第64話 職人の居場所(8歳)
ミーナとヘルガに概要が描かれた外観図を見せ、意見を求めることにした。
「うん、使う人のことがよく考えられてるね。高い位置に設置するから、下から魔力を流せるように操作棒が繋がっているのはいいね。それに冷たさや暑さの調整は魔力がない人でもツマミを回すだけで切り替えられるのがいいね。」
「そうだねえ。形も今の送風具を基本として少し変えるぐらいで済むね。ただ問題は……。」
「こいつだねー。術式自体は単純だけど……数が多いから作るのが少し大変だねー。」
術式の分岐数は必要最低限にはしたが、温度を細かく調整できるようにしたため、単純に描く術式の数が多くなっている。
「すみません……使い方を考えるとどうしても……。」
「いやいや、サミュエルが無駄を削ぎ落としてもこうなったのは魔術具製作に関わってる人間ならわかるさね。それに目的を考えるならどうしてもこれは必要だねえ。」
「うんうん、この前教えたことをちゃんと守れてるようで、お姉さんは嬉しいよ。」
以前、ミーナからデザインは使う人のことも考えてこそと教えられた。そのため『使いやすさ』を重視した結果、前世で知っていたエアコンとは少し違う形になっていた。
箱から一本の操作棒が下へ伸びている。リモコンのような遠隔操作はできないため、その棒へ触れて魔力を流すことで、およそ半日は稼働し続ける仕組みだ。
「ところでこの上に嵌めるフィルタ……ってのはなんだい?」
「あっ……すみません。埃を受け止める部品です。部屋の中の空気を上から吸って、正面から吐き出すんですが、吸う時に埃を受け止めて綺麗にしてくれます。綺麗な空気を生み出す魔術でもあれば必要はないんですが……。」
「あれ?知らないのかい?あるよ。綺麗な空気を生み出す魔術。空気生成って言うんだけどね。」
「ええっ!?」
まさかの事実がヘルガの口から告げられてサミュエルは項垂れる。
「じゃあ送風を空気生成へ置き換えたほうがよさそうですね……。」
「いやいや、そりゃやめときな。あれは送風なんかとは比べもんにならないくらい魔力を食うんだ。鉱山みたいな空気の悪い場所で、命を守るために使う魔術さ。部屋中で使うなんて贅沢すぎる。」
便利な魔術にも、それ相応の代償がある。ヘルガの口ぶりから、それが常識なのだとサミュエルは理解した。
「それこそ魔術師を何人も抱えてる家でもなけりゃ使い物にならないよ。いまの辺境伯家でもちょっと厳しいかも知れないねえ。」
「わかりました。ではこのままでいきましょう。」
「そうだね。じゃあ私は外観を作るから……サミュエル。あんたは基盤に術式を掘りな。」
「え?僕がやっていいんですか?」
突然の新しい仕事を任されたことに驚きの声を上げる。
「良いも何も、基盤に術式を掘るのはルシアン工房独自の技術さ。外じゃ教えてないから、それ専門の職人なんていないんだよ。ルシアンの弟子ならあんたもできるようになってなきゃいけないさ。」
「そうだね。ガレスもやるし、私もやるよ。もしかしたらガレスの弟子三人ももう任されてるかもねー。できないというかやろうとしないのはリュシエルぐらいだね。」
「あいつは考える方だ。細かい作業までやらせたら余計なことしかしないからね。」
「わかりました!頑張ります!」
ルシアンの弟子として認められたからには、期待に応えたい。その言葉だけで、もともと高かったやる気がさらに湧き上がってきた。
「あとミーナ、あんたも手伝いな。できるんだろ?」
「あちゃー、言わなきゃよかった!」
口ではそう言いながらも、ミーナは最初から手伝う気でいたのだろう。嫌そうな顔はしていなかった。
ヘルガが基盤となる鉄板を用意し、そこへ術式を描いていく。インクが乾いた後、その線に沿って鉄板を削る工程は、前世の授業でやった版画を思い出させた。
サミュエルの手際を見ていたヘルガが、感心したように口を開く。
「あんた今8歳だったよね?その歳にしては腕がいいね。」
それを聞いたミーナも覗き込み、サミュエルが彫った術式を眺める。
「本当だねー。彫りの深さも均一だし、線も綺麗だね。鉄を彫る作業なんて普通最初はガタガタになるものなんだけどね。」
「えっと……ありがとうございます……。」
突然褒められ、サミュエルは照れるようにして声を絞り出した。やはり他人から褒められることにまだ慣れない。
「うちの息子もこれぐらい手際が良ければいいんだけどねえ。見習ってほしいよ。」
「え?ヘルガさんってお子さんがいるんですか?」
「私もいるよー。まだ君より小さいけどね!……あ、背じゃなくて年齢の話ね。」
サミュエルは驚愕の事実を知った。よく考えれば二人とも一人前の職人だ。家庭を持っていても何も不思議ではなかった。
「知りませんでした……。」
「まあ特に話してもいないしねー。それに子どもができたからこそ、この工房に拾ってもらえたようなもんだねー。」
「どういうことですか?」
子どもがいることと、この工房にいることがサミュエルの中では繋がらない。
「私たちは自分で言うのなんだけど、腕は街の鍛冶師にも負けてないと思っているのさ。だけど子どもを産むのと育てるってことで、前の工房を辞めちまってねえ。」
「女の職人って大体そうなるよねー。私もギリギリまで働いてたけど生まれてからはしばらく働けなかったからね。」
「それで再び働こうと思ったら、前の工房には席はないし、新しい工房だと腕が良くても見習いからになるからそういうわけにもいかない。そんなときルシアンがここで働かないかって腕を買ってくれたってわけさ。」
「そうそう、あれは助かったよね。」
腕が良くても、出産と育児で現場を長く離れれば、戻ってきた頃には自分の居場所はなくなっている。工房も仕事である以上、いつまでも席を空けてはおけないからだ。それが女性職人ならではの事情だった。二人がルシアン工房にいる理由を、サミュエルはようやく理解した。
「だからというわけじゃないけど……。あんたも工房を持つようになったら、できれば私たちと同じ境遇の奴を雇ってやってほしいねえ。」
「……その、少し聞きにくいのですが、似たような人は多いんですか?」
「多くはないけど、居なくはないといった感じかなー。この前、君が考えた送風具の大口依頼あったでしょ?あれぐらいになると術式彫りはそういう人に手伝ってもらってるんだ。」
合計8台もあった割にはすぐ終わったと思ってはいたが、どうやら外注に頼って人手を確保していたようだ。
「あんたも結婚して、子どもが出来た後に奥さんが働きたいと言ったら働かせてやんなよ。」
「でも、サミュエルは貴族だから奥さんも貴族かもよ?」
「いえ……僕は家を出る予定なので……それに奥さんなんて考えられません。」
未だに家族と正面から向き合うことが素直にできてない。そんな自分が恋人を作り、結婚、そして家庭を持つなんて想像もできなかった。
「またまたー、いいなって思う子とかいるんじゃない?貴族じゃなくてもさ!たとえば農家の娘さんとか、織物商の娘さんとか!」
ミーナに日々の納品確認の作業でよく会う二人を例に出され、頭で思い浮かべたが想像ができない。
「あのお二人ですか?家族の手伝いを毎日してて立派ですよね。きっといい奥さんになると思いますよ。」
「駄目だねこりゃ……。」
「ちょっとあの子たちが可哀想かも……。」
なにやら自分が責められるような雰囲気を察し、サミュエルは話題を変えることにした。
「じゃあリュシエルさんもそういった事情が?」
「いやー、あいつは単純に魔術の研究がしたいって森を出てきた変わり者だからね。何か事情があるのかもしれないけど、私は知らないかなー。」
「あいつは過去より魔術の方が大事なんだろうさ。」
三人三様の事情があって、この工房に集まってきた。
そんな仲間たちと共に、サミュエルは試作品の完成へ向けて作業を進めていくのだった。




