第55話 魔力の謎(8歳)
数日が経った。
朝の鍛錬や納品チェックにも少しずつ慣れ始め、エレノアの相手や日々の業務をこなしているうちに、サミュエルは一つ気付いたことがあった。
農家のおじさんは娘を連れ、炭屋は息子を連れ、織物商も家族総出で荷を運んでいる日がある。中には自分と同じくらいの年頃の子どもも、親の手伝いをしていた。
(どこも人手が足りないんだな……。)
視線を感じることもあるが、自分ぐらいの子どもが工房で働いているのが珍しいのだろう。そういった視線にも少しは慣れてきた。
今回は届いた荷物をリュシエルのもとに届けることになった。
(そういえば最初の挨拶以来話してないや……。)
少ししか言葉は交わしていないが、なんというかとっつきにくい人という印象だった。エルフは皆ああいう話し方をするのだろうか。美形ゆえに妙な威圧感がある。
「り、リュシエルさん……頼まれていた荷物が届きました……。」
「ようやく来たか。入れ。」
どうやらリュシエルは届けにきた荷物を待ち望んでいたようだった。
「ルシアンから聞いたぞ。お前、魔力の流れがわかるそうだな?」
「え?」
「体感で自分の魔力の残量がわかったり、魔術を使った時の身体の魔力の流れがわかる……だったか?なぜ私のところにすぐ来ない。」
どうやら待ち望んでいたのは荷物ではなくサミュエル自身だったようだ。
「え?な、なんですか?」
「お前が変わっているからだ。普通はそんなことはわからない。」
ルシアンもわからないと言っていたな。
「だから話を聞かせてもらう。魔力をどう認識しているのか、知っていることを一つ残らずだ。」
「ひ、一つ残らずと言われても……なんとなく?」
リュシエルの目が鋭くなるのを感じた。
「それでわかるわけがないだろう。まあいい、私から質問をするからそれに答えろ。」
「はい……。」
「魔術を使う時、魔力はどこから感じる?」
これはまだ赤ちゃんの時初めて感じた感覚だ。今でも意識するとわかる。
「ええっと……胸の辺り……ですね。そこに魔力の塊を感じます。」
「心臓の辺りか……やはり……。魔術を使うとどう流れていく?」
「例えば右腕から出す時は少しずつ胸の辺りにある魔力の塊から腕に魔力が運ばれる感覚です。詠唱をしないとそのまま魔力が手の平から抜けていく感覚がします。」
「ほう、それは興味深い。詠唱をすると?」
「なんというか……魔力が変質するような感覚がします。これは感覚なので言葉で上手く言えませんが術式ごとに感覚が違います。」
「なるほど……。サンプル数がお前一人だから合っているのかどうかわからんが貴重な意見だ。」
リュシエルは今の質疑応答でなにやら得るものがあったようだ。
「僕からもいいですか?普通魔力の流れってわからないんですか?」
「わからない。だからお前は普通じゃない。」
酷い言われようだ。
「例えばだ。お前や私の身体の中には全身に血が流れている。その血の流れをお前は身体で感じ取れるか?私は無理だ。」
「僕もです。」
「そうだ。それが普通だ。魔力も同じだ。身体の中にあるからといってその流れがわかるものではない。生まれた時からあるものだからだ。」
そこでサミュエルは一つのことを思い出す。
みんなにとって魔力は、生まれた時から当たり前にあるものだ。だが自分だけは違う。前世の自分には存在しなかったからこそ、生まれたばかりの頃に感じた心臓の辺りの違和感に気付き、意識することができたのかもしれない。
「そしてお前が言っている、胸……つまり心臓の辺りに感じるという魔力の塊。これが興味深い。」
「どういうことですか?」
「魔物を倒した時、心臓の辺りで魔石が取れるのは知っているな?」
「はい。」
以前吐きながらゴブリンの魔石の回収を見ていたことを思い出した。
「私は以前考えたことがある。魔物の体格に見合わないほどの身体能力、そして魔術ではなく魔法を使ってくる種族。これはどちらも魔石による恩恵だと考えた。だが我々人類は魔術が使える者でも魔石はない。エルフでも人族でもだ。だから仮説が間違っていると考えた。」
リュシエルはサミュエルの肩を掴む。
「だがお前は胸の辺りに魔力の塊を感じると言った。もしその証言が正しいのなら、人族にも魔力が集まる核のようなものが存在することになる。」
リュシエルはサミュエルから手を離すと、考え込むように顎へ手を当てた。
「そう考えると私の昔の仮説とも繋がる。魔物の魔石も、その核と何らかの関係があるのではないか。魔石そのものが核なのか、それとも核とは別のものなのかはまだ分からん。だが少なくとも無関係とは思えん。」
「でもそれだと人類に魔石ができない理由がわからないのでは……。」
「そのとおりだ。まだ仮説に仮説を重ねている段階だ。確証はない。だからこそ調べる価値がある。協力しろ。」
リュシエルの目が怖い。正直断りたい。
「じ、時間があれば……あと痛いのはやめてください……。」
「やってもらいたい事はこれから考えるがその辺りは一応配慮はしよう。ルシアンに睨まれたくはないしな。」
ただリュシエルとの魔術に関する話自体はとても面白いものだった。いまの話だけでも魔力の本質を追求するような内容に興味は惹かれる。
「それとなにか気づいたことがあったら教えろ。代わりに聞きたいことにも答えてやる。」
「あの……それってルシアンさんからも協力するように言われてるんじゃ……。」
「言われているが従うとは言っていない。だがお前が協力するならこちらも協力しよう。」
工房で働いている立場だというのに、雇い主の要請など関係ないと言わばかりの独特な価値観を持っている。リュシエルが特別なのか、それともエルフとは皆こういうものなのか、サミュエルにはまだわからなかった。
「えっと……では魔石繋がりで一つだけ……。」
「なんだ?言ってみろ。」
「昨年、自分の領地で土地が痩せてきたという話があったので堆肥を作ったのですが――。」
サミュエルは堆肥作りの話をする。うまく順序立てて話せなかったこともあり、リュシエルは始めの方はつまらなそうに聞いていた。しかし魔物を素材にした辺りから少し興味を示し始める。そして事故で魔石の粉末を混ぜたこと、それを堆肥に使った結果の変化を話すと前のめりになって聞いていた。
「興味深い話だな。魔術インクには魔石の粉末を混ぜる。このことはこの工房の人間なら誰もが知っている。これは粉末にすることでインクに魔力が通りやすくなるためだと考えられてきた。」
リュシエルは腕を組み、考え込む。
「だがお前の話では、魔石は術式を介さず作物そのものに影響を与えている。先程の私の仮説どおりだとするならば、魔石そのものが魔力を内包していることになる。魔石が持つ魔力が植物へ影響を与えたと考えれば、一応の説明はつく。」
リュシエルはサミュエルに対して笑みを浮かべる。見方によっては邪悪な笑みとも言えるような顔だった。
「面白い話を聞かせてもらった。これは研究しがいのある内容だ。いいだろう。今後聞きたいことがあれば協力しよう。なんなら実験なども協力してもいい。」
「あ、ありがとうございます……。」
「今すぐないのであれば。出ていってくれ。私は今のことで考えたいことがある。」
「し、失礼しました……。」
そうしてサミュエルはリュシエルの研究室を後にする。変わり者というより、研究以外には興味がない人物。それがサミュエルの抱いた感想だった。それがエルフという種族の気質なのか、それともリュシエル個人の性格なのか、サミュエルにはまだわからなかった。




