第66話 使う人のために(8歳)
正式に3台の冷暖房具の製作依頼を辺境伯家から受けたため、サミュエルはルシアンと一緒にガレスと打ち合わせをしていた。
「いやあ、また依頼を取ってくるなんて優秀だね。冷暖房具も見せてもらったけど、これは欲しくなるのもわかるよ。試作型と同じ物を弟子たちに作らせてみようかな。」
「いいんじゃないか? 術式自体は単純だが数が多い。弟子の練習にはうってつけだ。出来が良ければ依頼品の一部を任せてもいい。実際の仕事ほど腕が磨かれるものはない。」
ガレスの将来を見据えた考えにルシアンも同意する。2人ともついでに冷暖房具を身近に置きたいのだろう、とサミュエルは思った。
「ただ受注のほうも進めなきゃいけないから今回は……術式を彫るのは外部のいつもの人たちに頼もうと思います。」
「はい、僕もミーナさんに手伝ってもらって全部彫るのにかなり時間がかかりました……。」
「じゃあ術式を描くのは私とサミュエルでやろうか。師匠は……サミュエルの補佐ですかね?」
「隠居した年寄りが現場に出るとお前もやりにくいだろう。俺はサミュエルの補佐に回る。まあ、術式に不備がないか最終確認くらいはしてやる。」
「そうですね。じゃあサミュエルは……説明書とやらの作成をしてくれ。一番仕様を理解しているのはお前だ。説明書なんて言葉が出てきたってことは、もうどんなものにするか考えてるんだろ?」
「おおよそは……。」
「では取り掛かろうか。忙しくなるぞ。」
役割分担が決まると、それぞれが持ち場へ向かった。
「それで説明書はどういう形にするつもりだ?考えがあるんだろう?」
「はい、何枚かの紙に使用者が知っておくべきことを書くつもりです。」
サミュエルは説明書の完成形はすでに見えていた。前世で様々な家電の説明書を何度も見てきたため、おおよそのフォーマットは頭に入っていた。それをなぞるだけでよかった。
「表紙を魔術具の絵にします。そして次のページからツマミや操作棒、フィルタの意味と使い方を書きます。最後にフィルタの取り外し方と掃除の仕方を書けばいいかなと思ってます。」
「そうだな。素人が操作するならそれくらいで十分だろう。貴族の家の使用人なら全員文字も読めるから問題はないが、絵での説明も増やしたほうがわかりやすい。ツマミをどっちに回すかや、フィルタをどうやって外すかとかだな。」
この世界の識字率のことが頭にはなかった。だが操作に慣れていない人からすれば文字だけではわかりにくいため、ルシアンが言う通りイラストで使い方も書いたほうがいいだろう。
「ではこんな感じでどうでしょう?」
サミュエルは試しにツマミの絵を書いた。ツマミの横に、↑の絵を書いて「暑くなる」、↓の絵を書いて「涼しくなる」と併記した。
「なるほど、これなら文字を読むのが苦手な奴でも理解しやすいな。」
「はい、読める人でも、一目でわかるほうが間違いは減ります。」
「フィルタも同じように外す際の力を入れる方向を矢印で示すとわかりやすいな。それで一通り下書きを作ってみろ。問題なければ清書させる。」
ルシアンにそう指示をされ、説明書の作成に取りかかった。
「こんな感じでどうでしょう?」
数時間後、サミュエルは書き上げた下書きをルシアンへ差し出した。
ルシアンは一枚ずつ目を通し、時折ページをめくりながら確認していく。
「……いいな。使用者が知るべきことは一通り書けてる。絵もあるから初めて触る奴でも迷わねえだろう。」
「ありがとうございます。」
「細かい言い回しはこっちで整えて清書させる。お前は冷暖房具の製作に戻れ。」
「はい!」
説明書の作成はこれで一区切りとなり、サミュエルも再び冷暖房具の製作へ戻った。
ガレスたちが居る作業室に行くと、弟子のトーマス、エリック、ジェイクが指導を受けながら作業をしていた。
「今日からこれを作ってもらう。」
ガレスは先日サミュエルが書き起こした冷暖房具の術式の図面を3人に見せる。
「送風具と似てますね。」
「使っている術式は基本的には同じだが細部が違う。似ているからといって舐めるな。」
ジェイクがすぐに送風具との類似点に気づいたが、ガレスが喝を入れる。これからやる作業量は多く、腑抜けた考えを消したいのだろう。実際作業が始まると――。
「あっ……。」
「だから言ったろ。発熱も冷却も、術式は少しでも間違えると正しい効果がでない。これは他の術式でも同じことだ。」
ガレスはずれた部品を外し、正しい位置を指で示した。
「冷暖房具は送風具より部品も術式も多い。一つでも気を抜けば全部やり直しだ。焦るな。一つずつ確認しながら進めろ。」
「はい!」
三人は返事をすると、今度は慎重に作業を進め始めた。その様子を見ていたサミュエルは、ふと口を開く。
「ガレスさんも師匠と同じことを言うんですね。」
「ん?」
「最後まで確認するのが仕事だって。」
ガレスは少し笑った。
「当たり前さ。俺も師匠に何度叩き込まれたと思ってるんだ。」
「今じゃ弟子に同じこと言ってますよ。」
工房の中に小さな笑いが広がる。
ガレスの指示を受け、弟子たちは一枚ずつ術式を彫り進めていく。慣れない複雑な術式に苦戦しながらも、先ほどの注意を思い出し、慎重に刻んでいた。
「慌てる必要はない。まずは試作型を最後まで仕上げろ。」
「はい!」
その様子を見届けると、サミュエルは自分の持ち場へ戻る。依頼品の製作はこれからが本番だ。その前に、弟子たちが少しでも腕を上げられるよう、試作型は格好の教材になっていた。
工房ではそれぞれが自分の役割を果たしながら、次の仕事へ向けた準備が着々と進められていた。
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数日後――。
最初の1台が完成した。工房とサミュエルの刻印を刻み込み、仕上げを終える。残り2台も製作中だったが、暑さも真っ盛りとなり、完成したものから納品してほしいというレオン辺境伯の要望により、まずはその1台を荷車へ載せ、辺境伯邸へ運ぶこととなった。
「レオン様、取り付けも終わりました。こちらが説明書になります。」
「うむ、では試しにこれを読んで作動させられるか試してみよう。」
エレノアは興味津々な様子で冷暖房具へ歩み寄り、そのまま操作棒へ手を伸ばした。
「待て、エレノア。」
「え?」
「お前は使い方を知っている。お前が動かせても説明書の出来は証明できん。」
「あっ……そうでしたわ。」
「誰か冷暖房具を知らない者を呼んできてくれ。もちろん魔術が使える者でな。」
レオンの指示で家令が別の部屋から魔術が使える使用人を連れてくる。説明書を渡して、使うように使用人に命令をした。しばらく説明書を読み込むと、使用人はおそるおそる操作棒へ魔力を流した。
「これでどうでしょうか?」
「問題ないな。ではもう少し涼しくしてくれ。」
新たな指示も問題なくこなし、説明書も正式な納品物として納めることとなった。
「あの……いまの説明書を読んで、わかりにくかったところがあれば教えてください。つ、次に作る時の参考にしたいので……。」
サミュエルは自分の説明書に不親切な部分がなかったかを使用人に聞く。
「え?ああ、そうだね……。この部分とか少しわかりにくかったかな……。他の部分と同じように絵があるとわかりやすいかも。」
使用人は説明書の該当ページを指差しながら教えてくれた。
さらなる改善案を聞き、サミュエルは忘れないよう手早くメモを取る。そんな姿を見たルシアンは、満足そうに目を細めていた。




