14.パーティはいろいろなことが起きるもので
翌日。
午後からはパーティの準備が始まるため、多少浮足立っている社内の様子もいつもと違ったが、それよりはっきり違和感を感じたのは、出勤してきた上司の姿だった。
「おはようございます」
「おはようございます・・・」
やはり目を合わせづらく、お辞儀をしたふりをして俯いていると、いつも颯爽と歩く上司の足取りが鈍いことに気が付いた。
何となく前かがみで、おなかのあたりに手を添えている。
多佳子も気が付いたらしい。「課長、おなかの具合でも悪いんですか?胃薬要ります?」と机の引き出しから薬の瓶を出してきた。
「いえ、内側ではなく外側なので・・・すみません、そのうち治りますので、お気になさらず」
てるにはよく分からなかったが、どうやら大丈夫らしいと聞いてほっとした。
・~*~・~*~・~*~・
午後5時から始まるパーティーに合わせ、会場のホテルに行き、着替えたりメイクをしたりして準備する。
ドレスを着るように言ったのは社長なので、ホテル内に着替えとメイク用の部屋をいくつか押さえておいてくれたようだ。
美容院でヘアセットをしてもらってから来る人もいるため、てるが予想していたよりもその部屋を使っている人は少なかった。
「さぁて、てるちゃん。着替えて、メイクして、髪の毛もちょっといじりましょうね~」
手をワキワキさせながら言う多佳子に少しの恐怖を感じる。
「た、多佳子さん。私、髪はやらなくても。短いからアレンジのしようがないんじゃ・・・」
「そんなことないから!できるから!お姉さんに任せなさい!!ほら、着替えて着替えて!!!」
「は、はい!」
もうお任せするしかないと、すべてを多佳子に預ける気持ちでお願いした。
多佳子はどんな風に化粧をしているか説明してくれたが、そもそも用語が分からないのでてるには理解できない。
それでも、出来栄えは確かに、お願いして大正解だと思うものだった。
「ほぉら、髪だっててるちゃんくらいの長さがあれば、短くても編み込みくらいはできるもんよ」
「すごい・・・多佳子さんすごいです・・・!」
あまり器用ではないてるには神業にしか見えない。
多佳子はサイドの髪を編み込みにし、ピンでとめてくれた。それだけで、雰囲気が全然違う。
「眼鏡どうする?本当はない方がいいんだけど・・・。ないと見えないよね?」
「あ、これダテなんで」
「え?そうなの!?」
「ブルーライトカットは入ってますけど」
野暮ったい雰囲気にするためにかけ始めた眼鏡は度なし。てるは両目とも2.0なのが自慢だ。
「じゃあちょうどよかったかな。はい、完成!」
メイク用の鏡から、全身が映る姿見の方に行く。
そこに映っていたのは、人並みにおしゃれしてパーティーに臨む、1人の女性の姿。
「これ・・・」
「ふっふー、どうよ!自信作よ?」
「知り合いに会っても気付いてもらえなさそう・・・」
それくらい、普段と違う。
「いいのー、パーティーなんて非日常なんだから。楽しみましょ!」
自分のメイクをしながら多佳子が弾んだ声で言う。
「そうですね」
せっかくのパーティーはちゃんと楽しもう。
そして、終わったら赤家にきちんと伝えよう。
もう、血を提供するのは終わりにします、と。
それがきっと、お互いのためになるのだから。
・~*~・~*~・~*~・
『気付いてもらえなさそう』というてるの予想は大当たりだった。
同じ二課の佐藤(男)でさえ、「え?てるちゃん!?マジで!?嘘だろ・・・」と本人を前に素直に感想をこぼすくらいだ。
てるはあまり目立ちたくなかったので、できるだけ壁にくっついていることにした。
立食形式だが、休憩用のイスが壁沿いに並んでいる。あまり高くないとはいえ、ヒールのある靴は足に負担がかかるので、そのうちの一つに腰を下ろした。
先程までは多佳子と一緒に美味しい食事をいただいていたが、昔お世話になった人を見つけたらしく、多佳子が挨拶に行ってしまったので一人だ。
「てーるちゃん!」
「あ・・・田淵さん」
「お、名前覚えてくれたの?ありがとー!いやー、てるちゃん、大変身だね!ビフォーアフターって感じ!!どう、俺と付き合わない?」
軽い調子で隣の椅子に腰かけてきた田淵は、女慣れしているのだろう。よどみなく声をかけてくる。
あまりの軽さに本気に取れず、てるはくすくす笑ってしまった。
「笑った!これって脈あり!?」
「私なんか相手にしなくても、田淵さんならいくらでもお相手がいるでしょう?」
「それがねー、なかなか本気にしてもらえなくって。結局今もフリーなんだな。だからどう?てるちゃん!今ならお買い得だよ!」
「買わないからとっとと離れろ」
急に割り込んだ冷たい声に、体がビクンと跳ねる。
「なんだよ赤家ー。ナンパしてるんだから邪魔すんなよ」
「うちの部下を勝手にナンパするな。あと、あっちに挨拶回りいくんだろ?付き合えって言ったのはお前だ」
ちぇーめんどくせ、とぶつくさ言いながらも、田淵は立ち上がる。
てるは顔を上げられなかった。話があると、言わなければいけないのに。
赤家がどんな表情で立っているのか、それともてるのことなんてまったく気にしていないのか、てるから窺い知ることはできない。
「じゃあねてるちゃん。あ、ドレス、すっごい似合ってるよ。めっちゃ綺麗!」
最後にそれだけ言って、田淵は赤家と共に離れていった。
ふーっと、意識して長く息を吐く。
いつの間にか、呼吸を止めていたらしい。
挨拶回りと言っていたから、しばらくは赤家と会うことはないだろうけれど。
自分だって顔を見られなかったくせに、赤家から一言も声をかけられないことを寂しく感じるなんて。
なんて自分勝手なんだろうと、自分に呆れる。
会場では、着飾った男女が、あちらこちらで話をしている。
一人でいるのはどこか不安だ。自然、うつむき加減になる。
「あれ?てるちゃんだよね?」
急に声を掛けられて顔を上げると、どこかで見たことがある顔立ちの男性が立っていた。
「え・・・と」
「覚えてない?総務の鹿野だよ。てるちゃんの一個上の」
「・・・あ、鹿野さん!」
てるが総務部にいたとき。教育係は久子だったが、鹿野は年が近かったため、業務で分からないことがあると時々相談していた。
お世話になった人なのにすぐ気が付かないなんて、やはり今、冷静ではないらしい。
「すみません鹿野さん、ドレスアップしていてすぐに分かりませんでした」
「ドレスアップって・・・まあ、髪型くらいは違うけど、あまり変わらないよ?久しぶりだね。って言うか見違えた。どこのお嬢さんかと思ったよ」
「普段がアレですからね。ギャップで余計によく見えるんですよ。実際は中の下でも、ギャップで中の上くらいに見えるっていうことです」
「違うよてるちゃん」
急に真面目なトーンになり、てるは相手の顔をしっかり見た。
鹿野はまっすぐにこちらを見ている。熱のこもった目で。
「てるちゃんは元々綺麗なんだよ。普段は何もしていないだけで。ちゃんとしたら、そこら辺の女子社員よりよっぽど綺麗だと思うよ?」
「そ、んな・・・言い過ぎですよ」
「言い過ぎじゃないよ。てるちゃんは自分のこと分かってなさすぎ。・・・あのさ、もしよかったら、パーティーの後、」
がらんごろーん!
『営業二課の佐藤てるさん、大当たりー!前に出てきてくださーい!』
「へ?は、はい!」
急に聞こえて来た鐘の音と共に名前を呼ばれ、反射的に返事をしてしまう。
いつの間にか、ビンゴ大会になっていたらしい。
ビンゴと言いつつ、実際は唯のくじ引きだ。全社員の名前が書いてある紙が箱の中に入っていて、社長が引いていく。引かれた人はそれぞれ景品がもらえる、というものだ。
「行っておいで、てるちゃん」
「あ、はい、行ってきます」
何かを言いかけた鹿野も気になるが、早く出ていかないとまた名前を呼ばれかねない。
てるはヒールに苦戦しつつ、なるべく早くビンゴ大会を行っているステージの方へ急ぐのだった。




