第四十章 皇帝が差し出したもの
応接間。
帝国皇帝は玉座に腰掛け、その隣には―― 年若い、美しい少女が控えていた。
皇帝が口を開く。
「うちの者を、返してもらえないだろうか?」
カルディは一瞬だけ目を細め、次官に耳打ちする。
やがて、拘束された帝国の大臣と部下が引き出された。
皇帝は怪訝そうに眉をひそめた。
「……いや、言い方が悪かったな」 「国家戦略級の“運び手”を返してほしい」
カルディは一歩前に出る。
「彼らは、ここにいることで家族を守っています」 「兄は――」 「この領地を帝国に返さなければ一家は終わりだと脅され、ここへ来ました」
静かながら、芯のある声だった。
「僕には、彼らを守る義務があります」
皇帝は即座に否定する。
「私はそのような命令を出していない」 「領地を返せなど、一言も言っておらぬ」
大臣の顔が、みるみる青ざめていく。
皇帝はカルディを真っ直ぐ見据えた。
「私はな――」 「君が、私の娘を預けるに足る人物か確かめるために、この領地を任せた」
「そして君は」 「私の予想を、遥かに超える実績を上げた」
隣の少女の肩に、皇帝はそっと手を置く。
「娘の名はラナ。十六だ」 「帝国では、すでに君の婚約者として触れ回っている」
ラナは少し緊張した面持ちで、カルディを見つめていた。
「帝国で育てれば――」 「嫉妬したエマのブレーンか、ユリアナのブレーンに殺されかねん」
皇帝は淡々と続ける。
「ゆえに、ここに置くしかない」 「彼女を守る最善は、それだ」
一拍置き、重い言葉が落ちる。
「もし、君が帝国の敵となれば」 「ラナは人質になるかもしれぬ。殺されるかもしれぬ」
「だが――」 「君の家族が帝国にいればどうだ?」
「人質交換などと言うつもりはない」 「私は、君の家族を娘同様に守ろう」 「娘と結婚すれば、親族だ」
皇帝は、わずかに微笑んだ。
「納得してもらえぬだろうか?」
――カルディは、言葉を失った。 理屈も、条件も、すべて揃っていた。
彼は、ゆっくりと頷いた。
皇帝は背後を振り返る。
「悪さをしたのは、こやつらだろう」 「好きに裁くがいい」 「この場をもって、解任とする」
カルディは即答する。
「皇帝陛下のお言葉です」 「牢につないでください」
「それと――」 「ラナさんが過ごしやすい部屋を用意してください」
皇帝は満足そうに頷き、退出していく。
その背を追うように、ラナは振り返った。
そして―― 不意にカルディの頬へ、そっと口づけを落とす。
「ありがとう」 「……私を、選んでくれて」
そう囁き、彼女は用意された部屋へ向かった。
カルディはその場に立ち尽くす。
あまりにも突然で、 あまりにも大きな選択だった。




