地も小物も・・・用語を覚えるところからだったな」
「私より熱心にドレスカタログ読み込んでましたよね課長?さらにはカラーコーディネートまで学びだして・・・」
「スタイリングを考える際に参考になると思って・・・一生に一度のことだからな」
「杏に頼んだら早かったんじゃないの?あの子、そういう勉強一通りしてるはず、」
「あ、多佳子さん、それ禁句!」
てるが慌てて立ち上がるが、間に合わなかったらしい。直前まで幸せオーラを出していた勝利の気配が、変わった。
「ダメ。絶対ダメ。ウェディングドレスを選ぶのは絶対誰にも譲らない。大体、多佳子さんも大石さんも、てると服買いに行くの俺より早かったし、両家の母親は『ドレス選び着いて行きたい』とかいうし、百歩譲ってお義母さんはいいとしても、何でうちの母が着いて行くんだよ絶対俺に口挟ませない気だろう自分の好きなやつごり押しする気だろうそうはいかないからな絶対俺が選ぶんだこの手で一着一着前から横から後ろから全部見て一番てるに似合うのを俺が選ぶんだ」
「ママ、ママ、この人こわい・・・!」
「何この新郎、超怖い!利佳子、ちょっと離れておこうね!」
「あぁ・・・始まった・・・すみません多佳子さん利佳子ちゃん、ちょっと待っててくださいね」
今日のためにおめかししている娘を慌てて抱きしめ、あらぬ方を見てぶつぶつ呟いている新郎から遠ざける。
てるは勝利の目の前に立つと、薄い手袋に包まれた手で勝利の手を救い上げ、握り締めた。そして視線を合わせ、ゆっくり語り掛ける。
「課長?私は課長が、すごく勉強して、私に似合うドレスを一生懸命考えてくれたこと、知っていますよ。ドレス選びも、着る本人より真剣になって、スタッフさんのアドバイスをびっちりメモしてくれたことも知ってます。そして今日、課長が選んでくださったドレスを着られて、私はとっても幸せですよ?」
「てる・・・」
「肩出すのちょっと恥ずかしかったけど、隣に課長がいてくれるから頑張ります。だから、あまり落ち込まないでくださいね。せっかくのハレの日ですから」
「あ、おむこさん、ブツブツ言うの止まったね」
「おお・・・てるちゃん、課長の操縦方法ばっちり・・・」
勝利の瞳に生気が戻ってきて、多佳子と利佳子は安心した。
イケメンで新郎用のスーツも似合っているのに、能面のような顔でぶつぶつ呟かれてはもはやただのホラーである。今日の主役なのに。
「てる、どうして『課長』なんだ?いつもみたいに呼んで」
「えっ!復活したと思ったらそれですか!?」
「ほら、また敬語になってる。ペナルティ付けようか?」
「ええっ!だ、だってほら、多佳子さんと利佳子ちゃんの前だし・・・!」
「関係ない。もうとっくに籍は入れてるんだし、今日からは名実ともに夫婦だろ?夫婦なのに役職で呼ばれたくない。それとも・・・お仕置きしてほしい?」
言い合いしながらも流れてきた甘い空気に、多佳子は顔をしかめる。
「うーわー、利佳子、そろそろ戻ろっか。てるちゃんとは後でまた会えるから」
「え?もうもどるの?もうちょっとてるちゃんのドレス見たいな」
「教会の方が綺麗に見えるよ。それにほら、花嫁さんはいろいろと準備があるから、一旦戻ろうね」
「はぁい。またね、てるちゃん!」
「あ、ありがとうございます、控室まで来ていただいて!」
「こちらこそ、皆より先に見せてくれてありがとね。じゃ、後で」
手を振って控室を出てドアを閉めようとする直前に、中の会話が聞こえてきた。
「てる、ほら、呼んでよ。二人きりなんだから、ね?」
「う~~・・・か、かつとしさん・・・!」
「てる・・・!」
ぱたん。ドアが閉まった。否、閉めた。
「・・・てるちゃん、化粧直しすることにならないといいけどね」
「ん?ママ、どうしたの?」
「何でもない。さ、戻ろ」
「うん!」
・~*~・~*~・~*~・
心配していたてるへの女子社員の攻撃は、意外なほど無かった。
どうやら、勝利が先制して佐藤麻里瑛に威嚇したのが効いたらしい。そういう意味では、彼女はいいスピーカーになってくれたのだろう。
二人は年が明けた後、まず勝利の実家に行った。そこでてるは熱烈な歓待を受け、『今すぐ嫁に来い』と婚姻届を手渡されたそうだ。しかも、証人の欄の一つは埋めた状態で。
その後、てる曰く『プロポーズの予告』にYesの返事をしたら、予告のはずなのにあれよあれよという間に結婚式会場、ドレス、婚約指輪と結婚指輪を決めることになり、てる家への挨拶も済み、気がついたら入籍が終わっていたそうだ。もちろん、『本プロポーズ』もきちんとしてくれたとのこと。
同じ課の社員同士で結婚すると、どちらかは異動することに決まっている。もう少ししたら、勝利が営業一課の課長になる。てるは『どうして自分が異動しないのか』と人事に聞きに行ったらしいが、本人の希望と周りの希望、社の考えが合致したためらしい。つまり、営業二課は勝利が抜けても、もう回していけるようになったということだろう。てるは納得できていなかったようだが、勝利に諭され、しぶしぶ受け入れた。
一課といえば、例の麻里瑛がいる部署だが、勝利が異動するという噂が流れた瞬間、仕事を辞めた。勝利はしごく気満々だったらしいので、残念がっていた。てるに傷をつけたことをまだ恨んでいるようだ。恐ろしい男である。
二課は恐らく大丈夫と言っても、てるだっていつまで二課にいられるか分からない。
いつの間にかヘタレモードを脱した課長様は、今では嫁溺愛モードになっており、家族が増えるのも時間の問題だからだ。
「まあなんにせよ、幸せなのはいいことよね」
「あ、ママ、てるちゃんが来たよ!」
先程、愛を誓い合った二人が、教会から出てきた。参列者は皆で花を投げ、二人を祝う。
幸せそうな笑顔は、今まで見た中で一番美しく。
『末永く、お幸せに』
そう願いながら、多佳子は花を投げ上げた。
本編、終了です。
おまけ、続きます。




