表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

根拠のない自信こそ、最強

生贄。

人智の及ばない存在に対し、なすすべもなく無力だった人間のほとんど唯一の対策。

いるかどうかも分からない架空の存在に対して、現実に生きている生き物の命を捧げるとは、現代人にとっては犯罪に等しい行為と考えるだろう。

捧げられるのが人間というなら、尚更だ。

この科学が発達した今でこそ、人智の及ばなかった自然現象が解明され、予測までされるようになった今だからこそ、生贄という文化はほとんど失われ、歴史から消え去った。

人柱も、人身御供も、そんなものは考古学や神話の中でしか見られない、いわば無知な人間の黒歴史となって、語り継がれるのみになった。

しかし、歴史は繰り返される。

常識的、一般的な考え、あるいは法律的 そして倫理的または道徳上において、認められざる行為、許されるべきではない伝統。

それは、余所者の滅多に踏み入れることのない、酷く閉鎖的な空間、および組織において脈々と受け継がれることがあるかもしれない。

外からは狂っていると、裁かれて然るべきだと思われても。

内部からは、その異常は異常でなくなってしまう。

非常に限られた場合、区切られた空間においてのみ、常識、良識、法律、憲法、倫理、道理、道徳は考慮されず、蔑ろにされてまで。

『村の風習』は――優先される。







「生贄……」

朱音からその言葉を聞いた時、俺は今まで感じたどの戦慄の中でもとびっきりのものを感じていた。

何が幽霊だ、何が誘拐犯だ。

そんなものよりよっぽど怖いのは、おぞましいのは、人間の狂気にほかならない。

それのせいで、何ら関係の無い朱音の命は理不尽にも奪われた。

それどころか、今までたくさんの人間が犠牲になってきたのかもしれない。

朱音が会ったという男の幽霊の事を思いだす。

朱音とは対照的な部位の欠けたその男も、もしかしたら。

そして、あのままであれば俺も、また。

「……大丈夫?やっぱり残酷すぎる話よね。私も最初は事態を飲み込めなかったけど、全て理解した時はずっと泣き明かしていたもの」

「だろう、な」

親と喧嘩して、家出して。

そんな人生によくある話の延長線上に待っていたのは、人生の終着点。

一体どれほどの悔恨に苛まれたのか、想像もつかない。

「あの、ね。ここまで話しておいて、そしてここまで連れてきておいて今更だけど。本当の事を言うなら君は今すぐにでも逃げれるの」

「逃げれる?いや、だけど、今……」

「今、私は貴方を村に案内してるのよ。逃がしている訳じゃない」

「…………」

確かに、さっきから太鼓と鈴の音は大きくなるばかりだ。

年頃の前途ある若者の命を、容赦なく生贄とする狂気を孕んだ村へ、俺達は歩みを止めないでいる。

それは、朱音のある願いのため。

「私のお願いというのはね、あの村の禍々しい伝統、おぞましい風習を、私と協力して断ち切って欲しいの」

「俺が……断ち切る……?」

「もうこれ以上、何の関係もない人達の命が奪われない為に。もし断ち切れなければ、消し去れなければ……。これからも村がある限り、私みたいな犠牲者が延々と、永遠と出続ける」

それは、自分とは関係ないと割り切るには、あまりにむごい話だ。

これからも、老若男女関係なく、どこからか人が誘拐され、殺される。

「貴方には、誰かも分からない、まだ生まれてすらいないかもしれない人達の命を救ってほしい」

「……朱音」

「もちろん、どうしてもとは言わない。だって、もし貴方が私に協力したくれたとしても、失敗したら貴方はただではすまないの。これは絶対。その時は、私はもう死んでるからこれ以上どうにかなることはなくて、痛み分けが出来ないんだけど……」

「別に痛み分けとかはいいさ。朱音を恨むつもりもない」

「……あと。万が一貴方が命を落とした場合、私はこの世からいなくなるわ。恐らくだけどね」

「いなくなる……、成仏でもするのか?」

「それは分からない。そもそも未練がたっくさんあるのに成仏なんてしたくないし。だけど、私の前に生贄になった人は、私が生贄として死んで幽霊になったその時期からぱったり村の人達に姿を見せなくなったの」

それはつまり、幽霊になっても村の人間に認識されるということか。

今俺が、朱音をしっかりと認識しているのと同様に。

「村の人達は、私を『怨霊』と呼び、またある人は『守り神』『神の遣い』とか、私のことをあれこれ推察してるわ」

「両極端だな、もう少し間をとるとかなかったのか。妥協だって立派な選択肢なんだぞ?」

「私にどうしろっていうのかしら……」

どうしろもこうしろもない、糊しろもない。

切って貼ったような呼び名だ、あとワンアクセル欲しかった。

出来れば思考をトリプルアクセルぐらいして自分たちの行いの異常さに気付いてほしい。

「とにかく、ここで貴方に選んでほしい。ここからなら、村の人達が貴方を探したとしても、そうそう見つからない逃げ道は近い。道と呼べるほど分かりやすくないけど、普通の民家がある所に出れるルートの途中まで案内できる」

「途中まで、なのか」

「私は幽霊の中では地縛霊って分類らしいのよ。村から、正確に言えば村にある私の死骸が埋葬されてる祠から一定の距離に壁みたいなものがあって、そこからは出られない。ドーム状に囲われてるイメージ……というかまんまドームね」

「そりゃまた閉塞的というか、鳥籠の中のアホウドリだな」

「アホウドリ!?せめてケツァールと言ってくれるかしら?」

「ケツァールは鳥籠の中に入れちゃいけないだろ……」

「私だってそうよ」

「そりゃそうだな」

そしてアホウドリも多分駄目だ。

鳥籠というよりも、現実社会と村を断絶する壁が、介入を拒みながら、しかし犠牲者は逃さず補給する。

まるで食虫植物のようだ。

壁の中にあるのは、異常者の巣窟であり、医者のいない精神病院のようでもある。

「はぁ……。いい?今なら、間に合うわ。そしてもし進むというなら、覚悟を決めて。貴方にどんな事情があるか分からないけど、家出してそのまま行方が分からなくなるなんて、最悪の親不孝者なのよ

。死んでから分かったけど、大体の不幸やトラブルなんて、死ぬよりマシよ」

それは、最終警告。

死にたくなければ、帰るべきだと、私のようになっては本当におしまいだと、朱音は示している。

俺だって、死にたくないし、狂信者達に立ち向かうなんて自殺行為はご免だ。

全員が全員そうであったなら――、の話だ。

しかし、何事にも、何者にも例外なんてのはあるものだ。

例えばここに、犠牲者の警告を蹴って、無謀な戦いに身を投じる決意をする人間がいるように。

あの村に、朱音の事を守り神でも神の遣いでもなく、『怨霊』と定義する人間が少なからずいる。

自分たちのしている事は、被害者には怨まれて当然だと、朱音に怯える人が、しっかりといる。

おびただしい狂気の中で、無関係な人間を生贄として殺すことに後ろめたさを、良心の呵責を、そして何より正気を保っている人間が、いる。

それなら、つけ入る隙がある。

それにしたって、何人いるんだが知らないが、ろくに村の人間全員を信仰させることも、洗脳することも出来ないような出来損ないのナニカに基づいた風習に巻き込まれるとは。

笑えてくる、幼稚園生の作った迷路に悪戦苦闘しているようだ。

その馬鹿げた風習を大真面目に受け継ぎ、実行しているのが大の大人とは。

それでいい、それでこそ容赦なくぶっ潰せる。

「朱音、その頼みとやら、引き受けた」

「えっ……。ええ!?ほ、本当に?よく考えたの?死んだらおしまいなのよ?」

「あぁ、知ってる」

「普通に考えて、百年以上も続いてる風習は、そんじょそこらの方法じゃ断ち切れないのよ?」

「だろうな、だけど俺も犬死にするつもりはない」

「……何で、そんなに自信があるの?」

朱音からすれば、俺が引き受ける事があまりに想定外だったのだろうか。

駄目元で頼んだにしても、そんなに聞き返されれば気も変わるかもしれないじゃないか、全くお人好しめ。

だが、男に二言はない。

「根拠のない自信ほど、強くて覆せないものはないんだぜ?」

「ないんだぜ?って、貴方ね……」

心底呆れたのか、長い溜め息を朱音は溜め息を吐いた。

そこまで呆れられると、なんていうか、俺がとんでもない馬鹿みたいじゃないか。

あんなことを言ったが、俺にだって勝算はそこそこあるんだ。

そんじょそこらの人間には無理でも、幽霊がいるなら。

そして、想定外の存在――。

村の内部事情を知っている外部の人間、という存在は、彼らにとって脅威になるはずだ。

「朱音、引き受ける上であの村について、いくつか込み入った質問をするけど、どれぐらい答えられそうだ?」

「大体、あの村で生まれ育った人ぐらいの知識は持ってるわよ。長い間さまよってたんだから」

「ならいい。それじゃ手始めに、お前が追い払ってくれた、あの男の事を覚えてるか?」

「車を運転してた人?あの人今回が初めての『案内役』だったのよ。昨日なんか緊張で吐き下してたんだから」

「……やっぱりな。全員が全員、生贄として人をさらって殺す事に罪悪感がないわけじゃない。そうだろ?」

「まぁ、若い人達はそうみたいよ。異を唱えたら村八分にされるか、最悪自分か家族が生贄にされるから、渋々関わってるっていうのが態度からありありと分かったぐらいだし」

朱音の情報量が近所のおばちゃんのそれに匹敵している。

ネットワークもないのに、どうやってそこまで村の内部事情に詳しくなれるんだか。

「で、村の人間はどれぐらいいて、年齢層は大体どうなってる?」

「ざっと150人ぐらいかしら。風習の儀式に関われない成人前の子供が30、若いっていえるのが40、あとの人達はお世辞にも若いとは言えないわね。その80人ぐらいの人達が村を動かしていて、特に信仰が深い……。風習を絶やすことなかれと、躍起になってる人達ってところかしら。例外なく少子高齢化の餌食になってるのが現状ね」

過半数の人間が、風習を受け継ぐことになんら疑問を持っていない。

狙うべきは、そこか。

「特に力を持っている人間は?村長とかいるんだろ?」

「そうね、村長の家族と、幹部を担当してる人達が20人弱。村長の名前は古郡さんよ」

閉ざされた社会において、主権を握っているのは約一割。

それさえひっくり返せば、なし崩し的に風習は崩壊する、だろう。

無論、そうそう簡単にはいかない。

強固な信仰、狂気の信念に対抗しうるのは、動物的本能に訴えかける恐怖ぐらいのものだろう。

その現象を俺は、目の前で見ている。

だが『案内人』は村の中でも乗り気でない種類に属する人間だろう。

俺を拉致する途中での取り乱しよう……何度も何度も「村のため」といって自分に言い聞かせていた事から察するに、だが。

彼以上の堅物を、自分が殺した人間の亡霊をぬけぬけと『守り神』として崇められる神経を持った人間を、相手取らなければならない。

そいつらにはどうしても、朱音単体の、幽霊が生み出す恐怖だけでは弱い。

「朱音は二年間あの村に縛り付けられてるんだよな。その間、なんつーか、風習をどうにかできる感じはあったか?お前から見た感じ、というか」

自分でも言ってて何が聞きたいのか分からなくなってきた。

オブラートに包まなければ、『お前一人だけの力でもどうにかなりそうだったか?』と聞けばいいだけなんだけど。

それは聞かれた朱音からすれば、『お前一人でも何か出来たんじゃなかったのか、自分では何も出来なかったからって俺を巻き込むつもりか?』と捉えられても仕方のない言葉になってしまう。

それだけは避けたい、誤解を与えない為にも、どこにあるか分からないけど落ちた事は確かな画鋲を探すように慎重に徹した。

それが幸いしたのか、朱音はそれまでと変わらない調子で、

「私も二年間色々手を尽くしてみたわ、文字通りね。こんな霊体になっても物にも人にも触れるし、壁も透けて通れれば人から見えないようになるのも自由自在なんだから。それだけは死んでからの方が便利になったぐらいだし」

「……ほう、それは使えるな」

なんと、姿を見せるだけじゃなく、その逆も出来れば現実の物体にも干渉出来るのか。

フィクションとは違うな……よく考えればポルターガイストもその理屈で起こっているのか。

「正直に言うとね、私は理不尽に命を奪われたんだから、奪い返してやってもいいじゃないか、と思ったこともあったわ。実際に可能だし、その時は復讐で頭が一杯だったけど、上手く始末すれば風習だって止められるし、ね」

「…………」

エグい、人間味を感じさせない、まさに血も涙も奪われた幽霊のしそうなことだ。

「だけど、だけどね。言い訳になるけど、村長の古郡さんにも、私を手にかけた『執行役』の人にも、『案内役』の人にも、私達よりはるかに小さい子供がいて、奥さんがいて、家庭があって……。働いて、子供を養っていて……。立派に社会人として、大人として生きてたの。それを見たら、どうしても殺せなかった」

復讐は何も生まないけど、無念を晴らすことが、そして裁かれない人達に裁きを下すことは出来る。

それが正しいことかどうかは、親族の逝去も経験していない俺には分からない。

だけど、彼女が最後に、死んでもなお人殺しとして道を外さなかったことは、敬意を表するべきことだ。

「よく踏みとどまったな、朱音。俺だったら我慢出来てない。お前はギリギリで、そいつらと同じにならなくて済んだんだ」

「……うん、ありがとう」

照れ臭そうな朱音の笑顔は、幽霊としての冷たさが全く感じられなかった。

心がほっかほっか亭になってくる。

「それで、どうにか出来ないかと、雨も感じず風も感じず、雪も夏の暑さも感じないまま、ある時は美少女幽霊として姿を現して、あるときは空気と一体化して、思い付く限りの事を実行してみたんだけれど……。全部駄目だったわ」

こいつ実は微妙に楽しんでたんじゃないだろうか。

「儀式に使う道具を壊したり、偉そうな立場の人を脅かしたり、壁にメッセージを書いてみたり……。だけど道具は直され、家にお札を貼られ、メッセージは噂になりながらもすぐに消え去って……。というかそもそも私が姿を現しても、霊感が全くなくて見えない人が半分はいたのよね」

「おぉ……。それはなんだ、厳しいな」

てっきり全員見えるのかと思ってたが、そんなことはなかったぜ……。

「だから私の存在自体も、いるかどうか怪しいと思われててね。力及ばず、よ」

「いや、むしろ好都合だ」

「え?どういうこと?」

朱音の存在がそもそも不確かなら、朱音が行った妨害の数々も、原因不明になっているかもしれない。

なら、朱音の力を、不可視かつ正体不明の力として扱う事が出来る。

なんだかスタンドみたいだな。

「いや、まぁいい。ならそろそろ本陣について語ってもらおうか」

「本陣って?」

「その風習、そして儀式について細大漏らさず、骨の髄まで語り尽くしてくれ」

「……ふふ、そういうことね。そういうことなら任せておきなさい?分かりやすく筋道立てて順序よく話す練習も、私がこの二年間で打ってきた手の一つなんだから」

と言って、大きく深呼吸をして。

「それでは、ご清聴下さい。『比奈村』に伝わる風習の全貌を――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ