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新月の夜にあなたと  作者: ぽてとこ
彼女の話
13/37

13.綺麗なお姉さんの正体は

それから数日。


てるはひたすらに仕事に打ち込んだ。

時間が空くと余計なことを考えそうで休憩もろくに取らず、しかし夜も大して眠れず、仕事漬けの毎日。

日に日に顔色が悪くなるてるを多佳子は心配したが、「何でもないです。大丈夫です」と突っぱねた。

多佳子にそんな態度をとるのは、初めてだった。

時々、課長のデスクからもの言いたげな視線が飛んでくるのは感じたが、すべて無視した。


何も知らない頃に戻るだけだ。


赤家の秘密も、どんな風に笑うかも、敬語ではない喋り方も、そっと抱き寄せられた温かさも。


全てを忘れてしまえば、仕事一本で一人で生きていくことしか考えていなかった、佐藤てるに戻れるはずなのだから。




・~*~・~*~・~*~・




50周年記念パーティーを明日に控えた木曜日。

明日は残業できないため、少し残ろうと思っていたてるは、多佳子によって強制的に帰宅させられた。


「てるちゃん、帰りなさい。自分で帰らないなら、拉致してでも家に連れていくから」


有無を言わさぬ物言いに、「はい」とだけ返事をし、二課を後にする。

早く家に帰っても、特にすることはない。それに、玄関を見る度に、そこで起こったことを思い出してしまう。

どこか寄り道でもしようかと考えながら会社のロビーに着くと、後ろから声を掛けられた。


「あなたが、佐藤てるさん?」

「え、あ・・・はい」


聞いたことがない女性の声に振り替えると、女優かモデルではないかと思われるような絶世の美女が立っていた。

腰まである艶めく髪は緩くウェーブを描いていて、街中で見たら男女問わず必ず二度見したくなるほど整った顔立ち。メイクも服装もとても似合っていて、自分の魅力を引き立たせる方法を熟知しているのが分かる。


そんな美女が、てるにいったい何の用なのか。


「・・・勝利のことで話があるの。付き合ってちょうだい」


その言葉に、てるは大きく身を震わせた。

『勝利』という名前の人物を、てるは一人しか知らない。


ということは、この女性は、赤家の恋人なのだろうか。


女性はさっさと歩き、近くにあるカフェに入っていった。

てるは小走りで追いつき、ミルクティーを注文してから女性の向かいに座る。


その間も女性は、隠そうともせず、てるをじろじろと眺めていた。


「ちょっと意外だけど、磨けば光りそうね」

「はい・・・?」

「あなたでしょ。勝利が吸血してる相手」

「へっ?あ、え!?」


声を潜めずにそんなことを言い出した相手に、てるの方が慌ててしまう。


「隠さなくてもいいわよー知ってるんだから」

「いえ、その、ま、周りの人がですね」

「誰も聞いてないわよ。普通に会話してるんだったら」


確かに、周りの客もそれぞれ、友人と話したり、音楽を聞きながら勉強していたりと、こちらの会話が聞こえている素振りはない。


「で?合ってるんでしょ?佐藤てるさん」

「は・・・はい」


もしかしたら彼女は、てるが吸血するのを快く思っていないのかもしれない。

それはそうだ。自分の恋人が、他の女性の首に吸い付いて血を吸っているなんて、浮気みたいなものだろう。

でも次回からは断ろうと、てる自身考えていたことだ。


「あの、ご心配なさらなくても、」

「やっぱりそうなのね!本当なのね!あ~あの堅物がやぁっと吸ったのか~!!」

「え?」


突然声のトーンを上げた美女に目を白黒させていると、宙を浮いていたてるの右手をがっしりと両手で掴まれた。


「ほんと、あなたには家族一同感謝してるわ!どうしようかと思ったのよ、『このまま一生吸わないで生きていく』なんて宣言されたとき!絶対どこかで無理が生じると思ったのよねー。犯罪者になる前に、あなたみたいな可愛い子の血をもらえて、勝利はラッキーだわ!これからも、うちの愚弟をよろしくねー!!!」


ハートが飛び散らん勢いで喋りまくる美女に、てるは口を挟めない。

それよりも気になるのは、最後に出た単語。


「ぐていって・・・」

「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。赤家勝利の姉の、赤家香澄(かすみ)です。気軽に『香澄ちゃん』か、『お義姉さん』って呼んでね!」


まさかの血縁者だった。




・~*~・~*~・~*~・




「あ、あの、香澄さん。よろしくと言われましても、私、もう、課長に献血するのおしまいにしようと思っていて・・・」


一人で盛り上がっている香澄を前に、言いにくさで小声になってしまったてるの言葉を、目の前の美女は聞き逃しはしなかった。


「何ですって?」

「いえ、あの・・・だから、」

「どうしててるちゃん!?うちのバカが何かしちゃった?それで愛想を尽かしちゃったの!?」

「そ、そんなことありません!」


いつの間にかちゃん付けになっているが、今のてるにはそこにツッコむ余裕はない。


「そうじゃなくて、あの、課長には、他に好きな方がいらっしゃるようですし・・・。それに、私の血を吸うことになったのは、本当に偶然なんです。だから、そろそろ終わりにしても、」

「てるちゃん?」

「は、はい!」


大声で呼ばれたわけではないのに、今までとトーンが明らかに下がった声に呼ばれ、てるは無意識に背筋が伸びる。


「ちょぉーっと、お姉さんに話してみてくれるかな?偶然?吸うことになったって?」

「あ、はい。ちょうど新月の日に、私が課長のそばで怪我しちゃって・・・それで、血の匂いに誘われちゃったと言いますか」

「ふんふん。まあ最初はそれでもいいわ。で、勝利は何て?」

「その後、事情は聴きました。いっぱい吸わなくても大丈夫だけど、我慢できない時があるとか、」

「あ、そこら辺は飛ばしていいわ。で?」


綺麗にネイルが塗られた爪でこつこつ机を叩きながら、先を促す。


「課長は吸血に嫌悪感を持っているようだったので、私から提案したんです。少しずつ慣れていった方がいいって」

「優しいわね、てるちゃん。で?」

「それで、毎月血をあげるようになりました。・・・以上です」

「え?」

「え?」

「・・・以上?」

「はい、以上です」

「その、どんな人の血を吸うか・・・とか聞いてない?」

「え、もしかして、吸う相手に条件がいるんですか!?どうしましょう、私なんかの血じゃダメだったんじゃ、」


だんっと大きな音がして、てるは椅子の上で飛び上がった。

見ると、香澄がにっこりと笑っている。

ただ、明らかに、目の奥は笑っていない。


「てるちゃん、最後に教えてね。初めて吸血したのって、いつ?」

「えっと、6月だったかと・・・」

「へぇえ、もうすぐ半年なんだー。そんなに長い間、てるちゃんの厚意に甘んじてたんだーあのヘタレは」


香澄が手に持っているコップがミシミシと音を立てているのを見て、てるは恐怖した。

美人が怒ると、迫力があり過ぎて怖い。


「ごめんね、てるちゃん。うちのバカでヘタレチキンな愚弟が、迷惑かけてるわね。・・・私からこれ以上言うことはできないけど、でも、見捨てないでやってほしいの。てるちゃんだけなの。あいつが吸血したのは」

「・・・香澄さん・・・」

「だぁいじょうぶ!お姉さんがちゃぁんと、きっちり、がっちり、話つけとくからね。あ、勝利はまだ仕事中かな?」

「あ、はい。明日残業できない分、今日やっていくと思います」

「そっかそっか、分かった。じゃあてるちゃん、これ私の連絡先ね。何かあったら、気軽に連絡して。じゃあ、またね」


そう言うと香澄は、バッグから名刺を取り出しててるに握らせ、颯爽と店を出ていった。


「・・・何だったのかな・・・?」


香澄の目的はいまいち理解できなかったが、人と話をしたことで、少しすっきりしたようだった。

今日は久しぶりに、ゆっくり眠れそうな気がする。


「よし、帰ろう」


明日はパーティ。ドレスを着るのは正直嫌だが、多佳子がメイクをしてくれるというし、仕事の一環だからもう開き直るしかない。

せいぜい、美味しい料理を食べるとしよう。


赤家のことは・・・、今は何も考えないでおこう。


そう決めたことがよかったのか、布団に入ると、いつもより早い時間だったのにもかかわらず、久々に深く眠ることができたのだった。

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