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約束の記憶  作者: 花鳥 秋
16/22

虚像

 僕のそんな過剰な反応を見て、振り返った視線の先に立っていた一人の“女子高生”は快活に笑っていた。



「あははは、ごめんごめん、驚かすつもりはなかったんだけど、君があまりに本棚に夢中でぼくの事に気付かないもんだからさ、つい」



「ど、どちらさんですか?!」



 思わずツッコミ的な訊き返しになってしまったけれど、これは致し方ない。看過してほしい。僕も動揺位する。不法進入中の出来事となれば尚更だ。


 目の前に——と言うか、背後に現れたその女子高生は、一見して女子高生だと僕が認識してる時点で、制服姿である事は言うまでもないが、波を描いたブロンドの長い髪に真っ白のキャップを被り、大きなサングラスをかけている、そんな目立つ容姿の持ち主だった。


 一目見ただけでも分かる程スタイルは抜群で、わざと短くしてるであろう制服のスカートからは細い脚がすらっと伸びて地面についており、堂々とした佇まいである。


 制服のシャツのボタンは上二つまで外されており、首にかけられたネックレスの先にぶら下がるハートの片割れを模したアクセサリーがそこからその存在を覗かせている。


 僅かに漂う甘い香りは恐らく彼女の香水の匂いだろう。うん、何故気付かなかった……。

 仮にも人様の家に無言で上がり込んでいる身として、不用心にも程がある。



「見るねぇ……!」



 彼女の容姿を凝視しながら僕の問いかけに対する答えを待っていると、数秒の沈黙の後に彼女がそう言った。ニヤリと笑みを見せながら。

 そしてサングラスを少し下にずらし、チラッと僕に視線を当てる。



「およそ、この完璧なスタイルと綺麗なブロンドの髪に目が惹きつけられ、ぼくの容姿から溢れる魅力に見惚れてたんだろ? 」



 当たらずしも遠からずである。

 別に見惚れてた訳じゃないけど。

 それにだ、先に質問しているのは僕の方だ。



「えっと……君は?」もう一回、今度は落ち着いて訊いてみる。



「おっと、ごめんごめん、自己紹介がまだだったね、ぼくの名前は鈴村(すずむら) (めぐみ)。巷ではそこそこ有名な筈なんだけど、まぁあれだよ、女子高生探偵ってやつさ。以後よろしくね、白夜先輩の恋人であり小説家の、新橋尚弥さん」



「女子高生探偵?! え、待って待って、どうして僕の事を?」



 正確には僕と叶愛さんの事を——だけど。

 目の前の彼女、愛ちゃんは「ふふっ」と笑う。



「そりゃあ同じ業界で働く身としては実在する探偵の活躍が描かれた小説位はチェックしてるさ。しかも、君が書いてるあの小説はあの白夜先輩の探偵としての活躍を描いた小説なんだからね、チェックしてない訳がないじゃないか」



 訳がないじゃないか——とか言われても分かる訳がないじゃないか。


 さて、これはまた随分とキャラの濃い登場人物の御登場である。個性が強烈過ぎる。

 しかも、女子高生探偵って……。

 そもそも同じ業界とか言われても、確かに君と叶愛さんは“探偵”という“同じ業界”にいるのかも知れないけれど、僕は違う。

 確かに今回と前回の事件に関しては事件捜査に同行したり、現在こうして捜査の手伝いをさせられてる身ではあるわけだけれども、僕は探偵という職業の同業者ではない。


 それこそ僕は、先に語った紅愛理先生や、名前を見つけた緒方晶先生と同じ業界に位置する人間なのだ、これでも一応。


 そんな感じの僕の反論に彼女はクスクスと笑いながら「だから同じじゃないか——まぁいいけどさ」とか言っていたが、どうやら日本語が通じないらしい。

 諦めよう。——諦めて、話題を変えよう。



「それより、色々と訊きたいことがあるんだけど、君は此処が殺人事件の現場になった家って分かっててここにいるって解釈でいいんだよね?」



 この質問に対し、彼女は、僕の後ろの本棚に視線を移しながら答える。



「勿論だよ、新橋さん。正確に言うなら、ぼくは依頼を受けてここに来ているんだ」



「依頼?」と僕が口にしている間に、彼女は横に立って、僕の背後にある本棚から一冊の本を抜き取る。


 それは先程、僕が違和感を感じた“約束の地へ 下巻”の本である。


 彼女はその本をパラパラと捲りながら、僕に話す。



「この家で生き残った長女、遠藤優里はぼくの友達の友達の友達らしくてね、そこから流れに流れてぼくの所に依頼が届いたんだよ。ぼくは、高校生からの依頼しか受けない事を自分が女子高生探偵をしていく上でのルールとして設けてるんだけど、いやはや驚いたよ。まさか同じ高校生から、よもや殺人事件の解決を依頼されるなんてね」



 話しながら、ページを捲る手は止まらない。

 そこそこ厚みのある本なので、捲って中を確認するだけでも、そうすぐに終わらないようだ。



「——最初はぼくも断ろうかと思ったんだよ。でもね、いざ依頼人の彼女に会いに行ってみたら、彼女の病室からあの白夜先輩が出て来たもんだから驚いたよ。遠藤優里はぼくだけじゃなく、あの白夜先輩にも事件解決を依頼してたって事に気付いてね、これはもう乗らない訳にはいかないだろう? 憧れの先輩と推理対決が出来る機会なんてそうないからねぇ……! 胸が踊るよ」



 そこまで言って、ようやく彼女は本を閉じた。「なるほど……」と、呟きながら。


 何が“なるほど”なのかは凄く気になる所だし、それに関して突っ込んだ質問をしたい気持ちは山々なんだけれど、ちょっとだけ待って欲しい。

 この目の前の女子高生——“女子高生探偵”には訊きたい事が山程あって、それどころじゃないのだ。

 このまま話を進めていったとしても情報処理が追いついていない。


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