15.伝わる気持ち、繋がる想い
目立つ気はさらさらなかったのに、ビンゴに当選、そして今、てるは猛烈に困っていた。
「どうして、配送まで頼んでくれなかったのかなぁ・・・?」
てるへの商品は、コーヒーメーカー。最近流行りのカプセル式と呼ばれるもので、指定のカプセルもセットになっているため、なかなかの大きさと重量となっている。
プラスチックの持ち手は付いているが、ドレスにヒールといういつもとは180度違う格好のてるには、少々荷が重い賞品だ。
「しかも、コーヒーそんなに飲まないし・・・」
ぶつぶつ呟きながら、何とか会場の端の方に寄る。
先程までいたところは、ステージとは反対側。この大荷物を持って移動する気にはなれないが、鹿野は待っているのだろうか。
悩んでいるてるの背中に、声がかけられた。
「あの、よかったら運びましょうか?」
「え?」
振り返ると、見知らぬ男性社員が立っている。
「あ、すみません。重そうだなって思って。もしよければ、俺運びますよ」
「いえ、あの、でも・・・」
仕事中は平気だが、基本的にはてるは人見知りだ。特に男性は、どうしても過去の出来事がよぎる。
どう断ろうかと考えていると、別方向からよく知った声がした。
「あー大丈夫ですよ。うちの課の者なんで。コイツがちゃんと運びます」
「え、俺っすか!?」
「当たり前だろうよ。何で先輩に運ばせる気なんだよお前」
「あ。佐藤さん、本橋さん、木田さん・・・」
二課のいつもの面々に、てるはほっと息を吐く。
彼らならば安心だ。
いつの間にか、てるに声をかけてきた男性はいなくなっていた。
本橋がコーヒーメーカーを持ち、佐藤(男)と木田がてるの両側につく。
「そんなに心配しなくても、ちゃんと歩けますよ?」
「いやいや、そう言う問題じゃないから。てるちゃんをちゃんと送り届けないと、俺たちが姉御にどやされるから」
「姉御?」
「そうっすよ!てるさん、今日はめっちゃ綺麗っす!一人で歩いてたら危ないっすよ!!」
「お前なぁ・・・今日『は』って言うなよ。そう言うところがモテないんだぞ」
「いえいえ、本橋さんの言葉は事実ですよ。今日だけ、多佳子さんが魔法をかけてくれたんです」
木田の本橋への指摘はもっともだ。
てるはそちらに気を取られ、『姉御』が誰を指すのか聞くのを忘れていた。
「あ、てるちゃん、こっちこっちー!」
「あ!多佳子さん!」
奥の方に、多佳子の姿が見えた。
二課の三人はてるを多佳子のもとに連れていくと、どこかへ行ってしまった。
コーヒーメーカーは、てるの足元に置いてある。
「すごいねてるちゃん!よく当たったね!」
「うーん、あまりコーヒーに興味ないんですけどね。まあ当たったんだから文句言っちゃいけませんね」
ビンゴ大会は終わり、いつの間にか締めの挨拶が始まっている。
これにてパーティはお開きだ。
「どうするの?これ。手で持って帰る?」
「近くのコンビニまで持って行って、配送頼みますよ」
いくら服と靴を変えても、これを持って帰る元気は今のてるには無い。
昨夜はよく眠れたとはいえ連日の寝不足に加え、慣れないパーティですっかり気疲れしてしまった。
「俺、車だから送ろうか?」
「え、鹿野さん?」
いつの間に近くにいたのだろう。帰る人、二次会に行く人などでざわめく会場の中、鹿野が車のキーを見せながら話しかけてきた。
「ちゃんとアルコールは飲んでないし。配送料かけるの嫌じゃない?」
「いえ、そんな、そこまでしてもらうわけには・・・」
てるが断ろうとすると突然、腕を誰かに掴まれた。
力強いそれは確かに男性のもので。
振り返ろうとしたてるの耳が捕らえたのは、いつも聞いている低く響く声。
「私が一緒にいますので結構です」
「・・・え・・・?」
呆けている間に、コーヒーメーカーとてるのパーティバッグを持った赤家が、半ば引きずるようにしててるをエレベーターホールに連れてきた。
迷わず押す階は、エントランスにつながる1階ではなくて―――。
「あの、課長?」
「いいから着いてきて」
それ以上は黙ったまま。すぐにエレベーターは到着を告げる明るい音を立てた。
どう見ても客室が並ぶ廊下を、赤家はずんずん歩く。バッグを持たれている以上、着いていくしかないてるは、無言の赤家が開けたドアの奥に入った。
「お邪魔します・・・」
ついつい小声になったのは仕方がない。
高級ホテルの部屋など、初めて見た。部屋の広さもそうだが、調度品の一つひとつが高そうだ。こういう状況でもなければ、洗面所やお風呂、ベッドの寝心地も確かめてみたい所なのだが。
そう、ホテルの部屋に圧倒されている場合ではない。
何故課長がここに連れてきたのかは不明だが、おそらく邪魔されず二人きりで話がしたかったからだろう。
そしてそれはきっと、課長に好きな人ができたから吸血を終わりにしようと言うためで・・・。
「・・・佐藤さん」
「は、はい!」
「とりあえず、座ったら」
ソファを勧められ、腰かける。座り心地は抜群だったが、堪能している余裕はない。
赤家も隣に腰を下ろす。
吸血の時はもっと近づいているはずなのに、その距離がとてつもなく近く感じる。
いよいよその時が来たのかと、てるは覚悟を決める。
みっともなく泣かないようにしなくては。赤家の前ではせめて、いつもの自分でいたい。
「・・・昨日、うちの姉に会ったそうだな」
予想と違う話題に、てるは拍子抜けする。
「え、あ、はい。帰宅しようとしたら呼び止められて・・・」
「いろいろ、騒がしかったろ。悪かったな」
「いえ、そんな・・・」
あれ、違うのかな?まさか。きっと本題はこれからなんだ。
こういうときは油断をしない方がいい。
てるは気を引き締め直す。
自分のことでいっぱいいっぱいのてるは気付いていなかった。赤家が、どんな表情をしているのか。
「・・・姉に、言われた。佐藤さんが、俺から、離れようとしてるって」
「・・・え」
「散々言われた。手も・・・まあそれはいい。何をしてるんだ不甲斐ないって。・・・本当に、ずっと君に甘えてきてしまった・・・」
「課長・・・?」
予想していた内容と近いのに、全然違う雰囲気を感じるのはてるの気のせいなのだろうか。
そう、まるでこの雰囲気は・・・。
「ちゃんと、伝えていればよかった。ヘタレでごめん。俺は・・・君が、好きなんだ」
てるをまっすぐ見つめるその目に、嘘やからかいの色は全く見えなくて。
それでもてるの口を突いて出たのは、「うそ・・・」という言葉だった。
「嘘じゃないよ」
「だって・・・え、あの、久子さんは?」
「どうして斎藤がそこで出てくるのか分からないんだけど。俺が好きなのは、君。佐藤てるだけ。・・・泣かないで、ごめん」
言われて初めて、てるは自分が涙を流していることに気付いた。
「ごめん、やっぱり・・・嫌だった、よね」
意気消沈した赤家の言葉に応えようとしても、喉から出てくるのは嗚咽ばかり。
「ごめ・・・なさ、っく。び、くりして、止まら、ふっく、な・・・」
誤解を解きたくて必死に紡いでも、言葉は途切れとぎれだ。
赤家にどこまで伝わったのか分からず、不安になって涙に濡れた目で見上げる。
「・・・うん、分かった。まずは泣き止んで」
そう言って、いつかと同じように、そうっと腕が伸びてきて、抱き締められた。
ポロポロとこぼれる涙は、赤家のシャツに次々吸収されていく。
背中には自分より大きな手が、あやすように優しくリズムを刻む。
そしてようやく涙が止まった頃、言われた内容と自分の置かれている状況に、てるの心臓は今更暴れだした。
好きって言われた。聞き間違いじゃない、だって二回も言われた。本当に?課長が、私を?
どくどくどくどく。
心臓はどんどん加速するばかりで、一向に静まってくれない。
しかしてるは気付いてしまった。赤家の心臓も、同じくらい速く鼓動を刻んでいることに。
相手の緊張に気付いたことで、てるのうるさかった心臓が、少しずつ落ち着いていく。
とくとく、とくとく。
赤家の気持ちに応えたい。この気持ちを伝えたい。
とくとく、とくとく。
「・・・佐藤さん?」
「わたし、も、」
好きです、と。
きちんと伝えられたか、てるには分からなかった。
連日の寝不足、パーティ疲れに加え、まったく予想しなかった告白を受け、てるはすでにキャパオーバーだったのだ。
・~*~・~*~・~*~・
すーすーと、規則正しい寝息を立てるてるを、赤家はそっとベッドに運んだ。
靴を履いたままなことに気付き、そっと脱がせる。
刺さっては痛いだろうと、ヘアピンを抜き取り、全く起きる気配の無いてるの髪を指で梳く。
「現代の吸血鬼は、好きな相手の血しか吸えないって言ったら、君はどんな顔をするのかな・・・」
明日起きたら言ってみよう。
そして全部話すんだ。君と出会った日から、全部。
第一章、完。
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