第30話 『姉』
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私には二人の弟がいる。一人は1つ下のマイケル。私が物心ついた頃にはもう弟として存在していた。お父様によく似た金髪にくせ毛でやんちゃな弟。その癖甘えん坊なところがある弟だった。
もう一人の弟は私が6歳の頃に生まれた。その頃にはすでに物心がついていた私にとって、いなかった存在が新しく誕生するのは初めての経験だった。
お母様のお腹の中にいる時は弟か妹かわからなかった。
弟はもういるから、できれば妹がいいななんて思っていた。それも私と違って人懐っこい可愛らしい子ならいいなと。
その頃には私は他人と比較してあまり愛嬌がない人間だと幼いながらに自覚していた。おそらく自分にも他人にも厳しいお祖父様に似たのだろうと今にして思う。
あの子が産まれる日、屋敷は慌ただしかった。どうやら私や弟のマイケルの時とは違うことが起こっているようだ。マイケルは不安そうに私の手を握る。
この子はやんちゃな癖に甘えん坊だから、お母様を取られると思っているみたいだ。産まれてくる子をいじめないか少し心配だった。
使用人の話し声が聞こえてくる。男の子が産まれたらしい。だけど泣き声をあげないことに不安に思ってるようだ。『大丈夫なのかしら……』『まだ……声が……』『……術師、早く……』私にはよく聞こえなかったけれど、その表情はとても不安そうだった。
治癒の魔術が使える人がお母様たちがいる部屋に入っていく。そして少しすると、赤ちゃんの声と喜んでるお母様とお父様の声が聞こえた。
私とマイケルも入っていいと言われたので、お母様と赤ちゃんの傍に向かう。そこには小さくて、弱々しい子がいた。私とマイケルが初めてサミュエルと出会った瞬間だった。まだ焦点も定まっていない目なのに、なにやら意思のようなものを感じた。これが生きているってことなんだと思った。
マイケルがなにかしないか心配だったから、マイケルに視線を向けると、この子はサミュエルに対して驚いたような、なにやら感動したような顔をしていた。少なくともサミュエルに意地悪をしたりする気配がない。
むしろなにかを決意した目をしていた。たぶんお兄ちゃんになるということを、この弱々しい赤ちゃんを見て自覚したのかもしれない。
この子の考えは表情によく出るからわかりやすい。私にとって二人目の弟だけど、マイケルみたいにやんちゃじゃないといいな。などと考えていた。
半年後、サミュエルは私たち家族をそれぞれ認識して呼んでくれた。両親だけではなく、マイケルもとてもうれしそうだった。私も嬉しかったがマイケルみたいにわかりやすく喜びが表現できない。でもこれが家族が成長していくことの嬉しさなんだろうなと幼いながらに感じていた。
サミュエルが産まれて1年経った頃、まだ歩けないことを使用人が心配していた。使用人は『サミュエル様はお二人と違って……ほら、えっと……早産だったから……それが影響してるかもしれないわね。』などと少し言いづらそうにしていた。事実でも使用人が、主人の家族の成長が遅いことを口にしにくかったのかもしれない。
だけどそれからすぐにサミュエルは、みんながいる前で立ち上がった。そしてマイケルの元まで歩いていった。
この子なりに頑張っているのかもしれない。そう思うとその頑張りに私も応えてあげなければいけない気持ちになった。
だから次は私の元まで歩いて来られるよう、マイケルに一番近い位置まで近寄って、私のほうに歩いてくるように誘導した。
サミュエルはそれがわかったのか、ふらふらといつ倒れてもおかしくない様子で、ゆっくりと私のほうまで歩いてきて、私はサミュエルを抱きとめた。頑張った子をできる限り褒めてあげた。
サミュエルは褒められたことがわかったのか、少し嬉しそうにしていた。しかしなぜか少し複雑な感情も覗かせていた。
普段褒めない私が褒めたから少し困惑したのかもしれない。
それから2年、私が9歳になった頃、サミュエルが3歳にして魔術の才能があることがわかった。マイケルに続きサミュエルまでもと祖父母や両親、マイケルも喜んでいた。だけど私は少し心配だった。
サミュエルはマイケルや祖父と違ってあまり活発な子ではない。いつも本ばかり読んでいる子が魔術が使えても持て余してしまうのではないか。自分の力で怪我をして、魔術を怖がってしまうのではないかと思った。
だけどそれは杞憂に終わった。怪我をしないか心配で、庭で訓練している姿を少し離れた場所から毎日見ていたが、決して無理することなく、わがままも言わず教育係の言う事に素直に従っていた。この子は思った以上に賢い子なのかもしれない。
そして私の十歳式の日、騎士物語の劇でドラゴンを見た時、いままでにないほど目を輝かせていた。この子もドラゴンを討伐する騎士に憧れるなんて、やっぱり男なんだなと思ったものだ。逆に女の子はお姫様に憧れるけど。
だけどサミュエルは、大きなドラゴンを討伐する騎士に憧れていたわけではないことをその後に知った。
どうやら大きなドラゴンを宙に浮かして飛ばしている魔術具に興味を持ったみたいだった。それで次の日にはお祖父様に魔術具を触らせてほしいとお願いしにいった。この子は思った以上に変わった子なのかもしれない。
普段わがままや欲しいものを言わないサミュエルが珍しく、自分のやりたいことをお願いしたこともあり、お祖父様とお父様はサミュエルの願いを聞き入れた。
そしてしばらくして、祖父の口からサミュエルが魔術具を修理したと伝えられた。家族全員が驚き、褒めるが、サミュエルはなにが凄いのかイマイチわかっていないようだった。
そのあとサミュエルはたまにマイケルに連れられて町まで遊びに行くことがあった。マイケルはマイケルで、サミュエルを守ってあげないといけないという使命感に燃えてるようだった。
だからあの子なりに、サミュエルを外の世界を見せてあげようとしたのかもしれない。もうサミュエルが生まれる前に抱いた心配は微塵もなかった。
11歳になる頃、エノー家に嫁いだ叔母様が子どもを連れてやってくることになった。一番下の子の相手をするようにサミュエルは言いつけられたが凄く嫌そうで不安そうな顔をしていた。
この子はどうも他人と関わるのを嫌ってる、いや怖がっている様に感じられた。だからマイケルに連れられるまで町に行こうとすらしてなかった。
今回も『なんで僕が。お姉様とお兄様の二人でいいじゃないか』と思ってるのが一目でわかった。
だがこの子は賢い分、理屈で詰めるとわがままを言わず納得する。だから私は、サミュエルである必要性を説いた。
そしてマイケルも自分がフォローするからと安心しろと励ましてもいた。結局、ヘンリーに引きずり回されてフォローすることはできなかったようだけど。
サミュエルはエノー家のギルバートとは仲良くやれたみたいだった。私は私で叔母様からの話を聞くので忙しかったから、はっきりとは知らない。
でもどうやらギルバートがサミュエルと仲良くしようとしてくれたらしい。
そのきっかけは、どうやらギルバートが工作室の魔術具を落としてしまったことが原因だった。
だけどサミュエルはそれを責めるわけでもなく、面白くなったといって許した。この子は人と関わるのが怖いだけで、思った以上に優しい子なのかもしれない。
そして私の縁談の話があったとき、私はいつでも家のために嫁ぐ覚悟はできていると父に伝えた。
それを聞いたサミュエルが寂しそうな顔をした
。私がすぐに家を出ると思ったのかもしれない。
この子は思った以上に家族を大事に思ってくれている。
でも私たちがサミュエルを褒めると、どう受け取ったらいいのかわからない顔をする。素直に受け取ればいいだけなのにと不思議に思うことがある。
そして、ルーカスさんと一緒に、サミュエルの魔術具の修理を見た時、サミュエルを少し説教してしまった。あの子の悪い癖が出てたからだ。
基本的に私以外の家族はサミュエルに甘い。
だから誰かがちゃんと叱ってあげないとあの子の悪いところは直らない。サミュエルは素直な子だから叱ればちゃんと反省してくれる。
自分の悪いところと向き合うことができたから、その後は頭を撫でてあげると、恥ずかしそうにしながら、やはり複雑そうな顔をしていた。
そして今日、婚約の儀に向かう前夜、私は家族から色々なものを贈られている。
祖父母や両親からは気持ちの籠った物、代々引き継いできた物を贈ってくれた。
マイケルも、慣れない仕事を頑張って、自分で稼いだお金で短剣を用意してくれた。
そしてサミュエルが、なにか大事そうに抱えていた。この子なりに頑張って用意してくれたのだろうことがわかった。
「僕から今できる精一杯の物を用意しました。二人へのお祝いの気持ちです。」
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サミュエルは2つの照明具を取り出す。
「1つはルーカスさん、もう一つはお姉様に用意しました。」
「魔術具を?こんな高価なものを?」
サミュエルが魔術具を贈り物としたことに驚く。6歳の子どもが渡すには高すぎる物だからだ。
「元々故障していたものを私が改良しただけです。お礼はそれを許してくれたお祖父様にお願いします。」
「改良?」
「はい、試しにお見せします。」
サミュエルは照明具に魔術を注ぐ。すると赤色に光った。
「照明具にしてはやけに赤いね。これは色を変えたのかい?」
「はい、しかしそれだけではありません。ルーカスさんこれを持って、ツマミを捻ってください。」
簡単な操作の説明をする。
「こうかい?お、光が少しずつ変わった、凄い!今度は薄い青色に変わった。」
辺境伯家でも少なくない魔術具を見てきたが、照明の色が変わる魔術具なんて見たことがなく驚いた。
「もう一度、同じ方向にツマミを回してください。」
「あ、ああ……。今度は……綺麗な赤紫色になったね!これは凄いよ!でもどうしてこれを?」
「それはルーカスさんへの贈り物です。もう一つはお姉様に用意しました。」
さらにもう一つの照明具に魔力を注ぎ、赤色の光を放つ。そしてそれをミシェルに渡す。
「お姉様。同じようにツマミを回してもらえますか?」
「ええ、……これは……美しい金色ね。」
「はい、こちらあと2回変化します。続けて順番にまわしてください。」
「ええっと……。綺麗な銀色……そして次は青色ね。まるで先ほどのお祖父様から貰ったイヤリングの宝石みた……い……っ!」
ミシェルは色の変化の意味に気がついた。
赤から始まり、金色、銀色、碧色……。この場にいる家族の髪の色、そしてヴァロワール家の男系に受け継がれる瞳の色と、同じ色であることに。
「お姉様のお察しの通りです。僕たち家族の色に変化するようにしました。お姉様がマルシュブルグで暮らすようになって、ヴァロンが恋しくなっても、簡単には帰れません。そんなときこれをみて僕たち家族を思い出してくれればと思って作りました。」
「サムっ……!」
マイケルのときには堪えきれていたのに、ミシェルは泣き出してしまった。
優しい子なのは知っていた。家族のことは大事に思ってはくれているのもわかっていた。だけど褒めてあげても、家族が愛情を注いでも、どうしたらいいかわからない、複雑そうな顔をしていた。だからこれほど想ってくれているとは思っていなかった。
もちろん家族と離れて一人で新しい家族の元で暮らすことに不安がないわけではない。だけどそれが自分の役割であると自分に言い聞かせていたし、納得もしていた。それでもサミュエルは寂しくないようにと、家族への愛情と想いを込めて素晴らしい贈り物をしてくれた。
「じゃあ私が貰った魔術具の赤い色はミシェルさんで、薄い青は私の髪の色……。そうか、2つの色が合わさって赤紫色になるんだね。」
「はい、二人がいつまでも一緒に、幸せにいてくれることを願って作りました。」
「サミュエル君、君は本当に心から僕たちを祝福してくれてるんだね。ありがとう。技術だけじゃなく、こんな素晴らしい想いが籠った物を貰えるとは思わなかったよ。」
ルーカスは感謝の気持ちをサミュエルに伝える。そして必ずこの義弟のために力になってあげようと心から誓った。
ミシェルはサミュエルに近づき、優しく抱きしめ、そして頭を優しく撫でた。
「ありがとうサム……。あなたは本当に、私には過ぎた自慢の弟よ。」
その言葉にサミュエルはミシェルからの愛を感じた。そしていつもの如く、チクリと胸が痛……まなかった。
いつもとは違う、不思議な感覚だった。だがそれはとても心地の良いものだった。




