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約束の記憶  作者: 花鳥 秋
18/22

虚像

 叶愛さんに限って、殺人だなんて犯す訳がない。今だって、こうして殺人事件の謎解きにその頭脳を働かせている叶愛さんが、14歳の少女から両親の命を奪うだなんて、そんな事あるはずがない。


 すると、鈴村愛はネックレスから手を離し、ずらしていたサングラスを外して僕の目を真っ直ぐと見返してきた。

 真っ直ぐとした意志の通った瞳が、言葉より先に彼女の感情を口走っている。



「よく聞いて、新橋さん。白夜先輩は今や名探偵としてこの辺りの街ではその名前を知らない人は居ない程の有名人だったりするけど、有名人になり過ぎた故に、“ある時”から白夜先輩に関して黒い噂が出始め、それが付き纏うようになったんだよ。その噂っていうのが、“白夜叶愛は探偵になる前、ある国家的犯罪組織の一員だった”っていうものなんだ。ぼくは探偵として、名探偵でありながら犯罪組織の一員だったという白夜先輩に興味を示し、色々と調べ回ったよ……それこそ四年もかけてね。そこで白夜先輩に関して判明した事実は一つだけ、四年前にぼくにこのネックレスを渡した人物と白夜先輩が同一人物だったって事だ」



「でも……! 叶愛さんは名探偵なんだ! そんな人が犯罪を犯す訳がないだろ?! 」



「だから新橋さん!」と、鈴村愛は焦れったそうに声を張り、それ以上の僕の発言を遮断する。

 遮断した上で、今度は一変して静かな口調でこう続けた。



「ぼくだって名探偵なんだよ、新橋さん。そのぼくが四年間かけて調べ、死にものぐるいで集めた情報なんだから、これは揺るがない事実なんだ。“ウチの子に限って”っていうそういう発想が人類の持つ最も危険な思想の一つだよ——誰の恋人だって浮気する人はするでしょ? 警察官や政治家って肩書きをもっていても聖人君子とはいかないでしょ? 名探偵だって犯罪は犯すし、誰にも語れない過去だってあるんだよ。ぼくや新橋さんだって今現在、人様の家に不法進入している上に、探偵業務を逸脱した事件捜査をしてるんだからさ、杓子定規じゃ真実は計れないんだよ」



「それはそうかもしれないけど……」



 そういう言い方をされると返す言葉がないけれど、でも、それでも——「僕は叶愛さんを信じるよ」


 僕は知ってるから。

 白夜叶愛って人は、普段は毒舌ばかりで、人を馬鹿にしたような態度が大いに目立つ人だけれど、彼女はいつも目の前の事件とその関係者には真っ直ぐ向き合っていると、そう思うから。

 叶愛さんの探偵としての活躍を何度と見てきた訳じゃないけれど、たった一度だけでも、その探偵としての在り方を見れば、それ位の事は分かるつもりである。


 すると、僕の発言に対して、鈴村愛が溜息混じりに笑った。



「まぁそれならそれでいいさ、人間誰しも他人を見ている角度っていうのは違うもんだから、そこには十人十色の見方があって然りだしね。でも、これだけは覚えておいてね新橋さん。白夜叶愛という探偵には、新橋さんがまだ知らない深い闇があるんだ……それだけは確かな事実なんだ。いや、新橋さんだけじゃない……桜井結——白夜先輩の助手を数年務めてる彼女だって知らない真っ暗な闇が、白夜先輩にはあるんだよ」



 真っ暗な、深い闇……。

 確かに、僕は叶愛さんの事を何も知らない。

 だから……言い返せない——否定も出来ない。


 でも、これだけは何度も言わせて欲しい。

 キリのない言い合いだと思われるかもしれない。

 クドいと言われるかもしれないし、女子高生相手にムキになり過ぎだとも笑われるかも知れない。


 叶愛さんが過去に鈴村愛の両親を殺害し、鈴村愛本人に母親のネックレスを手渡した——その話を全否定する事も出来ない。

 僕はその事件の当事者ではないし、その事件の事を何も知らないのだから。


 でも、ここで“しつこい”と思われてこの本を閉じられるならば、それも仕方ないと思いながらでも、言わせて欲しい事がある。


 この言葉だけは必ず目に入れてから閉じて欲しいんだけれど——白夜叶愛という名探偵は殺人なんて絶対にしない。彼女は命の重みというものはしっかりと理解している探偵であり、一人の人間だ。


 そんな彼女を、僕は恋人として誇りに思ってもいいと明言出来る。



 だから何と言われようと、最後の瞬間まで僕は、叶愛さんの事を信じている。


 ——これだけは何度も言わせて欲しいのだ。

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