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新月の夜にあなたと  作者: ぽてとこ
彼女の話
15/37

15.伝わる気持ち、繋がる想い

目立つ気はさらさらなかったのに、ビンゴに当選、そして今、てるは猛烈に困っていた。


「どうして、配送まで頼んでくれなかったのかなぁ・・・?」


てるへの商品は、コーヒーメーカー。最近流行りのカプセル式と呼ばれるもので、指定のカプセルもセットになっているため、なかなかの大きさと重量となっている。

プラスチックの持ち手は付いているが、ドレスにヒールといういつもとは180度違う格好のてるには、少々荷が重い賞品だ。


「しかも、コーヒーそんなに飲まないし・・・」


ぶつぶつ呟きながら、何とか会場の端の方に寄る。

先程までいたところは、ステージとは反対側。この大荷物を持って移動する気にはなれないが、鹿野は待っているのだろうか。


悩んでいるてるの背中に、声がかけられた。


「あの、よかったら運びましょうか?」

「え?」


振り返ると、見知らぬ男性社員が立っている。


「あ、すみません。重そうだなって思って。もしよければ、俺運びますよ」

「いえ、あの、でも・・・」


仕事中は平気だが、基本的にはてるは人見知りだ。特に男性は、どうしても過去の出来事がよぎる。

どう断ろうかと考えていると、別方向からよく知った声がした。


「あー大丈夫ですよ。うちの課の者なんで。コイツがちゃんと運びます」

「え、俺っすか!?」

「当たり前だろうよ。何で先輩に運ばせる気なんだよお前」

「あ。佐藤さん、本橋さん、木田さん・・・」


二課のいつもの面々に、てるはほっと息を吐く。

彼らならば安心だ。


いつの間にか、てるに声をかけてきた男性はいなくなっていた。


本橋がコーヒーメーカーを持ち、佐藤(男)と木田がてるの両側につく。


「そんなに心配しなくても、ちゃんと歩けますよ?」

「いやいや、そう言う問題じゃないから。てるちゃんをちゃんと送り届けないと、俺たちが姉御にどやされるから」

「姉御?」

「そうっすよ!てるさん、今日はめっちゃ綺麗っす!一人で歩いてたら危ないっすよ!!」

「お前なぁ・・・今日『は』って言うなよ。そう言うところがモテないんだぞ」

「いえいえ、本橋さんの言葉は事実ですよ。今日だけ、多佳子さんが魔法をかけてくれたんです」


木田の本橋への指摘はもっともだ。

てるはそちらに気を取られ、『姉御』が誰を指すのか聞くのを忘れていた。


「あ、てるちゃん、こっちこっちー!」

「あ!多佳子さん!」


奥の方に、多佳子の姿が見えた。

二課の三人はてるを多佳子のもとに連れていくと、どこかへ行ってしまった。

コーヒーメーカーは、てるの足元に置いてある。


「すごいねてるちゃん!よく当たったね!」

「うーん、あまりコーヒーに興味ないんですけどね。まあ当たったんだから文句言っちゃいけませんね」


ビンゴ大会は終わり、いつの間にか締めの挨拶が始まっている。

これにてパーティはお開きだ。


「どうするの?これ。手で持って帰る?」

「近くのコンビニまで持って行って、配送頼みますよ」


いくら服と靴を変えても、これを持って帰る元気は今のてるには無い。

昨夜はよく眠れたとはいえ連日の寝不足に加え、慣れないパーティですっかり気疲れしてしまった。


「俺、車だから送ろうか?」

「え、鹿野さん?」


いつの間に近くにいたのだろう。帰る人、二次会に行く人などでざわめく会場の中、鹿野が車のキーを見せながら話しかけてきた。


「ちゃんとアルコールは飲んでないし。配送料かけるの嫌じゃない?」

「いえ、そんな、そこまでしてもらうわけには・・・」


てるが断ろうとすると突然、腕を誰かに掴まれた。

力強いそれは確かに男性のもので。

振り返ろうとしたてるの耳が捕らえたのは、いつも聞いている低く響く声。


「私が一緒にいますので結構です」

「・・・え・・・?」


呆けている間に、コーヒーメーカーとてるのパーティバッグを持った赤家が、半ば引きずるようにしててるをエレベーターホールに連れてきた。

迷わず押す階は、エントランスにつながる1階ではなくて―――。


「あの、課長?」

「いいから着いてきて」


それ以上は黙ったまま。すぐにエレベーターは到着を告げる明るい音を立てた。

どう見ても客室が並ぶ廊下を、赤家はずんずん歩く。バッグを持たれている以上、着いていくしかないてるは、無言の赤家が開けたドアの奥に入った。


「お邪魔します・・・」


ついつい小声になったのは仕方がない。

高級ホテルの部屋など、初めて見た。部屋の広さもそうだが、調度品の一つひとつが高そうだ。こういう状況でもなければ、洗面所やお風呂、ベッドの寝心地も確かめてみたい所なのだが。


そう、ホテルの部屋に圧倒されている場合ではない。

何故課長がここに連れてきたのかは不明だが、おそらく邪魔されず二人きりで話がしたかったからだろう。

そしてそれはきっと、課長に好きな人ができたから吸血を終わりにしようと言うためで・・・。


「・・・佐藤さん」

「は、はい!」

「とりあえず、座ったら」


ソファを勧められ、腰かける。座り心地は抜群だったが、堪能している余裕はない。

赤家も隣に腰を下ろす。

吸血の時はもっと近づいているはずなのに、その距離がとてつもなく近く感じる。


いよいよその時が来たのかと、てるは覚悟を決める。

みっともなく泣かないようにしなくては。赤家の前ではせめて、いつもの自分でいたい。


「・・・昨日、うちの姉に会ったそうだな」


予想と違う話題に、てるは拍子抜けする。


「え、あ、はい。帰宅しようとしたら呼び止められて・・・」

「いろいろ、騒がしかったろ。悪かったな」

「いえ、そんな・・・」


あれ、違うのかな?まさか。きっと本題はこれからなんだ。

こういうときは油断をしない方がいい。

てるは気を引き締め直す。

自分のことでいっぱいいっぱいのてるは気付いていなかった。赤家が、どんな表情をしているのか。


「・・・姉に、言われた。佐藤さんが、俺から、離れようとしてるって」

「・・・え」

「散々言われた。手も・・・まあそれはいい。何をしてるんだ不甲斐ないって。・・・本当に、ずっと君に甘えてきてしまった・・・」

「課長・・・?」


予想していた内容と近いのに、全然違う雰囲気を感じるのはてるの気のせいなのだろうか。

そう、まるでこの雰囲気は・・・。


「ちゃんと、伝えていればよかった。ヘタレでごめん。俺は・・・君が、好きなんだ」


てるをまっすぐ見つめるその目に、嘘やからかいの色は全く見えなくて。

それでもてるの口を突いて出たのは、「うそ・・・」という言葉だった。


「嘘じゃないよ」

「だって・・・え、あの、久子さんは?」

「どうして斎藤がそこで出てくるのか分からないんだけど。俺が好きなのは、君。佐藤てるだけ。・・・泣かないで、ごめん」


言われて初めて、てるは自分が涙を流していることに気付いた。


「ごめん、やっぱり・・・嫌だった、よね」


意気消沈した赤家の言葉に応えようとしても、喉から出てくるのは嗚咽ばかり。


「ごめ・・・なさ、っく。び、くりして、止まら、ふっく、な・・・」


誤解を解きたくて必死に紡いでも、言葉は途切れとぎれだ。

赤家にどこまで伝わったのか分からず、不安になって涙に濡れた目で見上げる。


「・・・うん、分かった。まずは泣き止んで」


そう言って、いつかと同じように、そうっと腕が伸びてきて、抱き締められた。

ポロポロとこぼれる涙は、赤家のシャツに次々吸収されていく。

背中には自分より大きな手が、あやすように優しくリズムを刻む。


そしてようやく涙が止まった頃、言われた内容と自分の置かれている状況に、てるの心臓は今更暴れだした。


好きって言われた。聞き間違いじゃない、だって二回も言われた。本当に?課長が、私を?


どくどくどくどく。


心臓はどんどん加速するばかりで、一向に静まってくれない。


しかしてるは気付いてしまった。赤家の心臓も、同じくらい速く鼓動を刻んでいることに。

相手の緊張に気付いたことで、てるのうるさかった心臓が、少しずつ落ち着いていく。


とくとく、とくとく。


赤家の気持ちに応えたい。この気持ちを伝えたい。


とくとく、とくとく。


「・・・佐藤さん?」

「わたし、も、」


好きです、と。

きちんと伝えられたか、てるには分からなかった。


連日の寝不足、パーティ疲れに加え、まったく予想しなかった告白を受け、てるはすでにキャパオーバーだったのだ。




・~*~・~*~・~*~・




すーすーと、規則正しい寝息を立てるてるを、赤家はそっとベッドに運んだ。

靴を履いたままなことに気付き、そっと脱がせる。

刺さっては痛いだろうと、ヘアピンを抜き取り、全く起きる気配の無いてるの髪を指でく。


現代の吸血鬼(俺たち)は、好きな相手の血しか吸えないって言ったら、君はどんな顔をするのかな・・・」


明日起きたら言ってみよう。

そして全部話すんだ。君と出会った日から、全部。

第一章、完。



たくさんのアクセス、ありがとうございます。

作者は飛び上がって狂喜乱舞しています。

本当にありがとうございます!

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