虚像
「白夜先輩白夜先輩って、君は一体叶愛さんとはどういう関係で、どういう経緯で叶愛さんの事を知ってるんだい?」
彼女の“なるほど”と呟いていた声は一先ず聞こえないフリをした。
彼女自身もさして気にしない様子で僕の問いかけに答えてくれる。
本棚に本を返して、そのまま整然と並べられた本の数々を観察しながら。
「新橋さんが思い描くような密な関係ではない事は確かだよ。ぼくが白夜先輩の事を先輩と呼ぶのはただ単に探偵としてのキャリアの差があるからに過ぎないんだけど、理由がそれだけじゃ不服と言うならもう一つ付けよう——強いて言えば、彼女はぼくがこの世で最も敬愛している名探偵だからさ」
「じゃあ、叶愛さんの事は以前叶愛さんが解決した事件の記事か何かで知ったって事……?」
そんな記事があるのかどうかは寡聞にして知らないんだけれど。
そう言えば、叶愛さんが関わった事件っていうのはその後、どういった結末を辿り、どのような結果に至っているのだろうか?
僕の知る限り、今までで探偵が殺人事件を解決しただとか、警察に協力し事件を解決に導いただなんて話は聞いた事がない。
それは叶愛さんに限らず、今目の前にいる女子高生探偵、鈴村愛にだって言える事かも知れないが、彼女達の活躍はちゃんと日の目を浴びているのだろうか?
メディアに取り上げられていない彼女達の活躍は、それでも、多数の依頼が来る程には信頼を受けていて、僕の見聞の範囲内では叶愛さんはかなり有名な名探偵として名が通っている程のものである。
一体、どこから彼女達のような名探偵の存在というのは新たな依頼人へと伝わっているのだろうか?
そんな疑問の一つの答として、鈴村愛は僕の問いかけに答えてくれた——と言うか、これに関しては本当に鈴村愛個人にしか当てはまらない、そんな答だったんだけれども。
「記事と言うより、噂かな……ぼくの場合は。新橋さんはもしかして知らなかったりするのかな? 白夜叶愛という探偵に付き纏う黒い噂の事」
「黒い噂?」
「あぁえっと——それを話す前に、一つ誤解のないように言っとくけど、ぼくが白夜先輩に対して敬愛の念を抱いてるっていうのは嘘じゃないからね? 彼女の類い稀無い推理力には流石に感服せざるを得ないし、ぼくはこうして現場に足を運んでじっくりと観察と考察を重ねながら推理するけど、白夜先輩は外から得た情報だけを聞いて、安楽椅子探偵の如く事件を解決してしまうっていうんだから、ぼくなんかが敵うわけもない」
まぁ外から情報を叶愛さんに届けるのは、恋人の僕や、叶愛さんの助手である桜井結だったりしてるんだけど——それは今はどうでもいい話なのでここでは黙した。
鈴村愛の言葉が続く。「——ただね、新橋さん、ぼくは敬愛の念を抱くのと同じくらい……、いや、それ以上に、白夜先輩の事を憎んでもいるんだ」
「憎んでる……?」
そこで彼女は視線を本棚から床に落とし、自分の首にさげたハートの片割れを模したネックレスを右手で強く握りしめる。
「……ぼくの両親は白夜叶愛に殺されたんだ」
憎しみを精一杯押し殺すように、掠れた声で鈴村愛は言った。
予想だにしてなかったその告白に、僕はと言えば、返す言葉を見失ってしまい、ただただ自分の耳を疑う事しか出来なかった。
——叶愛さんが、人を殺した?
僕の頭の中で、その疑問がポツリと浮かぶ。
叶愛さんの姿と共に、ポツリと、しかし、はっきりと——
鈴村愛は大きな溜息を吐き出しながら、ネックレスを握りしめていた手の力を緩め、人差し指と親指で、ハートの片割れのアクセサリーを挟むように持って僕に語る。
「このネックレスはぼくが生まれる前に亡くなった曽祖母の形見らしいんだ。どういう経緯があったかは定かに知らないけど、ぼくが生まれて物心がついた時には、このネックレスは母がしていたから、だから、ぼくにとっては母の形見みたいなもんなんだけどね——今から四年前……当時14歳だったぼくに“ぼくの両親を殺したという証拠”として、ぼくは白夜叶愛本人にこのネックレスを直接渡されたんだ」
「ちょ、ちょっと待った! いや、まぁ、その四年前に何があったのかは僕には分からないけどさ、叶愛さんが人を殺すだなんてある訳がないよ。きっと何かの事件に巻き込まれた君の両親を助けようとしたけど助けられなかったとか……そんな理由が——」
「ないね。新橋さんは本当に白夜先輩の事を何も知らないんだね」
「どういう事だよそれ……、そりゃ確かによく知ってるとは言い難いけどでも! でも、叶愛さんは人殺しをするような人じゃない……! それだけは知ってるよ」
僕は彼女、鈴村愛の目を真っ直ぐと見て、そう言い切った。
自分に言い聞かせるとか、そういう事じゃなくて、叶愛さんの事を口では何だかんだと言いながらでも、僕はちゃんと信じているのだ。




