8.暴露と宿泊【勝利→てる】
視点が【☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡】で切り替わります。
そうしてようやく、待ちに待った金曜日。
あと5分で定時になる。
今日はずっと、時計を見てはカウントダウンをしている自分に気付き、どうしようもないなと自嘲する。
こんなに心が揺り動かされる体験は、勝利にとっては初めてである。
嬉しくて口元が緩みそうになるのを抑えて、本橋が持ってきた書類のチェックをしていると、てるが仕事を終わらせたのか、パソコンを閉じるのが見えた。
「お、てるちゃん今週終了?」
「はい。キリのいいところまでできたので。多佳子さんは?」
「私もあとちょっとかな」
やはりてるは仕事が早い。他の人なら来週に回すか残業しているだろう仕事量を、今日一日できちんと終わらせたようだ。
定時になった。てるがちらりとこちらを見るのが分かる。
勝利も後はパソコンを閉じるだけだ。シャットダウンをしていると、聞き慣れない声が耳に飛び込んできた。
「あ、てるちゃん仕事終わったの?」
「え、あ、鹿野さん・・・」
二課を覗いていたのは、パーティの時にてると一緒にいた、鹿野だった。
「俺も総務戻ったら仕事終わるんだ。どう?たまには飲みに行かない?この間誘い損ねちゃったからさ」
「え、いえ、あの、私、先約があるので」
「えー、そんなこと言わずに、昔のよしみでさ」
何だこいつは。勝利は怒りがふつふつと湧いてきた。
てるが断っているというのに、しつこく誘いやがって。そもそも先約があるって言ってるじゃないか。何を聞いてるんだこいつは。
ただでさえ新月で理性の働いていない勝利は、自分でも気付かぬうちにてるの肩を抱き寄せていた。
「申し訳ありません。てるは私と約束があるので」
そして、てるの方を向いてとろけるような笑顔を浮かべる。
「今日は俺の家に泊まってくれるんだもんな。荷物持ってきた?忘れ物はない?」
「へ!?あの、無い、と思いますけど・・・?」
突然のことにてるが混乱している間に、今度は肩に置いていた手を下げ、腰を抱き寄せる。
「じゃあ、まっすぐ向かって大丈夫かな。それでは、お先に失礼しますね、皆さん」
そしてそのまま、てるを連れてフロアを出ていった。
後に残されたのは、ポカンと呆け顔の鹿野と、二人に当てられた二課の面々。
「あーあ、自分で暴露しちゃって・・・てるちゃんに怒られないといいけどね」
多佳子は一人呟き、自分も仕事を終わらせて帰り支度を始めるのだった。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
「課長!課長ってば!もう、やめてください!」
「いいやダメだ気が済まない。もう本当に申し訳ありませんでした言い訳しようもありません。てるの気持ちが一番大事とか言っておいて勝手に言うなんて・・・本当にごめんなさい」
「いいから顔あげてくださいってば!」
勝利の家に着いたとたん、部屋の主が急に土下座をしてきたのでてるは焦った。
人生の中で初めて土下座をされた。しかも、年上の男の人に。
そうっと顔を上げた勝利は、また【叱られた犬】の顔になっている。
「てる、もう帰る・・・?」
微妙にカタコトな問いに笑いそうになるが、言った本人は至って真面目だったので、何とか堪えた。
「帰りませんよ。確かに、あんな場所で言ったことには戸惑ってますけど・・・」
「すみません・・・」
「もういいですよ。その代わり、来週から女子社員の陰湿な嫌がらせが始まるかもしれないので、ちゃんと守ってくださいね?」
笑顔で言うてるをみて、勝利は漸く安心したのか、ほっと息を吐いた。
「抱き締めていい?」
「・・・はい・・・」
まだ二人ともコートを着たままだが、広げられた腕の間に飛び込むと、勝利がぎゅっと包み込んでくれた。
「ごめん。『てるは俺のだ』って言いたいのが爆発した」
「言わなくても、私は課長と、その、お付き合いしてるんですから」
「そうなんだけど。てるが最近、服装が替わって、若いやつらが騒いでるって聞いて・・・」
「何ですかそのガセネタ!誰も私なんか見てませんよ?」
「自覚がないから怖いんだ!・・・もういいや、どうせ今日のでばれたから、もう隠す必要ないし。これからはもっと分かりやすくいく」
「・・・どういうことですか?」
「てるは知らなくていいよ。とりあえず、夕飯にしようか。昨日のうちに、ちょっと下ごしらえしておいたんだ」
コートを脱いでかけ、手洗いうがいをしてから二人で台所に立つ。ここで料理をするようになってから、てるの分のエプロンも置いてある。勝利とは色違いのおそろいだ。
「わ、おでんですか?」
「一晩おいた方が味がなじむから・・・好き?」
「大好きです!楽しみー!」
火にかけると、湯気と共にいい匂いが台所中に広がる。
恋人同士で囲むには少し色気が足りないかもしれないが、温かいおでんは冬にはもってこいの料理だ。
二人で『何の具が一番美味しいか』を討論しながら食べるおでんは、とても美味しく、心まで温まる味だった。
「えーと、吸血させてもらってもいいかな」
「あ、はいどうぞ」
今まではてるの玄関先で、段差があったため身長差をそんなに感じなかったが、二人は30cm弱身長差がある。
「ソファに座ってくれる?」
「はい」
てるがソファに腰かけると、勝利は床に敷かれたラグの上に膝立ちになり、距離を詰めてきた。
いつも通り、吸いやすいように首を倒し、おとなしくしている。
程なくして、吸血が終わり、勝利が離れて・・・いかなかった。
「課長?」
てるの首筋に額をつけたまま、勝利はしみじみ呟いた。
「いや、ちゃんと、恋人になれたんだなって思ったら、なんか感慨深くて・・・」
「そうですか・・・」
「あ、でも、今日泊まるだけにして正解だったと思う」
顔を上げながら言った勝利の言葉に、てるは首を傾げた。
「え?なんでですか?」
「新月だから。いつもより理性が効かない。・・・あ、大丈夫、今日はもう許可なしには絶対何もしない!」
てるが不安そうな顔をしたので、勝利が慌てて続けた。先程皆の前で暴露してしまったことでだいぶ反省したらしい。
「・・・ただ、新月の時にハジメテなんか迎えちゃったら、俺が暴走しそうだ・・・」
「そ、そう言うもんですか・・・」
吸血鬼の本能は、新月になるにつれ強くなる。それは何も吸血衝動に限らず、他の欲求も強くなってしまうらしい。
どう答えていいか分からない言葉にてるが戸惑っていると、それを察したのか、「先にお風呂行っておいで」と勝利が促してくれた。
あまり待たせるのもどうかと思い手早く済ませると、勝利も入れ違いで浴室に向かった。
何度か訪れている勝利の部屋だが、泊まるのは初めてだ。
なんとなく手持ち無沙汰で、ソファに座りつつもきょろきょろしていると、勝利が上がってきた。
「そろそろ、寝ますか?」
二人で並んでソファに座り、お茶を飲みながら他愛ないおしゃべりに花を咲かせていたが、時刻はもうすぐ明日になりそうだ。
明日の予定は特に決めていないが、あまり遅くまで寝ているのはもったいないと思い、てるはそう声をかけた。
「その前に、これ」
勝利は、いつの間に持ってきたのか、てるにラッピングされた小さな箱を手渡す。
「これ・・・」
「開けて」
そっとラッピングを剥がして開けると、中から出てきたのは、二人で選んだキーケースだった。
箱からそれを取り出して、てるは気が付いた。少し重みがある。開くと、すでに鍵がついていた。
「ここの鍵。てるには持っていてほしくて。早く渡したいから、クリスマスまで待てなかった」
「課長・・・!」
感極まって、てるは言葉が出てこない。
代わりに、涙が一粒、目じりからポロリと落ちた。
「いつの間に、取りに行ってたんですか?」
「火曜の昼間に、できたと連絡があったからその日に。ごめん、鍵ごと包装するために、どうしても一人で行きたかったんだ」
「だから・・・」
一緒に取りに行く、と言った時にはっきり返事をしなかったのはそのためだったのかと、後から合点がいく。
キーケースを持って鍵を光にかざすようにぶら下げてじっくり見たり、手に取って握ってみたりしているてるに、勝利は笑って言った。
「お礼はキスでいいよ?なんて、」
言い終わる前に、てるは勝利の首にしがみつき、唇を重ねた。
それは一瞬で、すぐ離れようとしたが、勝利はそれを許さなかった。
てるの後頭部に勝利の大きな手が回り、しっかりと抱え込まれる。
ちゅ、ちゅ、と何度も何度もキスされる。
「もう一段階、あげていい?」
合間に問われた言葉の意味を分かったうえで、てるはこくんと頷いた。
すぐにまた唇が重なる。しかし先程と違って、合わせ目を勝利に舐められているのを感じる。おずおずと口を開くと、そこからぬるりとした何かが侵入してきた。
それはてるの口内をあちこち這いながら、てるの体が反応したところを執拗に嬲っていく。
実際はどれくらいだったのか。
数分、数十分にも感じられるその行為に、てるは息が切れ、なんとか口を話して呼びかける。
「か、ちょ・・・」
「ごめん、やりすぎた」
「いえ・・・ちゃんと、許可、出しましたから」
息が切れてしまったてるを見て、『またやってしまった』という顔で落ち込みそうになっている勝利に、てるはあえて『許可』という単語を出した。
それに気付いたのだろう。勝利にも笑顔が戻ってきた。
「さて、寝るか。てるは俺のベッド使って。あっちの部屋。悪いけど鍵は無いから、ドアはバリケード作って塞いで構わない」
「そんな・・・信じてますよ、課長のこと」
「・・・ありがとう。俺はこっちで寝てるから、何かあったら声かけて」
そう言いながら勝利はテーブルを避け、ラグの上に布団を敷いた。
「おやすみ、てる」
「あの・・・次の満月って、お正月の頃でしたっけ?」
急な話題に、勝利が不思議そうな顔をした。
「そうだと思うよ。大体15日後だから」
「じゃあ、あの、・・・・・・その頃までには覚悟を決めますから。おやすみなさい!」
それだけ言って、てるは寝室に駆け込み、ドアを閉めた。
「・・・がんばろ」
その勝利のつぶやきは、今夜についてなのか、来る満月の日についてなのか、言った本人にも分からなかった。




