第63話 追加の機能(8歳)
「えっとですね……エレノア様が言ったように風を当てて冷やす必要はないんです。」
まだ興奮が冷めないのか、サミュエルは言葉を選びながら思いついた考えを整理していく。
「風のせいで紙が飛んだりインクが乾いてしまうのなら、風を当てずに冷やせばいいんです。」
「どういうこと?」
「エレノア様が言ってましたよね?保冷庫の中は涼しいって。そこで仕事をすればいいって。なら部屋を保冷庫にしてしまえばいいんですよ。」
「そんなことできるの?」
「おそらくできるはずです。ただ保冷庫とは違う術式を使います。」
ルシアンは腕を組み、静かに頷いた。サミュエルの考えていることが少しずつ見えてきたのだろう。
「そうだろうな。保冷庫は氷を生成し、その冷気を閉じ込めることで庫内を冷やしている。もし人が入れば最初は涼しいが途中から寒くなる。それに氷が溶けるのが早くなるからあそこに人が入るのはおすすめできない。魔力消費がとんでもないことになる。」
「はい。なので別の手段を取ります。最初に作った、寒すぎて失敗した改良送風具です。あれを保冷庫のように外気が入りにくく、冷気も逃げにくい部屋で使うのはどうでしょうか?」
「そうか、保冷庫は氷で冷気を作っているが、お前が作った冷却術式なら氷がなくても冷気を生み出せる。それを閉じ込めてやれば部屋自体が涼しくなるわけか。」
「はい。そのとおりです。ただあれは寒すぎるので冷え方は調整しないといけませんが。」
ルシアンは目を閉じて少し考え込む。理屈は理解できる。しかし実際に魔術具として成立するかは別問題だ。
「今の送風具より風は弱くていいので、少し冷えるようにします。これは部屋やその日の暑さで調整できるように調整機能を付けましょう。取り付け場所は風が当たらない場所……。部屋の壁の上のほうがいいですね。ただ部屋の空気を吸い込んで、冷やして風を吐き出す仕組みになるので埃などを受け止める機能も欲しいですね。あとは――。」
サミュエルの口は止まらなかった。頭の中では完成図が次々と形になり、それを言葉へ変えていく。
「そんなに一気に話されても困るわ!」
「す、すみません。色々思いついてきてしまって……。」
サミュエルは前世でのエアコンの形と仕組みをもとに話を進めてしまっていた。
「なんだお前、もう完成図が思い浮かんでるか?ならちょっと図にして要点をまとめてみろ。できるかどうか確認してやる。」
そう言われ、サミュエルが外観図と構造を書き上げる。それは長方形の箱であり、箱の上部から空気を吸い込み、正面から風と冷気を送り出す。そんな簡単な外観図だった。
「部屋全体を冷やす必要があるから出力は高めにする必要があるので送風具より大きくなります。後の拡張性も考えると大人が抱えるぐらいのサイズかなと思います。」
「部屋の空気を吸い込むと言ったな。吐き出した空気はどうする?」
「基本は部屋の中を循環させます。冷えた空気を何度も送れば、少しずつ部屋全体が冷えていくはずです。」
ルシアンは図を見ながら頷く。
「なるほど……。冷気を作るだけではなく、空気を循環させることで部屋そのものを冷やして涼しさを維持するわけか。」
「はい。ただ部屋の広さや暑さで必要な出力は変わります。だから温度を細かく調整できるようにしたいんです。」
「だから大型化か。」
「はい。術式も増えますし、後から機能を追加できる余裕も欲しいので。」
「追加の機能?なにか思い浮かんだのか?」
「……そういえば。」
その一言で、サミュエルの記憶の中にあった前世の機械が一つの形として繋がった。
「夏だけじゃなく、冬も快適にできるかもしれません。」
「そうか。冷却術式を発熱術式にすることで今度は部屋を温めることができるわけか。」
「でもそれなら暖炉で良くないかしら?」
エレノアが部屋を温める機能に不要だと言う。すでに安価で代替品があるのだからということだろう。
「はい。暖炉で十分です。もし部屋を温めるだけなら、この魔術具を作る意味はあまりありません。」
「ならどうして?」
「これ1台で夏は冷やせて、冬は温めることができるからです。片方だけより両方できたほうが便利じゃないですか?同じ魔術具で一年中使えるんです。それに毎回暖炉へ薪を焚べる必要もなく、暑すぎたり、熱が足りないということもありません。細かく調整できますから。」
サミュエルはエレノアに暖房機能を付けることのメリットをいくつか説明していると、ルシアンがそれに補足してくれた。
「それに暖炉は事故の可能性がある。毎年民家では火事は勿論、換気が悪く煙にやられて命を落とす者もいる。」
サミュエルにはルシアンの言いたいことがよくわかった。前世でも、換気不足による暖房器具の事故は決して珍しいものではなかった。
「そういうことね。便利で安全になるのならそのほうがいいわよね!」
「はい。ただ問題が……勝手に要望以外の内容も付けるとまずいかなあ…って。」
「その懸念は最もだ。簡単な概要図と性能を記したものを作れ。それを持ってレオン様に俺から説明しに行ってくる。その間にお前は術式を書いておけ。」
「わかりました。」
「面白くなってきたわね!」
そうしてサミュエルが概要図を書き上げると、ルシアンはそれを持ってエレノアと共に辺境伯家へと向かった。
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「戻ったぞ。」
「おかえりなさい。どうでしたか?」
ルシアンは1人で帰ってきた。どうやらエレノアはそのまま帰宅する形になったようだ。それよりもサミュエルは作る許可が貰えたかどうかが気になり、結果をすぐに聞こうとする。
「結論からいえば作っていいということだ。まずは1台仕上げろ。そして成功したら執務室に取り付ける物を改めて受注するとのことだ。」
「では一度試作品を作り、それを実演して満足してもらえたら受注生産をする、ということですか?」
「ああ。いきなり量産はしない。まずは試作で性能を見てもらう。術式を書き終えたらヘルガとミーナを集めて概要図を見せろ。俺の方から二人には伝えておく。」
「わかりました。では取り掛かります。」
そうして一日かけて試作に必要な術式を書き上げ、ルシアンから問題ないというお墨付きをもらった。




