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新月の夜にあなたと  作者: ぽてとこ
彼の話
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6.突然の変化

ある日、仕事が終わってスマホの画面を見てみると、母からいくつもの着信が入っていた。

いつものことなので勝利は気にせず、家にたどり着いて、夕飯や風呂も済ませ落ち着いてから、ゆっくりかけ直す。


『もしもしかっちゃん?元気してるー?』

「いきなり何の用?」

『もーう、用が無きゃかけちゃいけないのー?放っとくとあなた、全然実家に帰って来てくれないじゃない。夏休みだって仕事が忙しいって言って・・・お正月は帰ってきてよね!』

「まあ、正月くらいは帰るよ」

『よかったー。最近どう?体調崩してない?』


時々こうやって、勝利の安否を確認する母は、やはり心配なのだろう。『吸血しない』宣言をし、人とのかかわりを避けて生きている息子が。

自分の気持ちを伝えていないという中途半端な状況ではあるが、ずっと心配をかけてきた母に、少しでも安心してもらいたい。

そんな気持ちから、つい、ぽろりと言葉が出た。


「母さん」

『ん?何?』

「俺、血、吸ったよ」

『・・・え?』

「吸った。一応、本人の同意も得て」


後からだったけど、と心の中で付け足す。あまり細かく状況を説明したくはない。勝利が暴走したことに変わりはないのだから。


しばし、無言が続いた。


「・・・母さん?」


まさか、電話口で倒れてやしないよな、と心配になって声をかけると、耳をつんざくような叫びが聞こえた。


『きゃーーーーーーー!!!』

「え、ちょっと?」

『文利さん文利さん聞いてかっちゃんがかっちゃんがついについに吸ったって言うのよーーーー!』


ハイテンションな母の声とともに、ガタン、ごしゃっという、何かにぶつかったり何かを踏んだりした音が聞こえる。

そしておそらく、勢い余ってしまったのだろう。通話が途切れた。


「・・・まあ、いいか」


かけ直すこともせず、着信もメールも静音になる完全マナーモードにして、勝利は眠りについた。


翌朝、父と母の両方から、おびただしい数の着信とメールが来ていた。相手について言及している内容がほとんどであったが、勝利からの返信がないため、諦めたのだろう。最後のメールには、『お正月にはぜひ一緒に連れてきてね』と書いてあった。


正月までに、そうできるような関係になる。


勝利は目標を立てた。




・~*~・~*~・~*~・




最近、てるがキラキラしている気がする。


惚れた欲目ではないと思う。

見た目が変わったわけではない。行動も、いつもと同じだ。

ただなんとなく、前より背筋が伸びて見えるというか、堂々としているというか、そんな気がした。


そういえば、多佳子とドレスを買いに行ったのは先週末だったかと思い出す。

何か、いいことでもあったのかもしれない。


本人にも、「なんかいい方向に変わった気がする」と、曖昧な褒め方をすると、嬉しそうに笑っていた。


自分の一言で好きな人が笑ってくれる。それがこんなに嬉しいなんて、勝利は今まで知らなかった。




「さすがに寒いですね。あ、暖房入れますから、少しお待ちください」

「俺は大丈夫だよ。でも、佐藤さんが風邪引いたら困るかな。営業二課うちが回らなくなる」


11月の夜は冷える。家に入ってすぐ、てるはエアコンで暖房を入れ、いつものように玄関に立っている勝利には、温風機を持って来てくれた。

そんな気遣いが嬉しい。


「じゃあ、今月もいただきます」


お互いすっかり慣れた吸血行為。少しふざけて両手を合わせてそんな言い方をすると、てるもそのノリに乗ったようだ。


「どうぞ召し上がれ」


上目遣いにそんな言葉を言われては、勝利には別の意味に思えてならない。

必死に冷静さを保ちつつ、「他の人にはそんなこと言っちゃだめだよ?」と釘を刺しておく。

案の定、てるはピンと来ていないようだった。


「危機感がないからなぁ・・・あぁ、心配だ・・・」


ぶつぶつと呟きながら、てるの首筋を丹念に舐める。

喋りながらだったからだろう。息が首筋にかかったらしい。


「ふふっ、あの、課長、くすぐったい、です」

「・・・何だこれ、何の我慢大会?」


くすぐったがるその声は、どこか甘やかさを含んでおり、それが別の時の声を連想させる。


自爆している気がしないでもないが、辛いので早く吸血することにする。

それに、勝利には、今日はもう少し上の『ボディータッチ』をするという目標もあるのだ。


吸血を終え、そっと腕を背中に回し、ゆるく抱きしめる。

さすがに久子ほど力を込めてぎゅうぎゅうと抱きしめることはできないが、先月よりはもう少し密着するようにした。

てるの体が少し硬くなる。宥めるように背中をポンポンと軽く叩いてみる。


そうして、しばらくそのままでいた。


てるは固まってはいたが、嫌がってはいないようだった。


もしかしたら、今なら告白できるかもしれない。

そう思った矢先、邪魔が入った。


ぶーっぶーっぶーっ・・・。


どうやら、勝利のかばんの中からしているらしい。


内心で派手に舌打ちをするが、バイブ音は止まる気配を見せない。


「あの、課長・・・お電話では・・・?」


てるにそう促され、ようやくゆるゆると体を離す。


今日なら言えそうな気がしたのに。


勝利は携帯を見る。表示されている名前を憎々しげに見てから、一つ息を吐き、「じゃあ、またな」とてるの家を出ていった。


「あの、お気をつけて」


てるの声に、右手を軽く上げて応える。

そして夜道を歩きながら、しつこい電話に出た。


「こんな時間にかけてくるなよ!」


かけてきたのは久子だ。先日勝手に張り合った相手にいいところを邪魔されたため、例を見ないほど荒い電話の出方をした。


『ちょっと、のっけから何よ?機嫌悪いわねー。ま、いいや。前から言ってた侑里ゆりの出産祝い、いくつか候補あるんだけど迷っちゃってさー』


朽木侑里くちきゆり、結婚して後野あとの侑里になったが、彼女は勝利のもう一人の同期だ。久子と同じ総務部で、同じく総務部の後輩と結婚したのが数年前。そして先日、第一子が生まれ、ただ今育休中なのだ。


「は?そんなの本人に聞けばいいだろ」

『えー、サプライズで渡したいじゃない』

「じゃあ田淵に相談しろよ」

『電話したんだけど、つながらないの。どうせ女の子と遊んでるんでしょ。でさ、明日買おうと思ってるから、出資して。あと荷物持ちよろしく』

「は?」

『急に予定が空いたから、ちょうどいいやって。休日呼び出すよりいいでしょ?』

「何で呼び出されること前提なんだよ」

『えー、女の子一人で買いに行かせる気?薄情な同期ね!』

「・・・分かったよ。明日な」

『頑張って定時で上がってね。じゃーね!』


切れた電話に向かって、ひとりごちる。


「自分で女の子とか言ってんじゃねーよ・・・」


さすがに本人に向かっては言えない。そんなことを言おうものなら、コテンパンにされることが目に見えているからだ。

久子も、姉と同じ側の人間だ。極力逆らわない方が平和に過ごせる。


「あー、今日も言えなかった」


踏ん切りをつけられない自分に腹が立つ。正月を思うと、来月がラストチャンスだ。

抱き締めても拒否されないし、そもそも最初から、仕事の面では勝利のことを尊敬しているようなのだから、好意的ではあるのだ。

恋愛的な好意は、なかったとしても。


伝えなければ、始まらない。今度こそ、伝えよう。

勝利は何度めになるか分からない決意をした。




・~*~・~*~・~*~・




翌日、休憩コーナーでコーヒーを飲んでいると、久子がふらりと現れた。


「昨日はごめんね、夜遅くに電話して」

「全くだ。それで、何とかなったのか」

「大体目星は付いたかな。それより、そっち(・・・)の話の方が興味あるんだけど?」


ニヤリと笑う久子の顔に、嫌な予感がする。

これは、気付いている。勝利が恋をしていること、そしておそらく、その相手さえも。


「誰から聞いたんだよそんなこと」


そう言いつつ、情報源はあいつしかいないだろうなと別の同期の顔を思い浮かべる。


「ヒ・ミ・ツ。今夜、楽しみにしてるわね~」

「ったく・・・」


どうやら買い物にこぎつけて、根掘り葉掘り聞くつもりらしい。

勝利としては、正直、放っておいてほしいのだが、おせっかい焼きのこの同期は、今まで浮いた噂一つなかった勝利の話が聞きたくて仕方がないのだろう。


ああ、てるに会いたい。

無性に会いたい。

できれば昨日のように抱きしめたい。会社でそんなことはできないが。いやそれ以前に、気持ちを伝える方が先だ。


先程、てるは総務部におつかいに行ったところだったので、そろそろ帰ってきているかもしれない。勝利はコーヒーの缶をごみ箱に捨てて、立ち上がった。




二課に戻ると、てるはすでに自分のデスクについていた。

しかし、いつもならどんどん仕事を進めている手は、ぴたりと止まったままだ。


「てるちゃん?てるちゃん?てるちゃんってば!」

「えっ?は、はいっ!」

「大丈夫?やっぱり調子悪いんじゃない?さっきから進んでないよ」


多佳子に肩を揺さぶられ、ようやく意識が戻ってきたようだ。


「多佳子さん・・・すみません。何でもないんです」

「佐藤さん、具合が悪いなら、無理しないでくださいね」


心配で声をかけると、てるの体がびくっと震えた気がした。


「いえ、本当に大丈夫です。申し訳ありませんでした」


その表情は、いつかと同じ。

一切の表情をそぎ落とした顔で。


そして無言で席につき、仕事を再開したてるに、勝利は掛ける言葉を持ち合わせていなかった。

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