第一話 あらぎ島の朝は、今日もにぎやか
和歌山県、有田川町。
山々に囲まれた「あらぎ島」には、昔からちょっと変わった言い伝えがあった。
山の奥には、一頭の龍が住んでいる。
その名は――和歌山蒼龍。
青白い体に六つの光る玉をまとった、大きな龍。
けれど、人を襲ったり、宝物を奪ったりする恐ろしい龍ではない。
あらぎ島の山や川、そして田畑を見守りながら、そこで暮らす人々を昔からそっと見守ってきた龍なのだ。
今では、あらぎ島に住む六匹の恐竜たちにとって、蒼龍はちょっと頼りになる指南役でもあった。
困ったことがあれば相談する。
何か分からないことがあれば教えてもらう。
もっとも――
「それくらい、自分らで考えたらどうじゃ」
と言われることも多い。
そんな蒼龍の住む部屋は、山の奥深くにある。
普通に歩いて行けば、かなりの距離だ。
そこで、なぜか使われているのが――
どこでもドア。
蔵王橋の近くに、いつの間にか置かれた一枚のドア。
開ければ、そこは蒼龍の部屋。
なぜそんなものがあるのか。
誰が作ったのか。
それは、あらぎ島ではあまり深く考えないことになっていた。
なにしろ、この島には恐竜が六匹も住んでいるのだから。
* * *
そんなあらぎ島の、とある朝。
「おーーーい! 起きろーーー!」
朝の山あいに、元気な声が響いた。
「今日は見回りの日やぞーーー!」
赤い恐竜、レッドだった。
あらぎ島に暮らす六匹の恐竜――ソーリュージャーの一匹である。
「うるさいなぁ……」
青い恐竜、ブルーが家の戸口から顔を出した。
「まだ朝の六時やで」
「六時やから起きるんや!」
「早すぎるって……」
その横から黄色の恐竜、イエローが顔を出す。
「まあまあ。今日は田んぼの様子も見に行くんやろ?」
「そうや!」
レッドが胸を張った。
「俺たちが、あらぎ島の米を守るんや!」
「おー!」
緑の恐竜、グリーンが拳を上げる。
「僕も頑張ります!」
白い恐竜、ホワイトも元気いっぱいだ。
そして最後に、ピンクの恐竜がやってきた。
その肩には――
ちょこん。
小さなカエルが乗っている。
「おはよう、ケロ助」
「おはようさん」
「……」
ブルーが固まった。
「今……ケロ助、しゃべった?」
「しゃべるで」
ケロ助は平然と答えた。
「前からしゃべっとる」
「俺、初めて聞いたけど」
「ブルーが聞いてへんだけや」
「なんやねん、それ……」
ピンクが笑った。
「ケロ助は、いつもここが好きなんよ」
「そら楽やからな」
ケロ助はピンクの肩の上で足を組んだ。
「自分で歩かんでええし」
「……お前、意外とちゃっかりしてるな」
「カエルは賢いんや」
「自分で言うか?」
六匹と一匹は、朝からいつもの調子だった。
そのとき。
イエローが、田んぼのほうを見た。
「……あれ?」
「どないした?」
「ちょっと、あっち見て」
六匹が顔を向ける。
朝日に照らされた田んぼ。
稲の向こう側に、土が掘り返されたような跡が見える。
「……イノシシやな」
グリーンが言った。
「また来たんか!」
レッドが走り出そうとする。
「待て!」
ブルーが呼び止めた。
「そこから先は田んぼや」
「……あ」
レッドが足を止めた。
「せやった」
「米を守るんやったら、まず米を大事にせなな」
イエローが笑う。
「よし、追いかけるで!」
「おう!」
六匹はあぜ道を走り出した。
少し先に、黒い影が見える。
「いたぞ!」
レッドが叫んだ。
イノシシがこちらを振り返った。
「待てーーー!」
「ブヒッ!」
イノシシが走る。
「逃がすなーー!」
恐竜たちも走る。
朝のあらぎ島に、六匹の恐竜と一頭のイノシシの追いかけっこが始まった。
「レッド、そっちや!」
「任せろ!」
「ホワイト、回り込んで!」
「はい!」
「ケロ助、どっち行った!?」
ピンクが聞く。
肩の上のケロ助が、ぴょこんと立ち上がった。
「あっちや!」
「どっち!?」
「右!」
「右って、俺から見て!?」
「知らん!」
「ケロ助ーーー!」
そんな騒ぎを、少し離れた山道からじっと見つめているものがいた。
ニホンカモシカだった。
あらぎ島では、ときどき山から下りてきて、その姿を見せる。
その中でも、このカモシカは特に町民たちによく知られていた。
名前は――かもしかちゃん。
いつからそう呼ばれるようになったのか、正確なことは誰も知らない。
ただ、かもしかちゃんには不思議なところがあった。
人の姿を見ても、あまり逃げない。
少し離れた場所からこちらを眺め、しばらくすると何事もなかったように草を食べ始める。
写真を撮られても、慌てて山へ逃げていくことがない。
そのため、いつしか町民たちは親しみを込めて、
「今日もかもしかちゃん来とるで」
と言うようになった。
そして今では、あらぎ島のちょっとした名物。
あらぎ島のアイドル、かもしかちゃん。
もちろん、本人にそんな自覚はない。
「……。」
かもしかちゃんは、今日も静かに恐竜たちを見ていた。
「かもしかちゃん、おはよう」
通りかかった町民が声をかける。
かもしかちゃんは、ちらっと顔を向けた。
「今日も逃げへんなぁ」
町民が笑う。
カメラを取り出して、一枚。
カシャッ。
かもしかちゃんは、やっぱり逃げない。
「かわいいなぁ」
その声を聞いたケロ助が振り返った。
「あっ、かもしかちゃんや!」
ピンクも足を止める。
「ほんまや」
レッドたちも、少し離れたところで立ち止まった。
「かもしかちゃん、おはよう!」
「……。」
「今日も元気そうやな!」
「……。」
「返事せえへんな」
ブルーが言う。
ケロ助が胸を張った。
「かもしかちゃんは、無口なタイプや」
「お前はしゃべりすぎや」
そのとき――
「ブヒィィィ!」
「うわっ!」
忘れられていたイノシシが、恐竜たちの横をすり抜けた。
「しまった!」
「行ったぞ!」
「追えーーー!」
六匹がまた走り出す。
ケロ助も、
「待てーー! イノシシーー!」
と叫びながら、ピンクの肩にしがみついた。
かもしかちゃんは、その後ろ姿を静かに見送った。
そして――
「……。」
何事もなかったように、草を食べ始めた。
* * *
ようやくイノシシを山のほうへ追いやった頃。
「ふぅ……」
レッドが息をついた。
「今日も無事に追い払ったな」
「朝から疲れた……」
ブルーが座り込む。
そこへ、
「おーーーい!」
聞き慣れた声が近づいてきた。
「みんな、ここにおったんか!」
柳生先生だった。
両手には、大きな箱。
「先生、それ何です?」
ホワイトが尋ねる。
「ふふふ……」
柳生先生は得意げに笑った。
「新発明や!」
「……」
六匹の顔が、一斉に曇った。
「またですか?」
「またや」
「何を作ったんです?」
「今回は、あらぎ島の農作物を守るための――」
柳生先生が箱を開ける。
「自動・獣害対策ロボや!」
ガシャン!
小型のロボットが立ち上がった。
「おおーー!」
恐竜たちが歓声を上げる。
「これで鹿もイノシシも鵜も、みんな追い払える!」
柳生先生がスイッチを入れた。
ウィーン……。
ロボットの目が光る。
「周辺の動物を検索します」
「頼むで!」
レッドが胸を張る。
「対象を発見」
「おっ!」
「ニホンカモシカ」
「……」
全員が固まった。
「かもしかちゃんや!」
ケロ助が叫んだ。
「違う! そっちは追い払ったらあかん!」
「なんでや?」
柳生先生が首をかしげる。
「アイドルやから!」
「そういう問題なんか?」
ロボットは、かもしかちゃんの前まで歩いていった。
「対象確認」
「……。」
「こんにちは」
「……。」
「友達になりましょう」
「なんでやねん!」
六匹の声が、またあらぎ島に響いた。
かもしかちゃんだけは、何事もなかったように草を食べていた。
* * *
その日の昼過ぎ。
恐竜たちがあらぎ島を歩いていると、蔵王橋の近くでレッドが足を止めた。
「なあ」
「ん?」
「蒼龍さんに相談しに行かへん?」
「何を?」
「このロボのことや」
柳生先生のロボットは、まだ後ろで、
「友達を検索します」
とつぶやいている。
「……そうやな」
ブルーがため息をついた。
「蒼龍さんなら何か分かるかもしれん」
蔵王橋のたもと。
そこには、いつものように一枚のドアが立っていた。
「開けるで」
レッドがドアノブを握る。
ガチャッ。
「おじゃましまーす!」
「……騒がしいと思ったら、お前たちか」
ドアの向こう。
そこには青白い光に包まれた大きな龍がいた。
和歌山蒼龍。
あらぎ島を見守り続ける、六匹の恐竜たちの指南役だ。
「蒼龍さん!」
レッドが駆け寄る。
「今日な、イノシシ追い払ってん!」
「そうか」
「かもしかちゃんもおった!」
「そうか」
「柳生先生がロボ作った!」
「……そうか」
「そのロボがかもしかちゃんと友達になろうとしてます!」
「……。」
蒼龍はしばらく黙っていた。
「柳生先生らしいの」
「どうしたらええですか?」
蒼龍は六匹を見渡した。
「まず、そのロボを止めてこい」
「はい!」
「それから――」
蒼龍は小さく笑った。
「今日も一日、ご苦労だったな」
恐竜たちは顔を見合わせた。
「へへっ」
レッドが笑う。
「明日も頑張ります!」
「明日も?」
ブルーが嫌そうな顔をする。
「明日も何か起こるんか……?」
その横でケロ助が言った。
「絶対起こるで」
「なんで分かるんや?」
「柳生先生がおるからや」
「……確かにな」
蒼龍が、ふっと笑った。
あらぎ島。
今日も大きな事件はなかった。
イノシシを追い払い。
かもしかちゃんが姿を見せ。
柳生先生の発明品が少しだけ暴走した。
それでも、田んぼには青々と稲が揺れている。
山には風が吹き、川は静かに流れている。
恐竜たちは、そんなあらぎ島で暮らしている。
明日は何が起こるのか。
それは、誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは――
「ケロ助、肩から降りてくれへん?」
「いやや」
「もう晩ごはんやで?」
「ほな行こ」
「結局降りへんのかい!」
今日もあらぎ島は、にぎやかだった。




