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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 2
65/85

063 道標

引き続き英修サイドから。

斎川睦視点です。

 

「いや無理でしょ」


 私が半笑いで口を開くと、一斉にみんなの冷たい視線が突き刺さる。


 何、犯罪者かなんかなの私?


 第4Q開始早々、相手のエースである15番、楓ちゃん1人に、8点をブチ込まれた我がチーム。

 24点あったリードは、あっという間に16点まで詰められている。


 さすがにこの展開はマズイと判断したか、西君は早々にタイムアウトを請求。

 ガードの二人にダブルチームでのマークを指示し、それに私が異議を唱えた形だ。


「今更2人でマークしたって止めらんないって。 レベルが違うもん。 それくらい分かるでしょ?」

 冷たい視線にも構わず、話を続ける。

 もっとひどい目で私を見る子が数人。

 うわぁ、という憐みの目を向ける子が数人。

 そして、ぴくぴくとこめかみでメガネを動かす西君。


「チカの言う通りだ」


 そんな四面楚歌な私の弁護を買って出てくれたのは、めぐりんこと初瀬巡だった。


「試合で対峙したらよく分かるだろう? 残念だが今のランとネネでは15番は止められないだろう」


 ランさんとネネさんは今試合に出ているガードの2人。


 5人全員でまとめて囲んだら分からないけどな、とめぐりんには珍しく冗談を添えると、名指しされた2人だけじゃなく、試合に出ている5人全員が下を向いた。


 さすがは信頼と安心のブランド、めぐりん印。

 こうかはばつぐんだ!


「まず、リタをセンターに戻す。 あれだけゴール下で競り勝てないんじゃ話にならん」


 すばる高はこの第4Qから、背の低いガードの選手を下げて背の高い選手を入れてきていた。

 高さで勝負をしたいという意図がはっきり見て取れる。


 対するウチは、リタ以外に背の高い選手がいない。

 187センチのリタの次に背が高いのが私で、それにしたって170センチに届かない。

 リタが居ないと明らかにゴール下の支配率が下がるのは、ウチの明確な弱点だった。


「15番は私が止める。 それで仕切り直しだ」

「それはダメだよ」


 堂々と言ってのけるめぐりんに、即座に異を重ねる。

 それを聞いためぐりんは、眉間に皺を寄せて私を睨みつけてくる。


「だってめぐりん、だいぶ足にキてるじゃん。 さっきプルプル足震えてるの見たからね?」


 この試合、一番消耗が激しいのは何よりこの人だ。


 英修は走力が武器のチームだ。

 そんなチーム戦術の中で、めぐりんが負うタスクは多岐に渡る。

 オールコートプレスでは先頭に立って相手を追いかけまわし、途中からは楓ちゃんに対してベタ付きのフェイスガードでマーク。

 それでいて攻撃ではゲームメイクに点を取る役割までこなし、その負担は計り知れない。

 いくら普段から鬼みたいな練習量をこなしているめぐりんとはいえ、消耗してないハズがない。


 勝てば明日も来週も試合がある。

 流石にこんなとこでめぐりんを使い潰すワケにはいかない。


 そんなやりとりをしている間にも、1分しかないタイムアウトの時間はどんどん過ぎていく。

 コーチの西君は困った顔。

 これはいかん。

 早く救いの手を出してあげなきゃ!


「さぁ西君に朗報です! ここにまだ10分しか試合に出てなくて、さっき15番をマークした実績があって、しかもめちゃめちゃ可愛いと評判の選手がいますよっ」


 ハイッ、と右手を上げてアピール。

 これで堕ちない男は男じゃない。


 挙手する私を見た西君は、右手を使ってすっとメガネのズレを直す。

 それからゆっくり私から視線を外し――。


「リタ、悪いが出番だ。 交代申し出てこい」

「ハイ、デス」


 まずリタに交代を告げる。

 それから――。


「ランとネネは二人で15番を止めに行け。 ファウルになってもいい。 自由にやらすな。 それからラン。 次の攻撃の時――」

「ちょっとー! わたしはっ!?」


 わめく私を無視して、西君は指示を続ける。

 めぐりんはというと、一歩引いたようにふうっと息を吐き、口を噤んだ。


 やがて、タイムアウトの終わりを告げるブザーが鳴る。

 結局私に出番は訪れず、リタを加えた5人がコートへと戻っていった。


「チカ」


 そんな選手達を送り出した西君が、私に迫る。

 そしておもむろに、私の右頬をぎゅうっと抓った。


「いひゃいいひゃい!」


 体罰だ!

 PTAの人、この人体罰ですよ!


「頼むからあんまり僕を舐めないでくれ……」


 弱々しい声で言う割に、指の力は有無を言わさず強い。


「ひゃい、いひかりゃひゃなして」


 じたばたと手をばたつかせ抗議すると、パッと手が離される。


「痛いっ! 痛いよ西君」


 熱を持つ両頬をすりすり労わりながら抗議。


「うるさいから体罰だ」


 体罰を認めたっ!?


「座ってくれ、チカ」


 そう言ってベンチに座り、隣の席を私に促した。


 渋々と、勧められた席に座る。

 西君の方からコートの方へと目をやると、ちょうど英修ボールで試合が再開したところだった。


 ボールを持つランさんが、人差し指を掲げながら、フロントコートへとドリブルでボールを運ぶ。

 対するすばる高は、楓ちゃんを先頭にしたディフェンス体勢を取った。


 ランさんがパスを出したのを合図に、他の選手達が動き出す。

 これは事前に決められたオフェンスの動きだ。

 セットプレーで、相手のディフェンスを乱す。


 練習通り、最後はペイントエリア内へカットインした選手にボールが繋がりシュート。

 これが決まり、英修にようやく得点が入った。


 そのプレーを見届けた西君が、満足そうに頷く。

 それから改めて、私の方へと顔を向けた。


「チカなら、あの15番をどう止める?」


 西君が私に問う。


「……さっきまでちゃんと止めてたじゃん」

「言葉にしてくれ。 何かあるんだろ? 対策が」

「……アタマが固いなぁ、西君は」


 そう言って茶化すも、西君は何も言わず、メガネの奥から覗く固い目付きで、話の続きを促してくる。


 言っても意味ないと思うけどなあ。

 私以外は実行出来ないだろうし。


「……実は楓ちゃん……15番って、プレーにクセがあるんだよね」


 試合を見ながら、仕方なく、といった感じで話し始める。


 ボールを持った楓ちゃんが攻め上がっていくところだ。


 そこへ指示通り、ランさんとネネさんが2人で距離を詰めにいく。

 何度も繰り返し練習してきた、教科書通りのプレスディフェンス。


「右に一回フェイクを入れてから、強引に左」

 私がそう呟くと、楓ちゃんはその通りにフェイクを入れ左から(かわ)す。


 追いすがるディフェンスを片手で制しながら、スピードに乗ったドリブル。

 プレスを外された2人はファウルで止める間も与えられず、ただその後を必死で追う。

 その進行方向から、相手の9番がサポートに寄る。


 そこへ出てきそうなパスを、英修(えいしゅう)の選手が背後から狙っていた。


「突っ込んでくる」


 その警戒を逆手に取り、楓ちゃんは更にギアを上げる。

 突風のような加速と、それでも一切乱れる事のないボールハンドリング。


 そして、顔の向きを変え周りを伺うような動作を入れる。

 そんな挙動に、ヘルプに出ようとしたゴール下の二人の足が瞬間止まる。


「打ってくる」


 私が言ったのが先か、楓ちゃんはゴールを見ることなくボールを片手に構え、上に押し出すようにふわりと浮かせた。


 この試合でも何度も見せているフローターシュート。


 遅れてリタが、その長い手を伸ばす。

 が、ブロックはさすがに届かなかった。


 間もなく、ボールはリングを捉える。


 ゴールが決まったのを見届けてから、西君に対して話し出す。


「私の読みが正しければ、楓ちゃん……相手の15番はさ、ほぼ感覚でプレーしてるんだよね。 相手の動きに対して、身体が勝手に反応しちゃう」


 良く分かる。

 私も昔はそんな感じだったから。


英修(えいしゅう)のディフェンスって大体パターン化されてるじゃん? 相手がこうきたらどうする、こういうケースはどうするのがセオリー、みんな西君の練習のお陰で嫌って程に身体に染み込んでる。 でも、楓ちゃんみたい予測不能なプレーを経験した事ないレベルでされると、瞬間に対応が遅れちゃうんだよ」


 英修のディフェンスは、如何に相手にミスをさせるかを第一に考えられている。

 相手の思考時間を奪い、難しい選択を強いて、難しいシュートを打たせる。

 県大会で当たるようなチームには大体それで通用する。

 実際、それですばる高の他の選手は抑えられちゃうだろう。


 だけど、楓ちゃんはそもそも何も考えてない。

 身体が勝手に反応しちゃうだけ。

 考えてないんだから、思考時間を奪われても苦にならない。


「あと、厳しいマークを受ける状況に慣れれるんだろうね。そういう状況で点を取るのが彼女にとっては当たり前のプレーなんだよ」


 どんなに厳しいマークを受けても、楓ちゃんのプレーには一切躊躇(ちゅうちょ)が無い。

 楓ちゃんがどういう環境で育ってきたのかは分からないけど、あの子にとってはそれが日常。

 だからブレる事なく自分のプレーが出来て、得点を重ねていける。


 西君は、黙って私の話に耳を傾けている。


「そういう相手なんだもん、ネネさん達じゃ止められないよ。 あんなスーパーな選手、経験したことないでしょ? 一旦ボールを持たせたら、まともに止めるのは難しい。 めぐりんが言ったみたく、ボール持った瞬間3人で囲むくらいしないと。 後は、めぐりんがやったみたいに、フェイスガードでとにかくパスが入らないように追い掛け回すか。 それも今出てるメンバーじゃ難しいかもね。 一瞬の動き出しでマーク外されちゃうから。 まぁ……それを続けてたら楓ちゃんの体力は奪えるから、まったく意味が無い事もないか。 その場合は、楓ちゃんがガス欠で止まるのが先か、ウチが逆転されるのが先かって勝負だね」


 もう少し時間があるならそれも悪くは無いけど、試合は既に第4Q。

 終わりの見えてきた時間の中で、相手の体力が尽きるのを待つというのはギャンブル過ぎる。


「だけど、そんな必死に働かなくても、楓ちゃんみたいな感覚派を止める方法はあるよ? ……楓ちゃんって、野生動物みたいなもんだから。 追って捕まえられない獲物は罠に誘導して嵌めてやればいいし、獲物が動き回りやすい森に隠れちゃうなら、大木ごと刈り取ってやればいいじゃん?」


 はぁ?という表情で私を見る西君。

 楓ちゃんというプレーヤーの特性と対策を野生動物に例えて話してみたけど、上手く伝わらなかったみたい。


「感覚でプレーするっていうのは、身体に染みついた習性みたいなものだから。 クセが強いんだよ、あの子は。 だから、その習性を利用してやればこっちの思惑通りに動かすことだって出来る。 ……まぁ、流石に全部は無理だけど何回かはそれで止められる。 実際、さっき試合で試してみたら、何度かこっちの思惑通りに引っ掛かったプレーもあったし」


 私がそう言うと、思い当たるプレーがあったのか、西君はアゴに手を当てて頷く。


「私ならそれが出来る。 それは西君だって分かってるでしょ? だから第3Qで私を楓ちゃんにぶつけたんじゃないの? 私を出しておけば、西君のプラン通りにめぐりんは休ませられるし……よっぽど論理的じゃん」


 そう言って満面の笑みを作ると、西君は大きくため息を付いた。


「……普段から、そうやってマジメに取り組んでくれると、僕は楽なんだけどなぁ……」

「だって西君の練習、超つまんないんだもん」


 正直に言うと、それを聞いた西君がガクッっと肩を落とす。


「西君の立場も分かってるよ。 いくら私が凄くても、手放しで試合で使うようじゃ他の子に示しがつかないもんね。 だから今まで試合に出たいとか言わなかったじゃん」


 西君は、真面目に練習しない奴は試合に出さないといつも言っている。

 当たり前なんだけどね。


 そんな中で、練習を良くサボる私を重用すれば、特別扱いだと他の部員から不満が出るのは容易に想像できる。

 まぁ……特別扱いしないと言って、明らかに実力が上の私を使わないなんて、それもまた特別扱いだけど。

 それはさておき。


「大丈夫、これからはちゃんと練習もマジメにやる。 最近はちゃんとやってたでしょ? ね?」


 私は演説の締めに入る。

 最後のダメ押しだ。


「私がちゃんと、チームを勝たせてあげる」


「……そんな事言って、チカはどうせエージが観てるから試合に出たいだけだろ?」


「当たり前田のスライダー!」


「どこで覚えてくるんだそんな言葉……、しかも、何か間違ってないか……?」


 緊迫した試合の中、緊張感のカケラもない私たちのやりとり。


「その情熱を、もう少しバスケに向けてくれたらなぁ……」


 何やら遠くを見るように視線を飛ばす西君。

 ゴメンね、不真面目で。

 でも、好きな人に良いトコ見せたいなんて当たり前じゃない?


 コートでは、再びすばる高が加点。

 こうしている間も、点差は確実に詰まっていた。


 西君が深いため息を吐き。

 猫背になっていた姿勢を正してから、口を開いた。


「……交代、伝えてこい。 次のタイミングで行くぞ」

「!……オッケー!」


 その言葉を聞き、私は勢いよく立ち上がったのだった。


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