1.赤家勝利の生い立ち
第二章は赤家視点です。
てるの時ほどは字数をかけず、さっくり進めていくつもりです。
更新は滞るかもしれません・・・。
赤家勝利は生まれてから16年間、自分が人間であることを疑ったことは無かった。
何を当たり前なことを、と思われるかもしれない。
しかし16歳の夏、彼のこの認識は覆された。
きっかけは、そう、クラス替えで初めて同じクラスになった女子生徒だ。
自惚れるわけではないが、勝利は顔立ちが整っている。これは明らかに母からの遺伝だ。そして姉も大層美人だ。性格に難はあるが。父だけが良く言えば和む、悪く言えば地味な顔立ちをしている。
そんなわけで、昔からそれなりにモテてはいたが、姉のせいで女性に対してあまりいい感情が持てず、周りの男子ほど【彼女】というものに対して憧れを持っていなかった。
仕方がない。姉は最強だった。弟である自分を下僕のようにこき使い続けてきた。今では確実に自分の方が力が強いはずなのに、精神面で勝てない。刷り込まれている。
姉のために弁解しておくと、そこに愛情がないわけではない。それは分かるのだが、やはり幼少期の経験の積み重ねは大きく、【女子=乱暴、高圧的、強者】と思ってしまうのは仕方のないことだろう。
話が逸れた。
とにかくこの年、赤家勝利は初めて恋に落ちた。
相手は同じクラスの物静かな女子。
少しずつ接点が増え、会話が増え、一緒にいる時間が増えるうちに、思いはどんどん募っていく。相手もまんざらでもない様子な気がする。
そしてある日、決定的な出来事が起きた。
たまたま転びそうになった彼女の腕を引いて、二人は物理的に急接近したのだ。
男子とは違う柔らかさとふわりとした甘い香りは勝利の脳髄に直接響く。
そして本能が叫んだ。
『彼女の血を吸いたい』
次の瞬間には、勝利は彼女を置いて走り出していた。
動揺していたのだ。普通の人間が思うはずもない気持ちに。
しかしその本能は消えるどころか、どんどん強くなるばかりだった。
気持ち悪い。なぜこんなことを思うんだ自分は。だってこれではまるで、アレみたいではないか。
そう、彼がこの世の中で一番嫌悪している物体、それは蛭だった。
昔、ヤマヒルに襲われて以来、彼の中で蛭はこの世で駆逐したい生き物ナンバーワンになった。見た目もさることながら、あの生命力、吸血への執念何をとっても恐怖しか感じない。
そんな生き物と同じことを本能が訴えるなんて・・・自分でも自分が信じられない。
夕飯時、憔悴しきった勝利の様子を見て、父が声をかけてきた。
「何か悩みがあるんじゃないか。誰かに話すだけで楽になることもあるぞ」
父は器が広い。そこは大変尊敬している。
そんな父に、二人きりで、昼間あった出来事を話した。高校生になって、父に『好きな人ができた』と話すのは気恥しかったが、それよりも重要な問題があるのだから仕方ない。
『血を吸いたいと思ってしまった』と話した瞬間、座って聞いていた父が急に立ち上がった。
「香蓮!香蓮、赤飯炊いてくれ!勝利がやっと目覚めたぞ!」
「・・・は?」
ちなみに香蓮とは、母の名である。
「え、文利さん、まさか、かっちゃんが!?」
「そうなんだよ香蓮!てっきり、勝利は人間なのかなーと思ったが・・・やっぱり君の遺伝が強いんだな!」
ちなみに文利は父で、かっちゃんは勝利の小さい頃の呼び名なのだが、母はいまだに使う。
「えっと・・・?」
「なーにー?何の騒ぎー?」
「あ、香澄ちゃん!かっちゃんが目覚めたのよやっと!あーもう!こんなことなら今日お祝いしたかったわー。仕方ないから明日ね。かっちゃん何食べたい?ハンバーグ?ビーフシチュー?」
「あんたこの年で初恋なわけ!?はぁーウケる!私なんか5歳の時には目覚めてたけど?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った!」
本人そっちのけで騒ぎ始めた家族にストップをかける。
勝利以外は、血を吸いたいという奇妙な欲求に全く驚いていないのは何故だ。
「なんで、そんな嬉しそうなの・・・?だって、おかしいよ、血を吸いたいなんて・・・」
「何言ってんの、バカじゃないの?おかしくないわよ。あんた、吸血鬼なんだから」
「は?」
「もーう、香澄ちゃんてば言い方乱暴よー。ごめんねかっちゃん。今まで目覚めてないから、かっちゃんはもしかして普通の人間なのかなと思って黙ってたんだけど」
そう前置いて、母は話し始めた。
自身が吸血鬼であること。
現代の吸血鬼は、いわゆる吸血鬼らしい特徴をほとんど失っていること。
姉はとっくに吸血鬼として目覚めていたこと。
「ごめんねー。赤家一族は、あまり特殊能力なくて。他の一族だと、蚊に変身できる人たちもいるんだけど」
「いやそれ別に必要ない。っていうかそこじゃない」
「で?で?あんたが好きになった子ってどんな子よ?可愛い系?綺麗系?年下?年上?」
「言わねぇぜってぇ言わねぇ。ってか何で分かんだよ好きな子できたって」
「分かるに決まってんでしょ。現代の吸血鬼が吸いたくなるのは、好きな相手だけなんだから。って言うかお姉様に向かってその言葉遣いはどういうことだ。あぁん?」
「いやー、勝利が恋ねぇ・・・君と出会った頃を思い出すよ、香蓮」
「文利さんったら・・・私たちが出会ったのは、私が17歳と3ヶ月29日の時よ?」
「そうだったね。僕が19歳と8ヶ月5日の時だった。初めて吸われたのはその3日後で・・・」
「はいはいそこの万年新婚夫婦。続きは部屋か外行ってやって」
「そうだね、久々に夜のドライブデートに行こうか、香蓮」
「そうね文利さん。じゃあ、お皿洗いよろしくね」
そして両親はうきうきしながら出て行ってしまった。
「えー・・・と・・・」
「あ、私明日までのレポートあったから今から部屋に缶詰めだわあとよろしくね勝利それじゃ」
「おいその棒読みぜってぇ嘘だろ!」
姉は姉でさっさと部屋に閉じこもり。
結局、勝利が皿を洗ったのだった。
皿を洗いながら、思い出した。
蛭に襲われた時の家族の会話を。
「やっだー!私初めて吸われたわー!しかもこんなに!!」
「そうだね、君はいつも吸う側だから。僕はいつもこちら側だよ?」
「きゃ!文利さんと同じ気持ちを味わうことができたのね」
「まあでも、君に吸われるのはもっとこう、幸せな気持ちになるというか、ムラムラするというか・・・」
「やぁだ文利さん!子どもたちの前で・・・」
「仕方ないだろう?僕は君に吸われるのが好きなんだから」
「鬱陶しいよーおとーさんおかーさん。ってか、蛭と一緒って言われて喜ばないでよおかーさん」
そのとき、勝利は蛭の恐怖に震えていたので会話の意味についてそこまで考えている余裕がなかったのだが、今なら分かる。あれは、母が吸血鬼で父は被食者だということだ。そして姉は、すでにそれを知っていた。
器が広すぎるにも程があるだろう父。
家族はあっけらかんとしていたが、勝利はどうしても、自身の吸血衝動を受け入れられなかった。
血を吸いたいと思う度に、脳内に奴が現れる。
そう、蛭が。
自分が最も嫌悪している生物と同じことをするなんて、とてもじゃないけれどできない。
それがたとえ、淡い恋心を抱く彼女から離れることに繋がるとしても。
だから翌日、勝利は家族に宣言した。
『俺は一生、吸血しない』
家族は驚いた。
母は勝利を説得しようとした。
人間である父でさえ、「それは無理だ。好きな人がいれば、吸いたくなるのが吸血鬼の本能なんだよ。それを曲げることはできない」と諭そうとした。
しかし勝利は宣言を撤回したりはしなかった。
姉だけは、「やってみればー?どうせ無理だから」と他人事のように言っていた。
この日から、勝利は変わった。
極力、異性とは関わらなくなった。
好きになった彼女にさえ、近付かない。心が軋むように痛んだが、それでも彼女を吸血することに比べればマシだった。彼女とはそのまま、疎遠になった。
時々、告白を受けることがあったが、すべて断った。
時々、異性の何気ないやさしさに心がときめきそうになることがあったが、すべて自分から離れた。
それがつらいとは思わなかった。
吸血することに比べれば何でもないし、だんだん恋愛関係について何とも思わなくなっていた。
最初は考え直すように言っていた両親も、そのうち何も言わなくなった。
勝利は、これから先ずっと吸血することなく一人で生きていくのだろう、そう考えていたし、そう望んでいたのだ。
31歳になり、運命の出会いを迎えるまでは。




