10.ドレス選び@女子会
多佳子と約束をした週末。
会社にいるときと大して変わらない格好のまま、てるが待ち合わせ場所のショッピングモールに着いてみると、カジュアルな服の多佳子と、可愛らしい女の子が立っていた。
「多佳子さん、お待たせしました!えーと、こちらのお嬢さんは・・・」
「ごめんねてるちゃん。ドレス買いに行くって言ったら一緒について行くって聞かなくて。ダンナに見てもらう予定だったんだけど」
「やぁだ!パパとあそぶより、ドレス見たいもん!じゃましないから!」
女の子はひしっと多佳子の服を握り締め、意地でも離さないという意思を見せる。
「多佳子さん、私は構いませんよ?えーと、ママにいつもお世話になってます。ママと同じ会社の、佐藤てるって言います」
「てる?おもしろい名前だね!わたしは佐藤利佳子です!小学二年生です。よろしく、てるちゃん!」
「こら!てるお姉ちゃんでしょ!」
素直な利佳子の反応に、てるは笑顔をこぼす。悪意のないまっすぐな感想だ。
「うん、よろしくね、利佳子ちゃん」
・~*~・~*~・~*~・
多佳子がてるを連れてきたのは、フォーマルな服を扱った店舗だった。スーツや礼服と一緒に、結婚式の二次会できそうなドレスが並んでいる。
利佳子はドレスのきらびやかさに目が釘付けだ。
「かわいいー!ねえてるちゃん、わたしがえらんだの着てくれる!?」
「え?あ、うん」
「じゃあねー、これ!」
勢いに押されてつい頷いたてるに、利佳子は一つのドレスを指差した。
「え、これ・・・?」
「あらー、いいじゃない。着てみてよてるちゃん。着るだけはタダでしょ?」
「え、でも、これ・・・」
「はい試着室はあそこー!」
てるが戸惑っている間に、多佳子と利佳子はドレスを持っててるを試着室に押し込める。
さすがに断ろうとすると、タイミングよく利佳子がカーテンの外から声をかけてきた。
「てるちゃん、わたしがえらんだドレス、着たくないの・・・?」
「う・・・」
そう言われてしまっては、着ないわけにはいかない。
てるは『これも社会勉強だ』と思い、着ていた服を脱ぎ始めた。
「あの・・・着ました・・・」
「じゃあカーテン開けるよー」
利佳子がカーテンを開けると、そこにいたのは可愛らしいピンクのミニドレスを着たてるだった。
いつもパンツスタイルのてるが足を、しかも膝上で出しているだけで貴重だが、それだけではなく・・・。
「てるちゃん、足綺麗ね・・・って言うか、スタイルいいじゃん!何で隠してたの!?」
「よくないですよ別に!これ、これはちょっと丈が短すぎです!膝丸見えで・・・!もっと長いのでお願いします!」
「それだけ胸あってウエスト細くて何を言ってるの!可愛いのになーそれ」
「ねー、かわいいのにねー」
「無理!無理です!」
「じゃあ撮影だけしておこうね。あとで決めるときに役立つから。ハイチーズ」
かしゃっと音がして、写真が撮られた、らしい。
「ママー、これどうかなー?」
「あ、いいかも。てるちゃん、次これね!その次これ!」
「えぇぇっ!」
こうして、多佳子と利佳子が納得するまでドレスをとっかえひっかえさせられることになったのだった。
「も、もう無理です・・・」
「えー残念・・・こっちのロングドレスも着せてみたかった・・・」
「えーざんねん・・・こっちのおひめさまみたいなドレスもきてほしかった・・・」
合計何着着ただろうか。
何度も何度も衣装を変えては写真を撮られ、てるは体力、精神力共に使い果てていた。
しかも2人が選ぶのは、丈が短めだったり、長いと思っていたら深いスリットが入って太ももまでばっちり見えるものだったり、背中が丸出しだったり、肩が丸出しだったりと露出が多めなドレスが多い。
露出が少なめのドレスをてるが選ぼうとすると、「それは30代以上のために取っておいて!」と多佳子に怒られてしまった。
「んー、まあいいか。じゃあそろそろ本腰入れまして、と。てるちゃん、こんなのはどうかな?」
今までのは何だったんだと言い返す気力もなく、てるはのろのろと顔を上げた。多佳子が持っていたのは、ボルドーのパーティドレス。
Aラインというのだろうか、スカートは裾に向かってふんわり広がっている。ウエストには共布のリボンがついていて、脇で結ぶようになっているのが可愛い。上半身はシンプルだが、デコルテ部分は黒いレースで覆われており、上品さを感じる。背中側は編み上げになっているため、体型に沿うようにデザインされているのだろう。
今まで見たドレスの中では、断然てるに優しい。
少し感覚がマヒしていたのかもしれない。シンプルとは言え、普段だったら絶対選ばないような可愛らしさを備えたドレスだったが、てるは試着してすぐにこれに決めた。
「色違いもあるよー。ピンクに白レースと、薄紫に白レースと、あ、深緑に黒レースもあるね」
「どれも綺麗ですけど・・・これがいいです。ボルドーの」
「うん、そうね。てるちゃん色白だし、髪や目の黒色とも合ってるし。これが一番かな」
多佳子は満足そうに笑い、いつの間にか決めた自分の物と一緒にレジに持っていく。
「わ!多佳子さん、自分の分は自分で払いますから!」
慌てて後を追うてるは、自分自身でも気付いていなかった。
ボルドーを選んだその理由。
それが、濃い血の色みたいだと瞬間的に思ったことに。
・~*~・~*~・~*~・
ドレス選びと、それに合う靴を買い、ひと段落したところでカフェで小休止。
美味しそうにチョコバナナサンデーをつつく利佳子を見ながら、多佳子が提案した。
「ね、てるちゃん、ついでに洋服も見ていかない?ここ、安くて可愛いお店いっぱいあるよ」
「いえ、洋服は・・・。もう、ドレスだけでおなかいっぱいです」
冗談めかしてやんわり断りながらも、てるの脳内には別の声が響く。
『全然似合ってないよね』
『服に着られてる感じ?』
『よくあんな格好で外歩けるな』
「そう言わずにさ。てるちゃん、ああいうドレスも似合うんだから、会社でももっとスカートとか穿いたりしてみれば・・・」
『隣歩いてて、すっげぇ恥ずかしかったんですけど』
「いいんです!私はこのままで!」
「てるちゃん・・・?」
急に大声を出してしまい、利佳子が少し怯えた目でこちらを見ている。それに気付き、てるは縮こまる。よく見ると他の客まで、こちらに注目していた。
「す、すいません・・・。あの、本当に、いいんです。私、服とか、今のままで」
「・・・。よし!利佳子、食べ終わった?あそこのキッズパークでちょっと遊んでくる?」
「え、いいの?」
「いいよいいよ。ママはてるちゃんとそこのベンチで待ってるからね。友達と仲良く遊ぶのよ!」
「やったぁ!」
「えっと、多佳子さん・・・?」
「てるちゃんも飲み終わったかな?じゃあ移動しようか」
さっさとごみを片付け、トレーを戻した多佳子は、利佳子を子ども用の遊び場に連れて行った後、てるが座るベンチに腰掛けた。
「さて。話してみなさい」
「多佳子さん・・・」
「あのね。てるちゃんが信念を持って、前向きな気持ちで今の格好をしているんだったら、私は何も言う気はないの。でも、そうじゃないでしょ?てるちゃんは、逃げてる。起こった出来事から。違う?」
「・・・違い、ません」
そう。あれから何年も経つのに、てるはいまだに、傷が塞がっていないことを感じる。
塞がるどころか、膿んでぐちゃぐちゃになっている気さえする。
「大したことじゃ、ないんですけど」
そしててるは、ぽつぽつと話し始めた。




