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これからの誰かを救いにいこう

「『比奈村』でのみ信仰されている、恐らく唯一無二の神様……、『ヒナタリ様』が、村人達の心の支えとなっているわ。

「村を守り、作物を豊作に導き、人々を幸福に包む――と、されているの。実際の所はどうだか知らないけどね。村人は少なくとも不幸のどん底ってことはなさそうだけど。

「そして、そこに伝わる『ヒナタリ様』にまつわる神話を、将来風習を受け継ぐ子供達に対するプロパガンダとして簡略化したのが昔話としてあるの。

「その元の神話の方は村人の間でさえ、話されてるのも聞いたことないし、詳しく書いてある本もこっそり読んだんだけど、前もって話の全容が分かってても何が書いてあるのか全く分からなかったのよ。いかんせん私の学力は中三で止まってるのよね……。貴方なら読めるかもしれないわ。

「だから語り尽くすとかいいながら、本筋はかなり大雑把になるけど、いいかしら?……そう、よかった。

「昔々、この村には『ヒナタリ様』という、神様がいました。『ヒナタリ様』はとても優しくて、村を病気から守って下さり、畑の野菜をたくさん作って下さいました。

「村の大人たちはそれに感謝して、毎年採れた野菜を供え物として『ヒナタリ様』のいる祠に捧げていました。

「だけどそんなある日、村のある悪い男の人が、その供え物をこっそりと盗んで、食べてしまったのです!

「ねぇ、この時点でおかしいでしょ?豊作に導くとか言っといて、バレたら村八分にされるリスクを冒してまで供え物を盗まなきゃいけない人がいたのよ?本当に『ヒナタリ様』なんていたのかしら……。まぁいいわ。

「『ヒナタリ様』はそれは大いに怒りました。……短気よね?

「そして、村を守ることも、作物を豊作に導くのもやめてしまい、村に病気が流行り、作物は育たなくなりました。

「分かる範囲で調べてみたけど、この辺りに飢饉と病魔が同時に襲ってきたことが、150年位前にあったみたい。

「何度謝っても、拝んでも、祈っても、『ヒナタリ様』の怒りは収まることがありませんでした。

「村の人達が、苦しみ、悲しんで、もうだめだと思った、その時。村にいたある小さい女の子が、神様のいる祠に行ってから言いました

「『私の命を差し上げます。ですからどうか村の人達を、村をもう一度守って下さい』

「『ヒナタリ様』は、自分を犠牲にして皆を助けようとした女の子の健気さ、ひたむきさに心を打たれ、女の子の願いを聞き入れました。

「それでも『ヒナタリ様』は、村人達への示しとして、女の子の命ではなく、引き換えに片足の能力を最後の罰として奪いました。

「それからというもの、女の子が歩けるようにはなりませんでしたが、村人達は女の子の活躍に涙を流しながら感謝し、村に元の活気と、笑顔が戻りました。

「こうして、『ヒナタリ様』は今でも、村を見守ってくれているのです……。めでたしめでたし。

「……どこがめでたしめでたしなのかしらね。あのお供え物に手を出した悪い男がどうなったのかも分からないから勧善懲悪オチとしても弱いし。単に『ヒナタリ様』はありがたい神様だけど、同時に悪いことをしたら恐ろしい事になるって警告と洗脳を兼ねた昔話、ね。

「もちろんこれは子供むけに簡略化されただけじゃない、かなり脚色されてるのよ。子供にはこれで充分ってだけ。何でか分かる?神話の方はどうなっているのか分からないけど、史実では『供え物に手をつけた悪い男』なんてそもそもいなかったんだから。

「ただ、一度に村を襲った病魔と飢饉を当時の村人達が『ヒナタリ様』の怒りだと思い込んで、生贄を捧げた。それだけなのよ。

「子供達に、『ヒナタリ様』は悪いことをしていないのに怒って村を守らなくなる心の狭い神様だって思われないための付け加えた架空の悪役、ね。

「それに女の子も歩けなくなっただけじゃなくて、片足を奪われた後死んでしまったの。これは祠の一番奥それらしい白骨死体があったから確かよ。

「なんでわざわざ足を切り取るのかは分からないままだけど。神話の方に詳しく書いてあるのか、単に『ヒナタリ様』が脚フェチなのか……。

「神話、史実、昔話……。それらが絡み合って出来たのが、生贄の儀式よ。

「儀式は二年ごとに行われるから、私も実際にやってるのは貴方に会う前に少し見ただけなんだけど……。凄く、不気味よ。

「村の大人達全員が白い着物と能面を被って、太鼓を叩く人以外は鈴を持って唱いながら舞っていたわ。何を唱ってた

かは声が小さくてよく分からなかったけど。

「儀式が近くなると、子供達が寝静まった後に儀式に参加する人はこっそり練習したりしていたけれど……。歌詞が書いてある紙を読んでも何が書いてあるのかさっぱりだったのよ。

「『ヒナタリ様』に生贄を捧げ、今後も村を守ってくれるようお願いするってのが儀式のコンセプトなの。

「まず『案内人』の人が、あのトンネルの近くに行って、そこから出てくる人間を村まで連れてくる。

「トンネルの先は、絶対に行ってはいけない。『別世界』と『現実』を繋ぐ橋ってことになってるみたい。

「何故かは分からないけど、二年に一度このトンネルから外の人間が出てくる。しかも全員道に迷っていて、自分が今どこにいるかも分からない……。

「史実によると、あのトンネルはいつからあるかも分からない。だけど村から占いで決まった人を生贄として捧げるのも限界だ――、って時に、いつのまにかあって、しかも儀式が行われる年に、同じ日同じ時間にトンネルから人が出てくる。

「連中にとって、こんな好都合な事はなかったでしょうね。見も知らぬ人を助ける余裕は、あの村にはないでしょうし。

「そうして出てきた人を騙してこの村に連れてくると、何らかの手段で意識を失わせてからさらに麻酔薬を打って、村人達の待つ儀式の場へ運ぶ。

「それから村長が『ヒナタリ様』に挨拶の言葉とその他諸々を誓って、それから『執行役』が生贄に毒薬を盛る。間もなく苦しむことなく、意識を失ったまま眠るように呼吸が止まり、脈拍が止まり、死ぬ――らしいわよ。

「言われてみれば特に苦しんだ記憶もないわね。あれ一体どんな毒薬だったのかしら。医師免許もなく使ってもいいものではないのは確かね。

「その後、『執行役』の人は斧を使って片足を切断し、足は『ヒナタリ様』が祀ってある祠に、死体は別の祠に埋葬される……。

「ま、こんなところかしらね?村に伝わる風習と、儀式の全貌については。何か質問はあるかしら?」








な、長かった……。

こいつ、二年間かけて整理して、その結果がこれかよ……。

絶対最後終わらせどころが分からなくなってめんどくさくなったろこの女。

勘弁してくれ、あーあーもう段々前半の方の話が頭から飛んでくよ。

とにかく、これは俺なりにも整理しないとな……。紙とペンが欲しい、リュックに入れてたっけか?

「あーと、まず、何で儀式は二年ごとにやるんだ?」

言ってないよな?言ってたっけ?

それすら分からない、もしかして俺が聞き下手なだけなのか。

「さぁ?」

「さぁ!?」

「冗談よ、昔はあの辺り二年ごとに作物が不作になりがちだったのよ。それをまた『ヒナタリ様』の怒りだと思って、予防策として定期的に儀式を行うようになったの」

「最初は占いで決まった人が代表で生贄になってたんだな?それが段々出来なくなった所に、都合よくトンネルから鴨がネギをしょって来た、と」

「ネギ?貴方、そのしょってるリュックの中にネギも入ってるのかしら?風邪を引いたときの為?」

「物の例えだし、ネギもない。というか、儀式の日に狙ったようにトンネルから出てくるって……。都合がいいな」

「いえ、最初は全く関係ない日だったんだけど。あまりに同じ日に来るから、儀式も人が来るのに合わせて行ってきた、というのが実態だったみたいよ」

あぁ、なるほど。鶏が先か卵が先かという問題ではなかったか。

しかし益々あのトンネル、そしてきさらぎ駅については謎が深まるばかりだ。

「あのトンネルの向こうの線路の存在には、村の人達は気付いてるのか?」

「ええ、もちろん。あの線路に電車が走るのはこの日しかなくて、その走行音を合図に儀式は始まるんだから。それでも近づく人はいないけど」

逆に言えば、二年に一度しかこの線路には電車は通らないということか。

そんな路線があってたまるか、謎はいっそう深まるばかりだ。

聞いといて何だが、今回特別解くような謎ではなさそうだ。

俺は名探偵ではない、ただの家出少年だ。

俺がここでするべきは全ての謎を明らかにすることでなく、全てを終わらせること。

それ以外は、手に負えなさそうだ。

「さっきから一度も触れてないんだが、実在するしないは別として、『ヒナタリ様』はどんな姿形をしてるんだ?昔話を伝えるデバイスとして絵本とかに記されてるんじゃないのか?」

神話によって誕生し、史実によって歪んだ信仰が産まれ、昔話によって継承された『ヒナタリ様』。

朱音の話ではどうもビジョンが浮かんでこなかった、のだ、が。

「……やま」

「は?なに?」

「だーかーら、山!村の人達は比奈村の四方を囲むこの山々をそのまま村を守る砦として崇めたの。たまに山に鬼みたいな顔が描かれてることもあるけど、大体は山しか描いてないのよ」

「…………ほう、ほうほうほう?」

「……何よ?その得意気な顔は」

「いやいや、別に。なんで山に足を捧げようと思ったのか不思議だなーって思っただけだよ」

別にどころではない、それはあまりに好都合だ。

『ヒナタリ様』の正体は、山。

それはつまり、突然村にやって来た人間が『ヒナタリ様』の化身だとか使いだと騙っても、村の人間はそれをただのペテン師だと断ずることは出来ない。

なぜなら、村の人間からすれば、『ヒナタリ様』の事を生きたまま知っている外の世界の、俺のような人間の存在は全くの想定外。

ただでさえイレギュラーな、正体不明の人間が、他ならぬ『ヒナタリ様』である山から下りてきてその上自分達以外知る由もない『ヒナタリ様』の名を騙ったとすれば。

そんな事が出来るのは、『ヒナタリ様』

もしくはそれに準ずる存在しかいないだろう――と勘違いしてもおかしくない。

たとえ姿形が自分等となんら変わらない人間だとしても、いや人間だからこそ、そんな錯覚を起こしてくれるかもしれない。

閉鎖的であるがゆえ、そして盲信的に、『ヒナタリ様』を崇めているがゆえの、欠点。

信仰を逆手にとって詐欺を働こうとする悪徳詐欺師すらこの場所では存在しえなかったからこその、油断。

そこを、徹底的に攻める。それしかない。

そして、自分を『ヒナタリ様』だと信じ込ませるのに必要な事、必要な力、そして必要な恐怖は。

目の前にいる、不可視にして不可侵の存在、後藤朱音の助力。

彼女から授かった知識。

そして、俺の演技力。

彼等が恐れているのは、『ヒナタリ様』

の怒り、それによる被害。

だけど、突然作物を不作にすることは出来ない。そんな長期的な罰では意味がない。

もっと即効性の強い、速効性のある恐怖のいえば、いいのがあるじゃないか?

人類の起源から今に至るまである、最も効果的な恐怖、脅迫。

「朱音、お前どこまで出来るんだ?」

「へ?どこまでって、何が?」

「現実世界への干渉。もっと言うなら、どこまで人や物に干渉出来る?」

「…………?そりゃ、生きてる時と同じ位かしら。でも逆に、現実世界の人や物からの干渉はあまり受けないわ。さっきも言ったけど、暑さも寒さも、熱さも冷たさも感じない。物を触っても触感と重量しか感じないし、痛みも感じない。味覚と、厳密に言うなら触覚もかしら?その二つ以外は生きてた時と同じぐらいね」

「じゃ、例えば人を殴ったとしても、そんなにダメージは与えられないか……」

彼女の細腕を横目で見ながら言った。

ううむ、スタンドみたいに上手くいかないか。

しかし、彼女は俺の意に反して、

「あ、でも。生きてた時には使えなかった『浮く』力があるわよ。腕力じゃ無理でも浮力を使えば大人でも持ち上げられるかも知れないかも。それに、浮きながらの移動なら走るよりもかなり速く動けるから、助走?をつけて体当たりとかすれば結構痛いと思うのよ」

と、必死になって自分の不思議パワーをアピールしていた。

そうか、浮力か。当たり前のように目の前でふわふわ浮かんでいたから盲点だった。

それぐらいで充分だ、暴力と呼ぶには足りるだろう。

よほど壊れた人間でなければ、肉体的な痛みにだけは耐えられないはずだ。

暴力は、大抵の人間に恐怖の種を蒔くことが出来る上、その種はとてつもなく早く育つはずだ。

あっという間に、「この存在には逆らえない」という絶望に辿り着く。

どうしよう、『ヒナタリ様』からの攻撃だと思い込ませた結果、「ありがとうございます!」とか言われたら。

我々の村ではご褒美です!って言われたりしない限り脅迫としての効果はあるはずだ。

女の子に手を出させるのは男としてどうかと思うが、殺させる訳ではないし。

恨みを込めて多少痛い目に遭わせてやる事ぐらいはいいだろう。

「あら、そろそろ村に着くわ。念のため少し姿勢を低くして」

言われた通り腰を低くしながら、潜入スパイのような姿勢で進んでいく。

潜入スパイなんて見たことないけど。

会話と作戦立てに夢中だったとはいえ、太鼓の音がもうすぐそこに近付いているのに今更気がついてしまった。

やがて朱音は止まって、自分の横に来るよう手招きしてきた。

茂みに隠れて前を見やると、今俺達がいる所より低い場所に広場があった。

まるでキャンプファイアーのように、かなり大きい炎を人間達が囲んでいた。

全員朱音と同じような白装束で、仮面を被っている。

一人が樽のような太鼓をこれでもかと叩き、それ以外は例外なく輪を描いて鈴を鳴らし、静かに動きながら舞っていた。

微かに歌声のようなものも聞こえる、が唱っているというより集団でぶつぶつ呟いているようだ。

躍りも縁日で見るような華々しいものではなく、黒ミサに申し訳程度に身ぶり手振り加えただけというか……。

活気を感じない、見ているだけで心の大事な部分を優しく、しかし少しずつ削がれていくようだ。

「ね?不気味でしょ?よくあんな事何時間もしてて心が病まないわよね。村の為なら、家族の為ならいくらでも狂わずに狂えるし、何の罪もない人も殺せる。果たしてこれは人間の美しさなのかしらね?それとも汚さなのかしら」

「美しいとか、汚いとか、ましてや正しいとか悪いとかじゃない。ただただ俺が気にくわないんだよ」

「ふふ、私もよ。これからも不確かな存在への意味のない犠牲になる人がいるなんて、胸糞悪いじゃない?」

「もしもし、言葉使い悪くなってますよ?」

「おっと、いけないいけない。虫酸が走るじゃない?」

「糞とか言わなければいいって問題じゃないんだが……」

「それで?もう質問はないの?目の前で繰り広げてる真っ最中の儀式と風習に関して」

「あぁっと。ちょっと待ってくれ……?」

『ヒナタリ様』 の存在とルーツ、儀式の意味と内容、村の内部情報。

これだけあれば、有能な人間であれば村を乗っ取ることすら可能かもしれない。

しかし、俺達がするのは詐欺でありながら何も奪わない、破壊でありながら形而下のものは壊さない、人助けでありながらこの場に救われる人間はいない。裁きでありながら下す罰もない。

脚本から何から一人で、台詞のほとんどがアドリブの、演者が二人しかいない一日限りのビッグステージ。

だがしかし、端からみれば三文芝居であろうとも、信仰という色眼鏡をかけた白い面々にとっては価千金の芝居でなければならない。

百年以上、立派な人間が脈々と完遂し、受け継いできた伝統を一夜にして木っ端微塵に断ち切らざるを得なくなるほどの芝居でなければ。

天地を全く揺るがせない程度の普通の人間と、いっぱしの幽霊には荷が重いかもしれない。

だが、向こうが勝手に天地でなくとも村を揺るがす存在であると決め付けてくれればこちらの勝ちだ。

いかに上手くハッタリをかますか、それにかかっている。

「質問は特にもうない。だから次は俺のターンだ」

「……まさか、もう作戦が浮かんでるの?」

「あぁ、俺にとってはこの状況。予測も予想も出来ていなかった」

「そりゃそうでしょうね、神様でもあるまいし」

「だけどな――似たような状況なら妄想済みだ。とっくの昔にな」

本当は話を聞きながらこっそり発想を固めてただけなんだけど。

「…………妄想のように、現実は上手くいかないものなんじゃなくて?」

「その通りだ、普通ならな。だけど今俺の目の前にはあらゆる非現実が現実として転がっている……。ここなら、俺の妄想だって、実現出来る、多分な?」

「それも根拠のない自信?」

「もちろん。まぁ聞け、俺の書いたシナリオを。虚偽と悪意で出来た脚本を」

「ま、いいわ。今頼れるのは貴方だけなんだし。頼んだ手前、最後までついていくわ」

朱音も覚悟を決めたのだろう、俺の次の言葉を楽しそうに待っている。

脚本の読み合わせから、既に芝居は始まっているのだ――だから。

だから俺はかつて朱音にしたように、大胆不敵に笑いながら、宣戦布告をした。





「一世一代の大茶番、やってやろうじゃねぇか!」


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